巧妙すぎる手口…業界にその名を轟かす「大物地面師」がターゲットの物件横の「駐車場」を借りた衝撃の理由

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ハウスメーカー、デベロッパーとして国内最大手の積水ハウスが、50億円以上ものカネを騙し取られた2018年の「地面師詐欺」事件は、いまも多くの謎に包まれている。15人以上の逮捕者を出す大捕物になったものの、不起訴になった容疑者も多数いて、公判でもすべてが明らかになったとは言い難い。

このたび、事件をモデルにしたドラマ「地面師たち」(原作・新庄耕)の配信がNetflixでスタートし、大反響を呼んでいる。ノンフィクション作家・森功氏の文庫『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』には、ドラマでは描かれなかった数々の知られざる事実が記されており、その内容を10回連続で公開する。

『地面師』連載第5回

『積水ハウスがハメられた史上最大「55億円の被害」の裏...高齢地主に擦り寄るデベロッパーやブローカーたちの裏で蠢いていた「地面師」たちの影』より続く

スター地面師

「どこで生まれ、どのように育ったのか。生い立ちが今の私に影響をおよぼしているわけではありませんし、興味のないことですので、話したくありません」

北田はのちに詳述する世田谷の5億円詐取事件で逮捕される。東京地検立川支部の検事を前に、淡々とそう語った。

「仕事に関しては、国士舘大学中退後、広告業を始めたのですが、客のなかに不動産の会社があり、興味を覚えました。そして30歳ごろから不動産業を始めたのです。売りに出ている物件を探し、売り主と買い主とのあいだに入って交渉をおこなって手数料を稼いだり、自分で物件を購入して転売してその差額で稼いだり……。そんな仕事をするようになりました」

取り調べに慣れ切っていて、検察官を前にしても動揺するどころか、眉ひとつ動かさない。まるで取引相手を説き伏せるかのように、検事相手にペラペラと舌を回した。

北田は1959(昭和34)年12月11日、長崎県に生まれた。事件当時すでに還暦を目前にしていたが、年齢や学歴以外の詳しい経歴については、検事の取り調べに対しても、ほとんど明かさない。それでいて、事件と直接関係のない話はけっこうした。こう嘯いた。

年収は2000万円

「年収はだいたい2000万円でしょうか。ゴルフはひと月に10回、仲間といっしょに行きます。ほかの趣味といえば、銀座の高級クラブで飲み歩くことぐらいでしょうか。クレジットカードを10枚ほど持っており、目的に応じて使い分けています。ハワイのコンドミニアムも所有していますが、自分の自由になる資産ではありません」

北田は地面師のなかでも、五指に入る大物といわれる。今回の積水ハウス事件でも、その足跡を残している。地面師事件の取材を始めたばかりの頃、私は偶然その北田と会ったことがある。場所はJR新橋駅前にあるホテルの喫茶ロビーだった。

夕刻になると会社帰りのサラリーマンで賑わう新橋駅界隈は、一杯飲み屋やスナックだけでなく、喫茶店も多い。最近はスターバックスやドトールなどの手軽な店が増えたが、なかには昭和の風情を残した昔ながらの店も残っている。事件屋と呼ばれる詐欺師やその情報を得ようとする不動産ブローカーたちは、なぜかそんなレトロな空気が好みのようだ。

たとえばニュー新橋ビルの3階にある喫茶店をのぞくと、そこでは紫煙のなかで驚くほどきわどい会話が飛び交っている。隣の席のサラリーマンやカップルたちは、そんな話には興味がないらしく、自分たちの会話に没頭している。というより、聞き耳を立てたところで、話の中身があまりに込み入っているので、チンプンカンプンになるのが関の山だろう。

新聞や雑誌の記者たちは、新橋に集うこの手の事件屋やブローカーから情報を得ようと、足しげく通う。かくいう私が北田の顔を初めて見たのも、まさにそんな取材の場だった。ある地面師とホテルの喫茶ラウンジで会っていたときだ。テーブルを挟んで話し込んでいると、入り口付近から初老の男が駆け寄ってきた。

「遅くなってすみません」

濃いベージュのカジュアルなジャケットに身を包んだその男が、目の前の地面師に封筒を手渡した。取材している私のほうを向くとこう言った。

「どうも取り込み中みたいですね。あとで連絡しますよ」

地面師グループのリーダー格

そそくさと立ち去る男を目で追いながら、目の前の地面師が指さした。

「あれが北田ですわ、かの有名な」

かたや取材相手の地面師の名は土井淑雄といった。

そしてこの北田と並び称される斯界の大物が、内田マイクである。年齢は北田より少し上で、北田以上に不動産詐欺に顔を出し、地面師の世界でその名を知らぬ者のないほどの有名人といえた。マイクという名前は本名だ。といっても日系アメリカ人などではなく、おそらく改名してそう名乗るようになったのだろう。かつては内田英吾と名乗っていた純粋な日本人である。英吾という名を使っていた時代には、「池袋グループ」と呼ばれる地面師集団を率いてきた。

概して地面師の犯行グループは、10人前後で構成されていることが多い。犯行計画を立てる主犯格のボスを頂点にし、なりすましの演技指導をする「教育係」になりすまし役を見つけてくる「手配師」。パスポートや免許証などの書類を偽造する役割の人間を「印刷屋」や「工場」あるいは「道具屋」と呼ぶ。その他、振込口座を用意する「銀行屋」や「口座屋」、さらには法的手続きを担う弁護士や司法書士の「法律屋」にいたるまで、それぞれが役割を分担して犯行にのぞむ。

そんな地面師グループのなかでも、内田や北田は常に計画の中心にいて、犯行の指揮を執ってきた。主犯として計画を立案し、彼らの下で手足が動く。目下、東京都内で起きている地面師事件の多くに関係しているとされる大物地面師である。

情報を得るために駐車場を契約

北田や内田たちにとって、山手線沿線の一等地にある五反田の海喜館は、やはり見過ごせない物件だったに違いない。他の多くの地面師事件と同様、この件にも密接に絡んでいる。五反田の土地取引を調べてきた先の不動産業者が、次のように打ち明けてくれた。

「ブローカーのあいだで有名だった海喜館について、内田が計画を立てたのは2016年11月から12月だと聞いています。内田は手始めに、持ち主である海老澤佐妃子に接近するため、旅館の脇にある月極め駐車場を借りたいと持ちかけた。犯行グループの関係者によれば、実際、彼女と駐車場を賃貸する契約書を交わしたといいます」

16年12月といえば、旅館の持ち主である海老澤佐妃子が入院するまさに2ヵ月前のことだ。不動産業者がこう続ける。

「駐車場契約では、内田自身が契約に立ち会ったかどうかは定かではなく、ひょっとすると配下の者を使ったかもしれないけど、契約書を交わせば、海老澤本人の人相風体はもちろん、彼女に関する個人情報を得ることができる。たとえば、旅館に一人で住んでいるのか、ほかに誰か同居人がいるのか、地主の生年月日や連絡先の電話番号なども把握できますから」

これも地面師たちの下準備の一環なのだという。たとえば海老澤佐妃子の生年月日は1944年7月16日で、事件当時は72歳だ。そんな基本的な個人データも、契約を結ぶときの印鑑証明や住民票などで把握できる。それに乗用車の駐車場契約一台分なら、保証金を加えても、せいぜい10万円程度で済むので造作ない。

積水ハウスがハメられた史上最大「55億円の被害」の裏...高齢地主に擦り寄るデベロッパーやブローカーたちの裏で蠢いていた「地面師」たちの影