キッチンだけでなく、すべての部屋に酒缶や生ゴミが散乱しており、尋常ではない数のゴキブリが飛び交っている(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

小学校に通う3人の子どもとシングルマザーが住む3Kのマンション。大量の生ゴミで足の踏み場もない家の中には、おびただしい数のゴキブリが飛び回っていた。子ども部屋にはビールの空き缶が転がったままだ。子どもたちはいつも生ゴミの上で眠っていた。

本連載では、さまざまな事情を抱え「ゴミ屋敷」となってしまった家に暮らす人たちの“孤独”と、片付けの先に見いだした“希望”に焦点をあてる。

YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信するゴミ屋敷・不用品回収の専門業者「イーブイ」(大阪府)が、3人の子どもたちとシングルマザーを救う。母親は次々と運び出されていく生ゴミを前に何を思うのか。

動画:「子供の未来のために」ゴミ屋敷を片付ける母の決意【前編】1/2

   母の決意と子の協力!ゴミ屋敷からの再スタート【後編】2/2

ゴキブリの量が尋常ではない

「自分たちがこれまで片付けてきたゴミ屋敷の中でもここはレベルが違いました。お子さんも一緒に住んでいるゴミ屋敷の中では、もっとも酷い状態だったと思います」

現場の見積もりから当日の作業まで担当したイーブイ社長の二見文直氏(以下、文直氏)がそう話す。玄関のドアを開けた瞬間から目の前はすでにゴミの山だった。キッチンも居間も寝室も子ども部屋もトイレもすべてゴミ、ゴミ、ゴミ……。その様子はまさに「ゴミの海」だった。


玄関を開けると、足の踏み場もないゴミの山が出迎える(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

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ただ、ゴミの量だけならこの家に匹敵する現場はいくらでもある。しかし、ほかの現場と一線を画していたのはゴキブリの量だった。というのも、家の中に捨てられているゴミの多くが生ゴミだからである。

空のペットボトル、酒の空き缶、弁当や惣菜の空容器、お菓子の袋など、至るところに捨ててある。キッチンにあるテーブルには真っ黒になったレタスに生卵の殻。蓋もせずに放置されたスープの中には小さなゴキブリが何匹も浮いていた。


食べかけのバターがそのまま放置されている(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

「生ゴミが多いゴミ屋敷でも、基本的にはキッチン周りにだけ生ゴミが集まっているものです。でも、この現場はキッチンだけではなくすべての部屋に生ゴミが捨てられている状態でした。だから、ゴキブリの量が尋常じゃないんです」(文直氏)

居間にできた生ゴミの山に目をやる。はじめのうちは食べ終わった弁当などを小さな袋に入れて山に向かって投げていたようだが、途中から袋にすらまとめなくなった経緯が見て取れる。

生ゴミから出た水分はだんだんと下に染みていき、ほかのゴミを浸食していく。ゴミの山を掘り返すと、床は泥のようにベトベトになっていた。


床にこびりついたゴミや汚れはなかなか取れそうにない(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

ゴミを覆い尽くす「黒い斑点」の正体

生ゴミを手で摑んでゴミ袋に入れると、周りから“ワサワサッ”と小さなゴキブリたちが這い出してきた。床や壁だけでなく天井にもゴキブリが這っている。ゴミをかき分けるたびに、空中にゴキブリが飛び回った。

テーブルの上にあった紙コップをどかすと、紙コップの周りを黒い斑点がふち取っている。あらためて家の中を見てみると、テーブルの上、空き缶、空容器などあらゆるものが黒い斑点をまとっている。上から大量の土をばらまいたかのようである。


テーブルの上はゴキブリの糞まみれだ(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

「これ、全部ゴキブリの糞なんですよ」

文直氏はそう言ったが、あまりにも量が多すぎて信じられなかった。

このゴミ屋敷で子どもたちはどうやって暮らしていたのだろうか。1人はビールの空き缶が転がっている子ども部屋で眠っていた。ベッドのマットレスはボロボロに擦り切れ、ここにもゴキブリが棲みついている。

