「コーヒーは1日25杯までOK」という言説を新聞社が広めてしまい専門家が苦言を呈した事例
コーヒーは世界で最も多く消費されている嗜好(しこう)品のひとつであり、健康へのメリットを示す研究が数多く報告されている一方で、特にカフェインの過剰摂取には胃腸障害や不眠症などのデメリットもあります。過去には、なんと1日に25杯ものコーヒーを摂取した人のデータを含む研究結果が一人歩きしてしまい、専門機関が新聞報道の訂正に乗り出したことがあります。
Coffee not as bad for heart and circulatory system as previously thought - Queen Mary University of London
Is it really safe to drink 25 cups of coffee a day? - BHF
https://www.bhf.org.uk/informationsupport/heart-matters-magazine/news/behind-the-headlines/25-cups-of-coffee
2019年に海外メディアがこぞって取り上げた「コーヒーは1日25杯でも大丈夫」という言説の元になったのは、イギリスの大学の研究者らがイギリス循環器学会(BCS)で発表した研究です。
この研究で、クイーン・メアリー大学ウィリアム・ハーベイ研究所のステフェン・ピーターセン氏の研究チームは、8412人の参加者を「コーヒーの摂取量が1日1杯未満(3892人)」「1〜3杯(2978人)」「4杯以上(1542人)」の3つのグループに分け、心臓スキャンと脈拍検査を実施しました。
なお、コーヒーを最もよく飲むグループの平均摂取量は1日5杯で、最大数は25杯だったとのこと。中には26杯以上飲んでいた人もいましたが、さすがにそのような人のデータは分析から除外されました。
研究チームが参加者らの検査結果を比較したところ、3つのグループの間で血圧、心拍数、そして動脈硬化の度合いに有意な違いはないことがわかりました。
データ分析を主導したロンドン大学クイーン・メアリー校のケネス・ファン氏は「この研究では、因果関係までは証明されていないものの、以前の研究が示唆するほどコーヒーは動脈に悪いものではないことが示されました。私たちの研究には1日に最大25杯飲む人が含まれていましたが、コーヒーを最も多く消費するグループの平均摂取量は1日5杯でした。今後の研究ではこれらの人々をより詳しく研究し、安全な摂取量の制限をアドバイスできるようにしたいと思います」とコメントしました。
この研究はあくまで動脈の健康に焦点を当てたもので、コーヒーを最大数の25杯飲んだ参加者も2人しかいませんでした。ところが、この研究が発表されると複数の新聞社がコーヒーを1日に25杯飲んでも問題ないことが証明されたかのように報じました。
例えば、世界最古の日刊新聞であるThe Timesは「元気を出してください。25杯目のコーヒーは心臓に害はありません」と報道。The Guardianは「研究によると、1日25杯までのコーヒーは心臓の健康に安全」と伝えたほか、世界で最も発行部数が多い英語日刊紙のThe Sunはあたかも研究者が「1日に1杯飲んでも25杯飲んでも同じ」と言ったかのような見出しをつけて報じました。
こうした報道に対し、BCSに資金を提供しているイギリス心臓財団(BHF)は「新聞各紙はコーヒーが心臓に悪影響を及ぼすことはないと熱心に報道しましたが、この研究は心血管の健康の1つの側面、つまり動脈硬化の度合いのみを測定したという事実を反映していませんでした」と述べた上で、コーヒーを1日に25杯飲んでも問題ないとする報道を「誤解を招く主張」と非難しました。
各紙の報道は徐々にトーンダウンし、The Timesは「なぜ1日に25杯のコーヒーを飲んではいけないのか?」という続報で、欧州食品安全機関がカフェイン摂取量を1日400mg(コーヒー4〜5杯分)に制限することを推奨していることや、イギリスの国民保健サービス(NHS)が過剰摂取による流産を避けるため妊婦の摂取量は1日200mgを超えないよう助言していることを報じました。
なお、The Sunの報道によるとコーヒー25杯に含まれるカフェインは2.375gとのことで、同紙の医師であるキャロル・クーパー氏はカフェインの過剰摂取は有害であるとコメントしています。
また、中には少し体を張った新聞記者もいて、The Guardianのサム・ウォラストン氏は編集者に命じられて実際に25杯のコーヒーを飲むのにチャレンジしましたが、7杯まで飲んだところで吐き気や震え、コーヒー特有の口臭などが出てきたため断念したと、続報の記事で報告しています。
イギリスの複数の高級紙や大衆紙を巻き込んだコーヒーの研究について、BHFの副医療ディレクターであるメティン・アブキラン氏は、「コーヒーについては、異なる結果を報告する矛盾した研究がいくつもあり、何を信じるべきかをふるいにかけるのは難しいものです。BCSで発表されたこの研究は、適度な量のコーヒーが動脈に悪影響を及ぼす潜在的な影響という懸念のひとつを除外してくれるもので、これがメディアの報道を大局的に見る視点のひとつになることを期待しています」と述べました。