大谷翔平のいないエンゼルスのいま 低迷続くも若手の躍動にひと筋の光明
大谷翔平の剛球を受けていたローガン・オホッピー捕手(右)は現在、エンゼルスの中軸的な役割を果たしている Photo by USA TODAY Sports/Reuter/AFLO
「もう若い選手ばかりになってしまったから......」
ロサンゼルス・エンゼルスのある関係者がそう呟いていたのは、8月8日までニューヨークで行なわれたニューヨーク・ヤンキースとの3連戦中のこと。クラブハウスを見渡すと、確かに内野手のアンソニー ・レンドン、先発左腕のタイラー・アンダーソンといった一部のベテランを除いてフレッシュな顔ぶればかりが目立つようになった。
昨季までチームの顔として君臨した大谷翔平が昨オフ、ロサンゼルス・ドジャースに移籍したのはご存知のとおり。同じく看板選手であり続けてきた過去3度のMVP、マイク・トラウトは、(例によって)ケガでシーズン終了。オールスターに出場した内野手ルイス・レンヒーフォも故障離脱中、レンドンも相変わらず故障がちで、今季はすでに80戦以上を欠場し打率2割3分台で本塁打0。こんな状況であれば苦戦するのは無理もない。
8月14日時点で52勝69敗とプレーオフはすでに絶望的な状況。"売り手"に回ったトレード期限には守護神カルロス・エステベス、中継ぎの一角のルイス・ガルシアを放出してしまった。
「私が心配しているのはチームにいない選手のことではなく、現在のチームだけだ。(今季に向けて)ワクワクしているよ。監督、コーチ陣が新しくなり、インパクトを与えてくれる。若手中心のロースターには伸びしろがあり、MVP級の選手だったベテランもいるのだから」
今季開幕前、ペリー・ミナシアンGMはそう述べていたが、多くのファンが"結局、エンゼルスは同じだった"という印象を持つのではないか。
振り返ってみれば、1年前――。契約最終年の大谷をトレードせずに"買い手"に回った方向性は完全に失敗だったのだろう。実績ある選手を複数獲得してプレーオフ出場(&大谷の引き止め)を目指したものの、もちろんそれは果たせず、オフに大谷はあえなく移籍した。
今季のトレード期限にしても、前述のとおりエステベスらは放出したものの、レンヒーフォ、テイラー・ウォード、タイラー・アンダーソン、リード・デトマーズ、ケビン・ピラーといったトレード価値のありそうな選手は軒並み残留。マイアミ・マーリンズ、タンパベイ・レイズ、トロント・ブルージェイズが早い段階から売り手になったのと比べ、思い切りの悪さは否めなかった。
昨季まで10年連続のプレーオフ不出場ながら、それでも完全な再建を拒否するオーナーのアルトゥーロ・モレノ、GMのペリー・ミナシアンがやっていることを肯定するのは難しい、というのが正直なところだ。
【7年ぶりに敵地でヤンキースに勝ち越し】ただ......少々意外なことに8月上旬、ニューヨークでのシリーズで見たエンゼルスの陣容はそれほど悪いようには思えなかった。7日のダブルヘッダー2戦目は8対2、8日も9対4で勝ち、敵地でのシリーズで2勝1敗と勝ち越し。伝統のヤンキースタジアムでのエンゼルスの勝ち越しシリーズは、大谷が所属する前年の2017年以来のことだった。
もちろんちょうどこの時期は好調だったのだろうが(このシリーズ後の6試合で5敗)、6月3日以降でみても31勝31敗と悪くはない。ヤンキースとのシリーズではただ勝ったというだけではなく、若手が伸び伸びと活躍したゲーム内容にも、目を見張らされた。
23歳のザック・ネト遊撃手(17本塁打、22盗塁)は7日のダブルヘッダー2試合で満塁弾を含む合計8打点と大爆発し、この3連戦では13打数7安打と大当たり。22歳のノーラン・シャヌエル一塁手(12本塁打、出塁率.339)は8日のゲームで先頭打者アーチを放つなど、3安打で牽引車の役割を果たした。