もう2人は居間のゴミの海の真ん中にできたくぼみに布団を敷き、母親と丸まりながら3人で眠っていた。


子ども部屋にあるベッドの上には空間があった。子どものうち1人はここで眠っていたらしい(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)


居間はゴミで埋もれていたが、わずかなスペースがあった。ここに母子3人で寝ていた(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

このシングルマザーも例外ではなく、とくに生ゴミが目立つゴミ屋敷には酒の空き缶がたくさん捨てられている傾向があるという。現場で作業をしていた文直氏の弟・信定さんが話す。

「不幸が続いたり、精神的につらいストレスがあったり、職場の環境や近隣住民との関係が上手くいかず、お酒に逃げてしまう。飲んでいろいろ忘れたい、飲んで楽になりたいというのはあるかもしれない。酒で無気力になってしまい、“もうどうでもいい”と思ってしまった時期があったと、今回の依頼者さまもおっしゃっていました。そこから(生活が)狂い始めてしまったのかもしれません」


部屋のあちこちに酒缶が散乱している(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

家が生ゴミだらけになってしまった理由

一体、この家に何があったのか。夫と離婚後、シングルマザーとして3人の子どもとこのゴミ屋敷で暮らしてきた母親が語った。

「4年ほど前に父が亡くなったのですが、死に目に会えなかったんです。そこで気持ちがドンと落ちてしまいました。ただ、そのときは今ほど部屋は散らかっていませんでした。

その1年後に今度は妹が亡くなったのですが、遠方に住んでいることもあって、また死に目に会えませんでした。そこから、もう何もする気力がなくなってしまいました。家が散らかり出すと仕事もどんどん上手くいかなくなり、人間関係も悪化し、近所の人に会うことすら怖くなっていきました」


ゴミ屋敷になってしまった経緯を話す依頼者(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

ゴミ捨ても日中ではなくあえて夜中に行くようになった。すると、次第に生活のリズムが崩れ始め、さらにメンタルが病んでいった。そんなとき、マンションのゴミ捨て場で、こんな光景を目にした。

「自分が捨てたゴミではないんですが、他のおうちのゴミを漁っている住人がいたんです。いえ、“漁っている”と言ったら悪いかもしれません。捨ててはいけないものが入っていたのかもしれません。

とにかくそれを目撃して以来、自分がちゃんとゴミの分別ができているのかどんどん不安になっていきました。身内の不幸が続いて気分的に落ちていたときだったので、なおさら人に会うのも怖いし、ゴミをチェックされたらどうしようと考えてしまい、なかなかゴミを捨てられなくなってしまいました」

イーブイがこの現場を訪れたのは今年の夏が始まろうとしているときだった。家中を埋め尽くしている生ゴミのことを考えれば、暑くなる前に片付けたい。しかし、イーブイに依頼をすることもためらってしまった。

そもそも他人と会うこと自体が怖い心理状態である。動画で見たことのある顔とはいえ、他人を自分の家に入れるという行為に大きな抵抗を感じざるをえなかった。


料理を作る気力も失ってしまった(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

心の問題が深刻な「生ゴミだらけ」のゴミ屋敷

見積もりのとき、母親の手は震えていたという。

「見積もりのときお母さんは泣かれていて。安心したんですかね。やっぱり悩んでいることを人に打ち明けるっていうだけで胸のつかえが取れてスッキリするじゃないですか。そういう姿を見ると何とかして助けたいという気持ちはありますよね」(信定さん)

ゴミ屋敷」には大きく分けて2つの種類がある。

ひとつは服、雑貨、本などを溜め込みすぎてしまい不要品だらけになった「モノ屋敷」。この場合、片付けの際に「いる・いらない」を仕分けする必要がある。

もうひとつは今回のように生ゴミが大半を占める現場だ。後者は「ほとんどが住人のメンタルの不調に起因している」と文直氏は言う。

「前者と後者では、心に抱えている問題が違ってきます。より深刻なのは後者の生ゴミだらけのゴミ屋敷です。モノ屋敷のようにコツコツ片付けて解決するようなことではありません。片付け方とか、整理収納の仕方とか、掃除の仕方とか、ゴミ出しの仕方とか、そんなことじゃない。

