日米合作 ブロードウェイミュージカル『RENT』オリジナル版演出家 マイケル・グライフ

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山本耕史、クリスタル ケイ、そしてブロードウェイで活躍するキャストたちが送る日米合作『RENT』。今回のプロダクションの元となっている1996年初演時の演出家マイケル・グライフが来日し、初日のカーテンコールにサプライズで登場した。初日の舞台について、そして『RENT』について聞いた。

スペシャルカーテンコール映像


――初日のカーテンコールにサプライズで登場されましたが、客席からご覧になっていていかがでしたか。

観客の反応を感じることができて興奮しましたし、(山本)耕史がマークを演じているというのもとてもいいと思いました。マークは、舞台上で起こる多くの出来事の司会者のようなところがある役柄なので、今回のキャストと日本の観客とをつなぐ上で大きな役割を果たしていると感じました。観客は、日本初演以来のマークを演じる耕史をおかえりなさいと温かく迎えているようで、いろいろなことがいい感じにしっくりと来ていましたね。自分が演出したバージョンの『RENT』をしばらく観ていなかったのですが、今回の演出を手がけたトレイ(・エレット)はキャストみんなの互いへの反応を細かく作り上げていたと感じましたし、音楽チームも最高の歌唱を引き出す上ですばらしい仕事をしていました。バンドの演奏もよかったです。キャストのうち数人は知り合いで、『ディア・エヴァン・ハンセン』で一緒に仕事をしたときアレックス(・ボニエロ)はロジャー役にぴったりだろうなと思ったのが、実際にすばらしいパフォーマンスを披露していました。他のキャストたちもいい舞台を務めていました。

――今回は日米合作プロダクションとなっています。

多大な努力の結果としてさも容易な風に上演されているなと感じました。耕史とクリスタルが英語で歌い、話しているのもとても自然でした。耕史にとっては非常にチャレンジングだったと思いますが、まったくそういう風には感じなかった。観客が、字幕よりも彼のパフォーマンスから多くを感じ取っているなと思いました。字幕の電光掲示板が舞台の

両側にあるのも視覚的にいいですね。『RENT』の舞台装置はかなりシンプルなので、電光掲示板がプロセニアム・アーチ(舞台を額縁のように区切る構造物)のようにも感じられたし、そこに言葉が流れているというのがコミュニケーション・タワーのようでおもしろかったんです。そして電光掲示板が照明にも影響を与えていると思いました。

『RENT』

――グライフさんの演出版に基づく『RENT』は日本でもたびたび上演されています。

日本版、そして来日版が上演されていますね。僕自身が日本で演出したのは、1988年の『ビッグ・リバー』が最後なんです。『RENT』を実際に日本で観劇したのは今回の初日が初めて。観客が熱狂的に反応していて、拍手も熱かったし、笑いもたびたび起こっていて、すばらしいなと感じました。観客のクリスタルの登場への期待も大きかった。この作品の構造として、クリスタルが演じているモーリーンの登場は一幕の最後の方なのですが、ボーナスっぽい感じなんです。あそこで新たなキャラクターが紹介されることは、若干長く感じられかねない一幕にとっていい効果を生んでいると思います。

『RENT』

――そもそも『RENT』との関わりは?

作詞・作曲・脚本を手がけたジョナサン(・ラーソン)とはちょっとだけ知り合いでした。そして、作品が最初に上演されたニューヨーク・シアター・ワークショップでは『RENT』より前にすでに演出を手がけていました。僕が演出した作品をジョナサンはすごいと思っていてくれたというのもありますし、この作品で描かれている物語を深刻に受け止め、そのテーマをより深く描き出す演出家を探していたんだと思います。『ビッグ・リバー』のカリフォルニア版とブロードウェイ版に僕は共同演出家として関わり、そしてツアー版に演出家として関わったわけですが、ストレートプレイに加えミュージカル演出の経験をジョナサンが重んじてくれたということもあります。最初に脚本を読み、ナンバーを聴いたとき、ジョナサンは、僕自身も知っているような若い人々を描く、本当にすばらしい作品を作り上げたと思った。1990年代前半当時、AIDSと共に生きる人々、AIDSで亡くなった人々を僕自身大勢知っています。だから、そんな人々、その生の闘いに対する贈り物のようなこの作品に、非常に心を動かされました。ジョナサンの手がけた音楽と歌詞もすばらしいと思った。だから、エキサイティングだなと感じて演出を引き受けたんです。

