「腸内環境」が変わると「睡眠の質」はどこまで上がる?気になる「乳酸菌」と「睡眠」の影響を科学的に検証する

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「お腹の調子が悪くて気分が落ち込む」という経験がある人は多いのではないだろうか。これは「脳腸相関」と呼ばれるメカニズムによるものだ。腸と脳は情報のやりとりをしてお互いの機能を調整するしくみがあり、いま世界中の研究者が注目する研究対象となっている。

腸内環境が乱れると不眠、うつ、発達障害、認知症、糖尿病、肥満、高血圧、免疫疾患や感染症の重症化……と、全身のあらゆる不調に関わることがわかってきているという。いったいなぜか? 脳腸相関の最新研究を解説した『「腸と脳」の科学』から、その一部を紹介していこう。

*本記事は、『「腸と脳」の科学』(講談社ブルーバックス)を抜粋、編集したものです。

腸から腸内マイクロバイオータを除去したら睡眠の質が下がった

腸内マイクロバイオータの組成や腸内代謝物が日内変動をするのであれば、腸内マイクロバイオータを除去すると睡眠にはどのような影響があるのでしょうか?

そこで、マウスに抗生物質を投与して腸内マイクロバイオータを除去し、抗生物質を投与していない健常なマウスと腸内代謝物を比較しました。

睡眠は、役割の異なる2種類の睡眠状態、レム睡眠とノンレム睡眠に分けることができます。

レム睡眠の場合、体は休息した状態ですが、脳は活動している状態に近いため、記憶の整理を行っているのではないかと考えられています。一方で、ノンレム睡眠は、レム睡眠ではない状態という意味で、脳と体が休息した状態にあると考えられています。

このノンレム睡眠の量とレム睡眠の量の割合から「睡眠の質」を評価することができます。

腸内マイクロバイオータを除去したマウスの睡眠状態を解析したところ、正常なマウスと比較して、ノンレム睡眠(脳と体が休息した状態)が減少していました。一方で、本来は活動しているはずの暗期にもノンレム睡眠だけでなくレム睡眠(体は休息しているが、脳は活動している)をとっていたのです。つまり、昼と夜のメリハリが弱まっていたのです。

これらのことから、腸内マイクロバイオータを除去すると、睡眠パターンや睡眠の質が大きく変化することが明らかになりました(※参考文献3-15)。

一方、ファーミキューテス門ラクノスピラ科ブラウティア菌やアクチノバクテリア門コリネバクテリウム属の細菌が増加することで、睡眠の質が悪くなるという相関関係があることも明らかになりました。これらの研究結果から、腸内マイクロバイオータの多様性が睡眠の質に重要であることが示唆されています(※参考文献3-16)。

腸内マイクロバイオータによって睡眠を操作できるか

では、腸内マイクロバイオータの組成を人為的に操作することで睡眠の質を改善できるのでしょうか?

ここで、睡眠障害が起こる慢性疲労症候群についての研究を紹介しましょう。

慢性疲労症候群は、ある日突然激しい全身倦怠感に襲われ、頭痛や関節痛、抑うつ症状などが長期間続き、睡眠障害をきたし、社会生活が送れなくなってしまう疾患です。この患者では、腸管バリア機能が低下して、腸から本来透過することはない未消化物や老廃物、微生物成分が血中に漏れ出すようになっています。このような状態をリーキーガットと呼びます。

さらに、腸内マイクロバイオータや腸内代謝物が体内に混入することで炎症反応が起こるため、自己免疫疾患やアレルギー性疾患、感染症などのさまざまな疾患を引き起こすことが報告されています(※参考文献3-17)。

このように、体内に漏れ出した物質が疾患を引き起こすことをリーキーガット症候群といいます。しかし、どのような機構で慢性疲労症候群を発症するのかについては、まだ解明されていません。

慢性疲労症候群の患者の腸管バリア機能を改善するために、腸内マイクロバイオータを除去する目的で抗菌剤が6日間投与されました。すると、腸管バリア機能を低下させる原因となっていた細菌類が死滅することで腸内マイクロバイオータの組成が変化し、睡眠時間が長くなるだけでなく、日中の眠気が起きにくくなった、つまり夜間の睡眠の質が向上しました(※参考文献3-18)。

この結果から、腸内マイクロバイオータの組成が慢性疲労症候群に関係している可能性が考えられます。

腸内マイクロバイオータと睡眠の相関関係

マウスでも、腸内マイクロバイオータと睡眠の質の関係を調べる実験が行われました。

マウスに乳酸菌の一種であるラブレ菌を4週間経口投与すると、睡眠リズムが整い、暗期(マウスにとっての活動期)の活動量が増加しました(※参考文献3-19)。ラブレ菌は、ヒトの健康によい影響を与える「プロバイオティクス」の候補です。

一方、プレバイオティクスであるラクトフェリンを離乳期のラットに投与し続けると、成獣期(ヒトでいうところの成人)には腸内マイクロバイオータの多様性が増加します。すると、寝ているときに物理的な刺激を与えて起こしたとしても、睡眠障害が起こりにくいと報告されています。

これらの結果から、腸内マイクロバイオータの組成を変化させることで、睡眠時間だけでなく睡眠の質も制御できる可能性が見えてきたのです。こうして、腸内マイクロバイオータと睡眠との相関関係が明らかになりました。

しかし、どのような細菌がどのくらいの数存在すれば睡眠によい影響を与えるのか、また、腸内マイクロバイオータの何が睡眠に影響を与えているのか、といった因果関係についてはまだ明らかになっていません。さらに、ヒトでも同様のことが起こっているのかは、さらなる研究が必要です。

※参考文献

3-15 Ogawa Y et al., Scientific Reports 10, 19554, 2020.

3-16 Smith RP et al., PLoS ONE 14, e0222394, 2019.

3-17 Maes M et al., Journal of Affective Disorders 99, 237-240, 2007.

3-18 Jackson ML et al., Sleep Science 8, 124-133, 2015.

3-19 Miyazaki K et al., Life Sciences 111, 47-52, 2014.

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