「超人」大谷翔平はリハビリと打者の「二刀流」 大ベテランが証言する投手のケガ頻発の理由とは
投手として来季復帰を視野に準備を着々と進める大谷翔平 photo by AP/AFLO
本塁打を筆頭に打者としてMVP級の活躍を続けるドジャースの大谷翔平は、来季の投手復帰を見据えた取り組みも同時に行なっている。われわれは再び「二刀流」を目にする楽しみが増すばかりだが、一方でメジャーリーグ全体では、大谷を含めて一流投手が手術を伴う肩ヒジの故障で長く戦線離脱する傾向も年々、強くなっている。
なぜか? その背景について、考えみる。
【大谷は投手復帰に向け順調】大谷翔平は、週に3度、試合開始の3〜4時間前に外野のフィールドに出て約70球のキャッチボールを行なう。最初は短い距離で足を固定して投げる。徐々に距離を長くし、足も使って、強度も上げていく。
いろいろとバリエーションがある。スタンスを広げ、足を固定し、腰を低く落として投げるもの。左足、右足、左足と助走をつけて投げるもの。8月12日時点で最長距離は約45m。そこまでたどり着くと、あとは反対に距離を狭めていき、マウンドからホームプレートの距離まで戻ってくると、セットポジションから左足を高く蹴り上げて強く腕を振る。リリース時に唸り声も出る。強度は約85%だそうだ。
ヘッドアスレチックトレーナーのトーマス・アルバートがポケットレーダーで球速を測定。球速は85マイル(136キロ)を超え、90マイル(144キロ)に近づいている。3月末に約9mの距離を放り投げることに始まったが、ここまで強く投げられるようになった。次の段階は投げる回数を週4回、5回と増やしていき、順調なら9月初旬にマウンドに上って投げる。そして9月下旬には、打者相手に投げる。
ただ、今年のポストシーズンゲームには登板しないことは確実だ。今季についてはここまで手順を踏んでおいて、シーズンオフになったら、普通に1シーズン投げた投手のように、しばらくは肩、ヒジを休める。そして12月くらいから、次のシーズンに向けて、また投球を再開するのである。
ロサンゼルス・ドジャースは2025年、3月18日と19日、東京ドームでシカゴ・カブス相手に開幕を迎える。とりあえず大谷は目標をそこに置く。7月下旬、「僕自身はリハビリ明けなので、投げられる状態に戻して開幕を迎えるというのが一番かなと思います」と大谷は明かした。日本で投げたいかと聞かれると「それくらいのクオリティでキャンプを迎えて、それくらいの信頼感で送り出してもらえるのが一番自信になる。必ずしもそこを目標にする必要はないけど、それくらいのクオリティでピッチングができる状態にしたい」と説明している。
大谷のキャッチボールを観察し続けてきた、私たち記者としては、ワクワクするし、再び二刀流が見られるのかと思うとうれしい気持ちだ。しかしながら、同時にとても心配になる。ドジャースに限らず、今、メジャーの取材現場にいると、速い球を投げる投手が肩ヒジを痛め、戦線離脱を余儀なくされるシーンにたびたび出くわすからだ。
【技術の進化、速球への探求が肩ヒジの負担に】8月10日もそうだった。メジャー登板4試合目の25歳の若武者、ドジャースのリバー・ライアンがピッツバーグ・パイレーツの剛腕ポール・スキーンズとの投げ合いで、最速98.33マイル(157.3キロ)で5回途中まで4安打無失点と投げ勝っていた。だが、実は3回くらいから前腕に違和感が出て、イニングの合間にマッサージでほぐしていたのだが、5回に容態が悪化。この試合の56球目、投げたあとに顔をしかめる。デーブ・ロバーツ監督とアルバートトレーナーがすぐにベンチを飛び出し、ライアンの続投志願にもかかわらず、降板させた。翌日MRI検査で右ヒジ損傷が見つかり、シーズン終了と発表されている。
ライアンは、大学時代は二刀流の選手だった。2021年にパドレスにドラフト11巡指名され、マイナーで遊撃手、二塁手として育成される予定だった。しかしドジャースはライアンの投手としての才能に目をつけ、2022年3月にトレードで獲得し、投手として育て直した。今年はマイナーで8試合に登板し24.1イニングを投げて、防御率2.22の好成績を残していた。
ただしチームは今季、ライアンをメジャーデビューさせる予定ではなかった。ドジャースが11人の先発投手がケガで負傷者リストに登録されてしまったため、デビューを早めるしかなかった。ライアンはその期待に応え、4試合で防御率1.33、彼の先発した試合は、ドジャースはすべて勝ち、首脳陣も大喜びだった。しかし、たったの4試合でライアンのシーズンが終わった。
なぜ、こんなにケガや故障が多いのか? かつてメジャーの先発投手は、長いイニングを投げるために、力を入れるところと抜くところを作るのが普通だった。だが、それがこの10年で大きく変わった。メジャー19年目、41歳のジャスティン・バーランダー(ヒューストン・アストロズ)は、次のように証言する。