“どうしてこうなった?”と原因を追求する前に、まずは家の中をゼロに戻して一気に気持ちを切り替えるしかありません。話はそこからだと思っています」

この状況が続くようでは、子どもに対するネグレクトを指摘されても否定することはできないだろう。ただ、母親はセルフネグレクト状態になりながらも、かろうじて「前に進みたい」という気持ちは持っていた。それは、やはり子どもの存在が大きかった。


居間に入りきらなくなったゴミを投げ込んでいた隣の和室。生活には使っていなかったためか、押し入れの中は空で、あちこちに蜘蛛の巣が張っていた(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

「子どもが大きくなったときに、“ずっとこんな家に住んでいたんだ”と思ってほしくなかったんです。気持ちを新たにして進んでいかないといけない。“部屋が綺麗になったらどうしたい?”と子どもたちに聞くと、“あれしたい、これしたい”とたくさん夢を話します。夢ではなく普通のことなんですけどね。

家が綺麗になることを子どもたちはすごい楽しみにしています。とにかく、全部いったん綺麗になったら、何かいい方向に向かうんじゃないかなって。私の勝手な思いなんですけど、やっぱり変わりたいです」(母親)


ゴミが一掃され、綺麗になった子ども部屋(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

すぐにゴミ屋敷に戻ってしまう人たち

現場に入ったスタッフはいつもより多めの8人。パッカー車(ゴミ収集車)が来る時間は決まっているので、時間重視でどんどん作業を進めていく。

キッチンは冷蔵庫、電子レンジ、IHクッキングヒーター、テーブルだけ残し、ほかは全部処分する。「ゴミの中からはいろんなモノが出てくると思いますが、すべて捨てていいです」と母親も本腰を入れたようだ。

片付け開始から5時間半。床のダメージは大きく、引き続き住むにはリフォームが必要になるが、ゴミもゴキブリもゼロになり、家はまっさらな状態になった。


デッドスペースとなっていた和室を片付ける様子(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

「広っ。そう、こんなんやったんです。これはすごい、広い」

手が震えていた見積もりのときとは、母親の表情は明らかに違った。空になった部屋を前に自然と口数も増える。


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「こんな状況を見せるのも嫌だし、見積もりの後も片付けの依頼をやめようかと何度も思ったんです。でも、じゃあどうする? 自分一人でできる? すごい葛藤がありましたが、頼んでよかったです。とにかく助けてほしいっていうのが一番で、1人では何もできない状態だったんで。

私の悪い癖でお酒に逃げてしまうんです。イーブイさんに電話をしたときもお酒を飲んでいて、でもドキドキして酔えなくて。でも、あのとき勇気を出してよかったと思います。最悪の状態になってどうにもならなくなる前に頼むべきだったなとあらためて思います。隠すんじゃなくて、自分でできないからこういうことになっているわけですから」


計5時間半の片付けで玄関周りもすっきり(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)


生ゴミもなくなり、ゴキブリも根気よく殺虫剤で駆除されたキッチンと居間(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

しかし、心に留めておきたいのは、ゴミ屋敷の片付けはゴールではなくスタートであることだ。ここで終わった気になってしまえば、すぐにまたゴミ屋敷に戻ってしまう。


ゴミのくぼみで寝ていた居間も、ゴミ置き場になっていた和室もすっきり片付いた。ようやく布団の上で寝られるだろうか(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

【写真】尋常じゃない数のゴキブリが飛び交い、生ゴミに埋もれた室内ーースッキリ綺麗になった!【ビフォーアフターを見る】(40枚)

(國友 公司 : ルポライター)