――その当時、こういった物語は新しいものだったのでしょうか。

商業的成功を収めるようなミュージカルの題材としては珍しいものでした。けれども、1980年代後半~1990年前半にオフ・ブロードウェイで作り上げられていっていたストレートプレイやミュージカルとしては珍しいとまではいかなかったと思います。なぜなら、そのころ、AIDSは演劇界にも蔓延していたからです。

――『RENT』の成功の要因はどこにあるとお考えですか。

その時代の闇と悲劇に根差す物語、我々自身の子供時代や子供たちを思い出させるような好感のもてるようなキャラクターが登場すること、そして、例えば『ウエスト・サイド・ストーリー』のようにシリアスな題材を扱ったミュージカルを思い出させるところにあると思います。『ウエスト・サイド・ストーリー』や多くのオペラは実際にシリアスでダークな題材を扱っていますし、と同時に観客の感情を満足させてくれるものでもありますよね。音楽ほど、そうやって感情に働きかけることのできるものはない。その意味で、『RENT』はオペラの伝統にある作品だと思います。もちろん、何だかときに忘れがちではあるのですが、プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』に多くを負うところのある作品なんですが。すばらしいオペラ作品とミュージカル作品両方の系譜にある作品だと思います。

――『RENT』というタイトル自体、『ラ・ボエーム』からいろいろ“借用した(rent)”といった意味もあるのかなと思っていました。

タイトルには多くの意味が含まれていると思います。“分裂、不和(rent)”にある登場人物たちをまた一つにできるのかという意味合いもありますし、『ラ・ボエーム』の登場人物たちにも「家賃(rent)」が払えないという共通点がありますよね。

『RENT』

――ジョナサン・ラーソンさんとの会話の中でとりわけ記憶に残っていることは?

ジョナサンはポピュラー音楽とミュージカルの音楽とを再び一つにしたいと強く願っている人でした。そして実際、『RENT』で彼はそのことを見事に成し遂げました。早すぎる死によって、その成果を彼自身が見届けることができなかったというのは、とてつもなく悲しく、皮肉なことですが。実際のジョナサンは、物語の中のマークのように、自分がやりたいと願っている仕事を続けられるか悩んでいるところがありました。生計を立てていけるのか、責任ある大人として生きていけるのか、悩んでいた。だから、願っていた成功、そこから生じるものが、彼の生前には与えられなかったというのは本当に皮肉なことです。

――どんな方だったんですか。

すばらしい人でした。生き生きとしていておもしろく、闘う人でもあった。AIDSに侵された彼の友達、AIDSによって亡くなった彼の友達について、よく話をしました。彼の人間性の豊かさは、彼の遺した音楽の中に聴くことができると思っています。

――お気に入りのシーンやナンバーはありますか。

「Without You」で、3カップルの物語が一緒になるところがすごく好きですね。一幕では彼らの物語はそれぞれ独立して描かれているので、一つになる流れがとても好きです。それと、「Good Bye Love」は大好きな曲です。音楽が非常に美しく、そこに登場するキャラクターたちの癒やしの感覚を紡ぎ上げることが、演出家としてはチャレンジングで、かつ非常にやりがいのあることでした。

