打撃好調で存在感を増す吉田正尚 photo by USA Today Sports/Reuter/AFLO

 MLBシーズンも後半戦に入ったが、メジャー2年目の吉田正尚(ボストン・レッドソックス)が、絶好調である。苦しい時期が続いていた今季前半とは対照的に、チーム内でその存在感を増し、その上昇気流はまだまだ続く気配だ。日本を代表する左打者は、何をきっかけに本領を発揮し始めたのか。

【辿り着いたシンプルな答え】

 ボストン・レッドソックスの吉田正尚が打ちまくっている。8月19日(現地時間、以下同)のヒューストン・アストロズ戦で本塁打を放ち、これで7試合連続安打をマーク。この間、19打数12安打、打率.632と尋常ではない絶好調ぶりだ。シーズン成績もこの時点(現地8月19日時点。以下同)で打率.300に到達。規定打席にこそ届いていないが、すでに打率では大谷翔平を抜いて日本人プレーヤーのなかでは1位になった。

 また、得点圏打率は.310、特に2死で走者をスコアリングポジションに置いた場面では打率.424(33打数14安打、19打点)と勝負強いのも今季の特徴のひとつだ。これほどのハイペースでヒットが出れば当然ではあるが、最近の吉田は実に気持ちよさそうに日々を過ごしている印象がある。

 14日までボストンで行なわれたテキサス・レンジャーズとのシリーズ中、フィールドではほかの主力選手たちと楽しそうに言葉を交わす姿が見られた。13日のゲームでは珍しくタンクトップ姿で試合前の練習に登場。レッドソックスを継続的に追いかけている知り合いの記者によると、メジャー入り以来、吉田がタンクトップでフィールドに出たのは初めてだったとか。これまでジャレン・デュラン、タイラー・オニールといったほかの"マッチョ"なチームメイトたちに気を遣っていたのが、今では気分が変わったのだろうか。

「いや別に、意味はないです(笑)。暑かったんで、クラビー(クラブハウスのスタッフ)の人が(袖を)切ってくれました」

 本人はそう笑っていたが、今の吉田が以前よりも快適にプレーしていることは間違いないだろう。あくまで外から見ての感想だが、シーズン序盤はこうではなかった。昨オフにトレードの噂が流れ、4月は左手親指の故障もあって、存在感が消失しかけた時期もあった。しかしその後、良好な結果を出し続けることで、日本が誇るマッチョマンは再び自身の立ち位置を回復させたのである。

 2割3分台という低打率に喘いでいた6月下旬とそれ以降では、吉田の打撃には劇的な変化が見られる。昨季後半も不振に悩んだ吉田がここでどのように対応したのか。その答えは意外なほどにシンプル。最大級のアジャストメント(適応)は、"積極的に打つこと"だったという。

「結果的に全部を振り返ったときに、メジャーに来てからずっとファーストストライクが一番甘い。見て、見て、だと、最終的にコースを散らされてしまう。それよりも最初のストライクをしっかりスイングできる準備をして、そのなかで見逃すのか、あるいは打ちにいくのかを決めていきたい」

 メジャー入り直後の吉田は選球眼のよさが喧伝され、昨季開幕前は1番打者としての起用が噂されたこともあった。そんな背景もあって、じっくりとボールを見ていく姿勢を意識した部分もあったのだろう。ただ、ここしばらくの吉田は確かにアグレッシブな姿勢が目立つ。身近なところでは10日の本塁打、11日の安打は、どちらも初球を思いきりよく振ったうえで生まれたものだった。

「追い込まれて小さくスイングするよりは、"自分のスイング"ができる準備をしていきたいんです」

 実際に今季、初球を打ったケースでは打率.519(27打数14安打)、カウント2−0(ボールーストライク)からファーストストライクを打った際は同.556(9打数5安打)。また、カウント2−1から打って出た際も打率.450(20打数9安打)を残すなど、打者優位な状況から"自分のスイング"をした際に好成績を残している。もちろんいいカウントでの数字が良好なのは当然のことではあるのだが、積極性を重視し、早い段階で打ちにいくメンタルが整ったことが今の好調を支えているのだろう。

【ライバル・ヤンキース戦でのインパクト】

 ファン、チームメイトからの信頼を得るうえで、宿敵ニューヨーク・ヤンキースとの対戦で2度にわたって大きな貢献を果たしたのも大きかった。

 敵地ニューヨークでの7月5日のゲームでは、2点を追う9回二死一塁の場面で起死回生の同点2ランを放ち、延長での逆転勝利に大きく貢献。さらに同月26日、今度は地元での同カードで、7対7で迎えた8回一死二、三塁から勝ち越しの決勝中前打を放って、溜飲を下げた。

 今ではレッドソックスとヤンキースのライバル関係は以前ほど熱いものではなくなったが、それでもほかのゲームと違うのは事実。そのカードで貴重な働きをしたことは、今季の吉田を語るうえで重要な意味を持ったのだろう。

「(吉田が)打てるのはわかっている。実績もある。ただ、いい打撃をしてほしい。15本塁打を打ってくれればすばらしいけど、自分らしい打撃をすればいいし、彼もそれを理解しているよ」

 アレックス・コーラ監督のそんな言葉に代表されるように、以降、レッドソックスの周囲の人間たちの言葉はそれまでより温かなものになった印象がある。

 吉田を語るうえで、5年9000万ドル(約135億円)という大型契約は、常に引き合いに出される。2024年はDH専属で、守備、走塁での貢献はわずかなだけに、依然として"高価すぎる"という一部からの声は聞こえてくる。それでもこうして勝負強い打撃を継続し、大事な9月以降も貢献を続けたら、どうだろうか? 現在、ア・リーグのワイルドカードの3つめのスポットまで4.5ゲーム差という厳しい位置にいるチームを、4年ぶりのプレーオフ進出に近づけるような働きができれば......。

「日々苦しみというか、いろんなことがある。それはみんな一緒でしょう。そのなかでもしっかり気持ち的に前を向きながら、何とか自分のやれることをやって、後悔しない日々を過ごしたいという気持ちでやっています」

 メジャー2年目にして初めての負傷者リスト(IL)入り、打撃不振といった厳しい試練を乗り越えて迎えた今夏、吉田はしみじみとそう話していたことがあった。その言葉どおり、確かな打撃技術を持ったバットマンは停滞したままでは終わらなかった。

 2024年を本当に"後悔しない"シーズンにするために――。ボストンの熱心なファンの視線がこれまで以上に熱くなる9月の戦いは、吉田にとって極めて重要なものになってくるはずである。