評価の高い24歳のローガン・オホッピー捕手もチーム3位タイの16本塁打、25歳のジョー・アデル外野手(18本塁打、14盗塁)は7月12日以降ではOPS(出塁率+長打率).839。さらに25歳の先発右腕ホセ・ソリアーノはローテーション1年目で防御率3.36を残し、23歳の105マイル(169キロ)右腕ベン・ジョイスが8日まで22回2/3無失点を続けるなど、20代前半の選手が好結果を出している姿が目についた。
「彼らは場所がどこであろうと気にしない。これまでどおりにプレーしてくれた。悪天候は残念ではあったが、選手たちがやるべきことをやってくれたことを誇りに思っている」
エンゼルスのロン・ワシントン監督はそう述べ、"聖地"と呼ばれるヤンキースタジアムでも臆せずにプレーを続けた若武者たちを頼もしく感じているようだった。もともとワシントンは72歳と高齢にもかかわらず、若手の力を引き出すうまさに定評がある人物。今のエンゼルスの指揮をとるには適した指揮官であり、だとすれば28歳のマイケル・ステファニック内野手のこんな言葉は、単なる身びいきではなかったのかもしれない。
「このチームにはすばらしい若手たちが属している。これからどんどん向上していくと思う。私は彼らのアプローチを気に入っているよ」
【明るいチームの未来を期待させる有力な若手たち】本来であれば、大谷のように歴史的なレベルの逸材をほとんど見返りなしに失ったことは、そのフランチャイズにとっては致命傷である。そのことは同じチームでプレーした選手、スタッフも感じているのかもしれない。
「本当にとてつもない選手だった。マウンドに立てば全員を三振に斬って取ることを、打席に立てばいつでもホームランを打つことを期待される。彼の才能はクレイジーだった」
今季ここまで防御率3.30を残し、オールスターに選ばれた34歳の左腕アンダーソンが遠い目をしてそう述べていたのは、印象的だった。
しかし、エンゼルスはようやく"大谷以降の世界"に足を踏み出し、曲がりなりにも前に進んでいる。まだアップ&ダウンはあるが、鍵になるポジションの捕手、遊撃手、一塁手などに好素材がいる現状は微かな期待を持たせる。
7月にドラフト指名後、マイナーでの8試合で35打数19安打と打ちまくっている21歳のクリスチャン・ムーアという注目選手もおり、去年のシャヌエル同様、早期メジャー昇格の可能性も話題になっている。
注目度の低さも、悪いことではない。大谷の一挙一同に目を光らせていた日本メディアがすべて去り、常時取材に訪れるのは3、4人の記者のみ。特に若い選手にはやりづらい環境ではないはずで、シャヌエルも目を輝かせて日々、プレーする楽しさに言及していた。
「このレベルでのプレーは決して簡単ではないけれど、馴染みの顔(若手)と毎日、顔を合わせ、同時にベテランからも助言がもらえる。おかげで楽しくプレーできているし、そんななかで自信がついてきたんだと思う」
もちろんチームの向上にはフロントの尽力が不可欠であり、その点でエンゼルスに対する不安は今後も消えない。それでも新生エンゼルスの今後に静かな興味はそそられる。大谷が去り、トラウト、レンドンらの重鎮たちの存在感が薄れた今、若手中心の方向に本格的に舵を切る絶好のチャンスでもある。
「今季は厳しい1年だけど、いい若い選手はたくさんいる。(これから)僕たちはいいチームになっていくと思う」
アンダーソンはそう述べ、ステファニックと同じようにより明るい未来を思い描いていた。まだ、それを信じるのは容易ではないが、"大谷以降の世界"は始まったばかり。フロントが若い世代の可能性に気づいていれば、今後1、2年はチームにとって非常に重要な時間になるだろう。