『RENT』

――『RENT』に最初に参加したころ、作品がここまでの成功を収めると予想していらっしゃいましたか。

いいえ。これは本当に皮肉であり、悲しい話だと思うのですが、ジョナサンは成功を確信していました。ジョナサンは、ミュージカルの歴史に多大な貢献をできるような人物になりたいとの希望を抱いていました。オフ・ブロードウェイのニューヨーク・シアター・ワークショップでこの作品を手がけたとき、僕が挑戦していたのは、若いアーティストである観客たちが、『RENT』の登場人物のうちに自分自身の姿をはっきりと認められるように演出するということでした。若き映画製作者たち、ミュージシャンたち、パフォーマンス・アーティストたちが大勢ニューヨーク・シアター・ワークショップに来ていたので、観客として想定した彼らを劇中ちょっと茶化すようなところもあったりするんです。そのように、そもそもダウンタウンの観客のために作ったところがあったので、幅広い客層に訴えかける作品となったことは、うれしさと同時に驚きがありました。そしてブロードウェイで上演が始まると、さきほども申し上げたように、観客の子供時代や子供たちを思い出させるようなキャラクターが愛情深く造形されていることが人気を呼んだのだと考えています。

――初演から30年近く経ち、AIDSを取り巻く状況も変わりました。

その通りです。1993年に初めて『RENT』と出会ったころ、AIDSであるということはさながら死刑宣告を受けたようなところがありましたが、カクテル療法が発展し、人々はAIDSと共により長く生きることができるようになり、大きく状況が変わりました。後年、若い世代のキャストと作品に取り組んでいるとき、映画を観たり、本を読んだりして話し合い、『RENT』のころの人々がどんな状況におかれていたか説明することが必要でした。若い世代が、初演のころのキャストたちのように、あの状況を生き抜く必要がなくて、よかったと思っています。

『RENT』

――『RENT』ももちろん大好きなのですが、グライフさんが演出された『グレイ・ガーデンズ』(2006。ジャクリーン・ケネディの叔母とその娘が零落し、ボロ屋敷に住んでいる様をとらえた同名ドキュメンタリー映画を基にしたブロードウェイ・ミュージカル)も心から好きな作品です。演出を手がける上でどんな作品に心ひかれるのでしょうか。

『グレイ・ガーデンズ』もおもしろいと同時にダークな感じの作品ですよね。『グレイ・ガーデンズ』や『ネクスト・トゥ・ノーマル』(2009)、『ディア・エヴァン・ハンセン』(2016)等をブロードウェイで演出してきましたが、音楽の力を生かして物語を妥協なく描き、観客の心に訴えかけて感情的な境地へと連れ去るようなところのある作品に心ひかれるんだと思います。

――現在進行中のプロジェクトは?

グロリア・エステファンと共に、ドキュメンタリー映画『Landfill Harmonic』にインスパイアされた『Five Notes』という新作ミュージカルに取り組んでいます。

――『RENT』を愛する日本の観客にメッセージをお願いします。

これまでも来日カンパニーや日本語での上演など様々な形でRENTをお楽しみいただいてきたと思いますが、今回のカンパニーはいいキャスト揃いなので、英語上演もぜひ楽しんでいただきたいと思います。僕にとって『RENT』が意義深いのは、この作品が若い世代の作曲家にインスピレーションを与え、彼らが自身の作品を作り上げる上で大きな力となったということです。僕が一緒に仕事をした優れた作曲家たちも、この作品からインスピレーションを受けたとしばしば口にしています。ですから、日本の若い世代の作曲家たちも、この作品にインスパイアされて、自分の時代、街、コミュニティ、友人たちについてのミュージカルを書くようになったらすばらしいなと思っています。

取材・文=藤本真由(舞台評論家) 
photos by Maiko Miyagawa 

【プロフィール】
マイケル・グライフ (MICHAEL GREIF):これまでに『RENT』、『ネクスト・トゥ・ノーマル』、『グレイ・ガーデンズ』、『ディア・エヴァン・ハンセン』、そして現在もブロードウェイで上演中の『ヘルズ・キッチン』の5作品でトニー賞にノミネート。直近では『ヘルズ・キッチン』のほか、『酒とバラの日々』、『ノートブック』の3作品の演出を手掛け、全て同時期にブロードウェイで上演された。