どうなる? エムバペとレアル(前編)

 レアル・マドリードに行きたいと何年も言い続けてきたキリアン・エムバペが、ついに彼にとっての夢のチームに移籍した。

 7月16日、サンチャゴ・ベルナベウで行なわれた入団セレモニーは、満員御礼。スペイン国営放送『TVE』によると、詰めかけたマドリディスタ(レアル・マドリードファン)の数は15年前のクリスティアーノ・ロナウドの入団セレモニーの記録を塗り替えたという。2009年当時のベルナベウの収容人員は8万だったが、現在は8万5000に増えているし、スタジアムの外にも入れなかったサポーターが少なくとも5000人はいたからだ。

 世界でも例のない熱狂ぶりだ。ちなみに入団セレモニーで集めた人数の史上3位は1984年、ディエゴ・マラドーナがナポリに来た時の7万5000人。つまり、これがエムバペの人気だ。

 エムバペは入団会見時点のユニフォームの売り上げでも、これまでレアル・マドリードで歴代1位だったロナウドを抜いた。スペインの『マルカ』紙によると、エムバペのユニフォームの売り上げは予想をはるかに上回ったという。飛ぶように売れるのはわかっていたので、かなりの数を用意したが、それもあっという間に売りきれた。入団セレモニーの何日も前から、オフィシャルショップの前には長蛇の列ができていて、現在は背中にエムバペの名前がついたユニフォームは長袖もセカンドシャツもない。


練習でジュード・ベリンガムらと汗を流すキリアン・エムバペ photo by Pedro Castillo/Real Madrid via Getty Images

 ちなみにパリ・サンジェルマン(PSG)では7、フランス代表では10をつけているエムバペだが、レアルでは背番号9を背負う。同郷のスター、カリム・ベンゼマが遺していった番号だ。ベンゼマが出ていってから2年、レアルはこのエースの番号をエムバペのために温存してきたのだ。

 一方、エムバペがあとにしたPSG、そしてフランスとの関係は今日、あまりいいとは言えない。

 なによりフランスの至宝が、フランスの最も重要なチームに背を向けた。それも決していい去り方ではなかった。これはプライドの高いフランス人とPSGの気持ちを逆なでした。

【PSGのレジェンドにはならない】

 おまけに彼はスペインで、PSGについていろいろなことを言っている。たとえば数日前には、練習後のおしゃべりで、エムバペはフェデリコ・バルベルデにこう言った。

「ここでの練習はパリとは比べものにならない。スペインのフィジカルトレーニングはずっと難しく、真剣だ」

 PSGの練習はレアルの足元にも及ばず、だからいつまでもチャンピオンズリーグ(CL)で勝つことができない。暗にそう言っているととられかねない発言を、多くの記者が耳にしている。

 PSGとの間には金銭的な争いもある。エムバペは、給料とボーナス合わせ8000万ユーロ(約128億円)が未払いで、7月31日までに支払うように弁護士を通じてPSGに通告していた。しかしその期日を過ぎてもPSGには払う気配がない。いや、払いたくない。彼らは払わないことで、エムバペの契約更新拒否により、どれだけ被害を被ったかを世に知らしめ、自分たちを正当化したいのだ。

 フランスの記者によると、2022年にエムバペが契約を更新した際、PSGはエムバペが今後も長くチームに留まってくれる前提で1億8000万ユーロ(約288億円)のボーナスを約束した。しかし、彼は長く留まるどころか、チームを出たいと毎年ごねて、2年後に出ていった。だから払わないのは当然、というのがチーム側の言い分だ。

 この件は現在、裁判所に持ち込まれている。ちなみに実際の未払い分の金額は7000万ユーロ(約112億円)のようだが、8000万としているのは遅延金だそうだ。

 エムバペとPSGとのもめ事は何もこれが初めてではなく、これまでに何回も繰り返されてきた。エムバペはPSGで歴代最多の225ゴールを決め、本来ならばチームの歴史に残る存在となったはずだ。しかしこうした経緯から、決してチームのレジェンドにはならないだろう。

 フランスリーグ自体も、エムバペがいるといないとでは、放映権の売り上げが大きく変わってくる。それなのに出ていったうえ、さらに金をほしがっているように映る。もはやフランス人にとってエムバペは親しみや愛情を持てる人物ではなく、多くの人が、まるでうしろ足で砂をかけられているように感じているのだ。

【レアルでも断トツの高給取りに】

 フランスの総選挙前に、エムバペが極右勢力に反対する政治的な発言をしたことも、あまり好意的には受け取られていない。総選挙はちょうどユーロ2024(欧州選手権)の期間中に行なわれたが、エムバペ自身は初戦のオーストリア戦で鼻を骨折し、フランスは準決勝でスペインに敗れた。すると「政治に口を出す前に、もっと自分の仕事に専念しろ」という声も挙がった。仕上げに彼がオリンピックに出なかったことだ。そしてフランスは決勝で再びスペインに負けた。「エムバペのせい」と思っているフランス人も多い。

 エムバペを鳴り物入りで迎えたレアル・マドリードにも、頭痛の種は多々ある。

 エムバペとレアルが最終的に合意に至るまでには、多くの時間を要した。エムバペはすでにレアルに行くことを決めてはいたが、それでもなかなかそれを公表しなかった。彼を引き留めたいPSGは年俸の額を吊り上げていく。こうした駆け引きは、エムバペがレアルで誰よりも高い報酬をもらうためだろうと思われた。まだレアルで何の実績もないのに、彼は最初から王様でありたかったというわけだ。

 エムバペはごねにごねて、最後に勝った。彼はチーム一の高給取りだ。年俸3120万ユーロ(約49億9000万円)。2位のダビド・アラバの2250万ユーロ(約36億円)よりも1000万ユーロ近く高く、3位のヴィニシウス・ジュニオール2080万ユーロ(約33億3000万円)、ジュード・ベリンガム2070万ユーロ(約33億1000万円)、バルベルデ1670万ユーロ(約26億7000万円)を大きく引き離す。

 そのほかに、ボーナスと肖像権を合わせるとエムバペの報酬は1億1100万ユーロ(約117億6000万円)になるといわれる。こうした金銭面の駆け引きは主に代理人を務める母のファイザ・ラマリが主導権を握ってやっていることだが、もちろんエムバペ本人が知らないことではない。カルロ・アンチェロッティ監督以下のチーム関係者は、それを決して快く思ってはいない。
(つづく)