測量開始のはずがパトカーが駆け付け、「ウチが買い取ったのに、本人確認もしたはずのに」...史上最大の「地面師詐欺」に泣かされたのはあの大手企業だった

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ハウスメーカー、デベロッパーとして国内最大手の積水ハウスが、50億円以上ものカネを騙し取られた2018年の「地面師詐欺」事件は、いまも多くの謎に包まれている。15人以上の逮捕者を出す大捕物になったものの、不起訴になった容疑者も多数いて、公判でもすべてが明らかになったとは言い難い。

このたび、事件をモデルにしたドラマ「地面師たち」(原作・新庄耕)の配信がNetflixでスタートし、大反響を呼んでいる。ノンフィクション作家・森功氏の文庫『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』には、ドラマでは描かれなかった数々の知られざる事実が記されており、その内容を10回連続で公開する。

『地面師』連載第3回

『隣家とのわずか45cmの隙間に見つかった「白骨遺体」に「NTTが青ざめた」...大手だろうが例外ではない、知られざる「地面師詐欺」の実態』より続く

ストップされた工事

通報を受けた警視庁大崎警察署の捜査員が現場に駆け付けたのは、2017年6月1日の昼過ぎのことだった。

「あなたたちは、どちらの方ですか」

積水ハウス工務部の担当者たちは、パトカーから降りてきた警察官にいきなりそう誰何された。工務部とは文字どおり、デベロッパーが建設工事にとりかかる前に現場の調査をし、資材を調達する先発隊だ。積水ハウスの工務部の社員も、そのために現場で作業をしようとしていたのだが、そこへ警察官が現れること自体、まったく事情が呑み込めない。まさに面食らった。

現場はJR山手線の五反田駅から徒歩3分、目黒川を渡ったところにある旅館「海喜館」の玄関先だ。不動産代金を払い込んで売買契約が成立したはずの積水ハウスの社員が、古くなった建物の取り壊し準備を始めた。旅館の周辺に赤いカラーコーンを配置し、測量を始めようとした。その矢先の出来事だ。とつぜんパトカーがサイレンを鳴らして駆け付け、周囲が大騒ぎになったのである。

弁護士の訪問

通報したのは旅館の持ち主、海老澤佐妃子の異母弟から頼まれた弁護士だった。警察官がやって来るのとほぼ同時に、その弁護士も旅館の玄関先に現れた。驚いたのは積水ハウスのほうだ。

「ここは持ち主からうちが買いとったんです。それで、測量を始めたところですが……」

二人の工務部員のうちの一人が、警察官にそう説明した。そこへ通報した弁護士が割って入った。

「あんた方、何を言っているんですか。私こそ持ち主の依頼でここへ来ています」

すでに旅館の土地建物の売買契約を済ませていたはずの積水側にとっては、まさに寝耳に水だ。

「あなたこそ何を言っているんだ。こっちは支払いも済ませているんだよ。なのに、何の権利があって邪魔するんだ」

だが、弁護士も負けていない。

「私の依頼人は海老澤さんから相続する人なんだ。ここは売ってないんだから、測量なんか絶対にさせないよ」

青ざめて立ち尽くす

近所の商店主が、たまたまその騒ぎを見ていた。当日の出来事をこう振り返った。

「しばらく揉めていたのですが、泡を喰った積水ハウスの人が、うちの店に駆けこんできたんです。そうして『これは、海老澤佐妃子さんじゃないんですか?』とパスポートの写真を見せながら、僕に確認するのです。その写真は海老澤さんとは似ても似つかない別人でした。それで、僕が『まったく似てないので、違う人だと思うよ』と教えてあげると、彼らは青ざめてね。一人は急いで走り去っちゃった。2人のうち残った若い方の人に『オタクたち、おそらく騙されてるよ』って言ってやったんです」

残された積水ハウスの担当者は、商店主のその言葉に呆然として立ちすくんだ。

「営業部が本人を確認したし、旅館の内覧もおこなったはずなのに……」

工務部の若い担当者は、消え入るような声でそうつぶやいた。かたわらの商店主に説明するというより、ひとりごちるように、こう言葉を続けた。

「そういえば、俺たちが『旅館で本契約を取り交わしたい』と先方に申し出たとき、向こうは変だった。『あまり佐妃子さんの容態がよくないから、旅館じゃなくホテルでやりたい』と断られたもんな。あっ、そのホテルに来た女がこの写真の……ああ、どうしよう」

もはや積水ハウスが前代未聞の不動産詐欺に遭ったのは、明らかだ。それでもあきらめきれない積水ハウス側では、事件が判明した6月1日から10日まで、旅館「海喜館」の周囲を封鎖した。その日の夜から、建物に誰も寄り付かないよう、制服のガードマンたちが24時間、この古ぼけた旅館を見張るようになる。

地主になりすまして不動産を騙し取る地面師詐欺は、昨今のマンションブームに加え、東京五輪を控えて地価が高騰してきた都内の優良物件が狙われる傾向が強い。五反田駅の至近に建つ旅館「海喜館」は、老朽化して長らく営業もしていない。近所でも地主の海老澤佐妃子を見かけなくなっていたという。まさに地面師にとって狙い目だった。

55億円の被害

50件とも100件とも言われる警視庁管内の地面師詐欺のなかでも、積水ハウスのケースは飛び抜けてスケールが大きい。事件が発覚したあとの8月2日付の積水ハウスの発表によれば、2000平米(およそ600坪)の土地をはじめとした一連の不動産取引総額は70億円にのぼる。うち積水ハウスは63億円をニセ地主に支払い、最終的に55億5000万円もの大金をまんまと騙し取られたのである。紛れもなく、これまで類を見ない史上最大の地面師詐欺である。

地面師事件には、それぞれに特徴がある。不動産のプロが騙されるケースはさほど珍しくないが、なかでも積水ハウスの件は、騙された会社の規模が群を抜いている。

大和ハウス、住友林業とともに、日本のハウスメーカー御三家の一角を占め、2018年1月の決算では大和ハウスに次ぐ2兆1593億円を売り上げた業界のリーディングカンパニーだ。マンション開発も手掛ける日本屈指のデベロッパーでもある。取引における経験や知識も豊富だ。そんな業界のガリバー企業が、なぜこうも簡単に巨額の不動産代金を騙し取られたのか。

積水ハウス事件の複雑怪奇なカラクリを追う。

『積水ハウスがハメられた史上最大「55億円の被害」の裏...高齢地主に擦り寄るデベロッパーやブローカーたちの裏で蠢いていた「地面師」たちの影』へ続く

積水ハウスがハメられた史上最大「55億円の被害」の裏...高齢地主に擦り寄るデベロッパーやブローカーたちの裏で蠢いていた「地面師」たちの影