「大きな要因はピッチングスタイルが変わったこと。みんなが1球1球、目いっぱい、より速く、よりスピンさせて投げようとしている。自分の場合は、2016年にメジャー球が飛ぶようになり、非力な打者でも反対方向に本塁打を打てるようになり、アプローチを変えないといけないと悟った。打たせて取るのではダメ。空振りを取らないと通用しないと思うようになった」
ドジャースのブランドン・ゴームスGMはライアンについて、「パドレスにいたときに、彼が優れたアスリートで肩も強いことに注目していた。投手に専念すれば成功する可能性が高いとみてトレードで獲得した。うちのストレングス&コンディショニングスタッフや選手育成スタッフと連携し、現在のレベルにまで育成できた」と8月9日に、うれしそうに話していた。
投手に専念させて2年ちょっとなのに、直球が速くなり、スライダーやカーブも空振り率30%を超え、ほかにシンカー、チェンジアップ、カッターも投げられる。これはピッチデザインのおかげだ。近年、高速カメラなどテクノロジーを利用し、握りや腕の振り方を改良し、効率的により強力な直球や変化球を習得できるようになった。
だが、それが肩ヒジに負担を与えている。ドジャースはドラフトで優れた人材を指名し、上手に育成する。しかし、そういった投手が次々にケガをする。その防止策は見当たらない。ゴームスGMは12日、「メジャーリーグ全体で見ても、この2、3年間、ケガがまったくなかった先発投手は非常に少ないのが現状。私たちは引き続き、選手を健康に保つための方法を模索し、さまざまな要因を考慮して取り組んでいくしかない。球界全体で改善策を見つける必要がある」と話していた。
【3度の大手術を経て活躍するベテラン投手の哲学】そんななか、興味深い話をしてくれたのが、ドジャースのベテランリリーフ投手、ダニエル・ハドソンだ。メジャー15年のキャリアで、右ヒジ側副靱帯再建術(通称トミージョン手術)を2度、左膝前十字靭帯断裂手術が1度と、計3度も大手術を受けている。一方で通算531試合に登板し、65勝44敗、41セーブ。2019年、ワシントン・ナショナルズ在籍時は、ワールドシリーズの胴上げ投手となった。彼は自らを「ケガのエキスパート」と呼ぶ。そして今の野球界ではケガは避けられず、それを受け入れてキャリアを送るしかない、と説く。
「MLBのピッチングのレベルは年々上がっている。そこでクビにならずに雇い続けてもらおうと思えば、球団に評価されるようなピッチングができないといけない。つまり速い球を投げられないといけないし、空振りを取れる変化球を投げないといけない。だから投手にケガをしないように速い球を投げるなというのはまったく現実的な話ではない。速い球を投げることがアウトを取るための手段で、お金にもつながる。この流れは変えられない。これが現実だ」
ケガは避けられないから、大事なのはケガをしたときに、どれだけ適切な処置を受けられるか。つまり球団のバックアップだ。昨オフ、ハドソンがドジャースとマイナー契約で残留を決めたのは、ここのメディカルスタッフならベストのケアを受けられると信じたからだ。
「ドジャースには2018年、2022年、2023年といて、彼らがとてもよくしてくれた。ありがたいことに、ここ数年は腕のケガはないけど、足とか、身体のほかの部分に問題があった。それでも、すごくよくケアしてくれた。医療スタッフは優秀だし、コーチ陣ともしっかり連携が取れている。リハビリやフィジカルセラピーを受けるにはここが最適で、ほかのチームには行きたくなかった」と説明する。
ハドソンはまた、若いチームメートの相談にも乗る。29歳の先発投手、ウォーカー・ビューラーは2度、右ヒジ側副靱帯再建術を受けているが、「昨年の夏にアリゾナでリハビリで一緒になり、長い時間を一緒に過ごした。リハビリは精神的にも肉体的にもきつい。良い日があったかと思えば、悪い日になったり、その繰り返し。どんな悩みがあったかをいろいろ話すことで、彼にとってもよかったと思う」と振り返る。
さて、そのハドソンに大谷の今年のリハビリについて聞くと、目を丸くしていた。
「率直にすごいなと思う。私は打撃の専門家ではないけれど、打撃でももちろんヒジを使っている。翔平がヒジのリハビリを行ないながらバッティングで打ちまくっているのは、投打の二刀流で大活躍しているのと同じくらい、私には衝撃的だ。
その日の早い時間に投手のリハビリをこなし、そのあとに打撃や走塁のための準備をする。それで、リーグの本塁打王で、盗塁も33個を決めて、フォーティ・フォーティ(40本塁打・40盗塁)のチャンスがある。超人、本当にユニコーン(神話や伝説の生き物)だと思う」
大谷は今年、打者だけでもMVPレベルの活躍で、仮に投手を断念したとしても、スーパースターでい続けられる。それなのに、辛抱強く、投手のリハビリを続けている。
そのことについてハドソンは、敬意を払う。
「大きな手術から復活するのは本当に大変なこと。私にはよくわかる。それだけに翔平がまた投げたいという強い気持ちを持ち続けることには頭が下がる。そして心から応援したい。来年は投打にスーパースターのプレーが見られる。本当に楽しみ」。
現状、投手のケガは避けられない。それをわかっていても再びマウンドを目指す大谷。敬服するだけなのである。