念願の新築マイホームが借地に…「地面師」詐欺を取り巻く「混沌」と「闇」、警察が悔やんだ衝撃の展開とは

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ハウスメーカー、デベロッパーとして国内最大手の積水ハウスが、50億円以上ものカネを騙し取られた2018年の「地面師詐欺」事件は、いまも多くの謎に包まれている。15人以上の逮捕者を出す大捕物になったものの、不起訴になった容疑者も多数いて、公判でもすべてが明らかになったとは言い難い。

このたび、事件をモデルにしたドラマ「地面師たち」(原作・新庄耕)の配信がNetflixでスタートし、大反響を呼んでいる。ノンフィクション作家・森功氏の文庫『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』には、ドラマでは描かれなかった数々の知られざる事実が記されており、その内容を10回連続で公開する。

『地面師』連載第1回

故人になりすまし土地を売買

〈死亡女性になりすまし無断で不動産売買 容疑の4人逮捕〉

2016年11月30日の日経電子版「速報ニュース」に、こう題したベタ記事が掲載されたことがある。警視庁捜査二課の発表に基づいた報道だ。あまりに扱いが小さいため目立たなかった。半面、この手の地主のなりすまし事件は、東京都内で頻繁に起きていた。典型的な地面師詐欺である。

逮捕された4人組は、斯界で中堅どころの地面師集団といわれた。犯行グループが何年も放置されていた東京都内の土地に目を付けたのが、事件の端緒だ。手口は他の地面師事件ともよく似ている。

簡単に説明すると、摘発からさかのぼること4年前の12年4月、4人組はお決まりの偽造パスポートやニセの不動産売買契約書を使って地主の女性になりすまし、杉並区の不動産業者に土地を売りつけた。被害額4700万円、何年も前に地主が死亡していることを承知の上で犯行におよんだ。

4人組の役割分担は、きっちり決まっていた。詐欺のスキームをつくった主犯格は、喜田泰壽といった。逮捕当時の年齢は58歳、詐欺集団のリーダーとして脂が乗る時期といえた。喜田の相棒であり、地主のなりすまし役が、67歳の中村美佐江だ。また、喜田はそのほか美佐江の世話係として54歳の手下を配し、50歳の不動産ブローカーに、土地の売却先を探させた。警視庁がそれらを突き止め、判明した4人の地面師グループを逮捕したのである。

罪に問うことができたのは...

「喜田は、かねて売り出し中の地面師として警視庁がマークしてきた人物でした。犯行から4年経って逮捕できたのは、なりすまし役の中村美佐江の身柄を押さえられたからです。それが大きかった。逮捕した当初、美佐江は自白していました。なので、4人とも起訴できるとも思ったのですがね」

警視庁の捜査幹部は事件をそう振り返った。だが、事件は刑事たちの思惑どおりにはいかない。意外な展開を見せた。

主犯格の喜田をはじめ、なりすまし役の美佐江以外は最初から犯行を否認していた。それは刑事たちも織り込みずみだったのだが、一度は罪を認めた彼女の供述があいまいで、頼りない。そのまま逮捕から起訴まで22日間の留置・勾留期限を迎えた。4人の送検を受け、東京地検刑事部は処分を決定しなければならない。

起訴するか、起訴猶予にするか、あるいは嫌疑不十分で不起訴にするか。犯行グループ4人それぞれに応じた処分の判断が求められた。

「持ち主になりすました中村美佐江以外は、公判で詐欺の犯意を立証するのが難しい」

東京地検としては、主犯の喜田を詐欺罪で起訴できない、と言い出した。結果、起訴されて罪に問われたのは4人のうちなりすましの中村ひとりだけとなり、喜田をはじめ他は無罪放免となって釈放されてしまったのである。

とうぜん捜査を続けてきた警視庁側は納得できない。捜査二課長をはじめ、現場の捜査員たちは地団太を踏んだ。おまけに事件はそれだけでは済まない続きがあった。警視庁の捜査幹部が続けた。

「もとはといえば、ここは戸建ての分譲住宅用地として不動産業者が注目していたところでした。喜田たちはそこに目を付け、杉並区の不動産業者を騙したのですが、買ったつもりの業者はそうとは気づかず、建売住宅販売を専業とする建設会社に土地を転売してしまっていた。エンドユーザーとしてその建売業者から家を買った方は、そんな事情などつゆほども知らない。ごくふつうの家庭が念願の新築のマイホームに今現在も住んできたのです」

地面師が引き起こす“カオス”

主犯が不起訴になったとはいえ、曲がりなりにも警視庁が捜査に着手し、一時は犯人一味を摘発した。事件の発生からすると、4年が経過しているが、この地を舞台に犯罪があった事実は動かしがたい。虎の子をはたいて新しい家を買った持ち主が自分のものだと信じて疑わないその土地は、もともと死亡した地主のものだ。たまたまそこには相続する縁故者がなかった。本来、相続人がいなければ、不動産は国庫に返上される。実際事件がなければそうなっていたに違いない。しかし、地面師たちの手によって状況が変わった。

つまり土地の真の所有者は国で、住人は土地を借りて住んでいることになる。通常、こうした土地なら国に借地料を支払うか、あるいは改めて土地を買い取るか、という選択になるのだろう。が、住人はすでにそれ相当分の数千万円を支払っている。裁判で争えば、国側が負ける可能性が高い。

もとより、地面師事件を知らず、住宅を分譲した建売業者やそれを買ったエンドユーザーの住人には何の罪もない。だがその一方で現在の住人は、他人の土地に建てられた家に住んでいることになる。仮に刑事事件として立件されれば、一連の事実が明らかになったかもしれない。そのうえで善意の第三者として、土地を登記しなおして住むことになったかもしれない。しかし事件は不起訴となり、幕を閉じた。それらの事実はいっさい明るみに出ることはなく、住人も知らないまま永遠に闇に葬られている。

目下、都内で進行中の地面師詐欺の現場では、この手の混乱や矛盾があまた生じている。まるで土地の所有者が定まらなかった明治初期や終戦直後のカオスに迷い込んだかのような、そんな不思議な事態を招いている。

『隣家とのわずか45cmの隙間に見つかった「白骨遺体」に「NTTが青ざめた」...大手だろうが例外ではない、知られざる「地面師詐欺」の実態』へ続く

隣家とのわずか45cmの隙間に見つかった「白骨遺体」に「NTTが青ざめた」...大手だろうが例外ではない、知られざる「地面師詐欺」の実態