(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)

写真拡大 (全2枚)

総務省の「令和5年住宅・土地統計調査 住宅数概数集計(速報集計)」によると、2023年の空き家数は過去最多の900万戸だったそう。そのようななか、小説家の高殿円さんは、祖父と叔父が亡くなってから長年放置されていた、築75年・再建築不可の実家に頭を悩ませました。高殿さんは、大量の残置物を片付けるために<ガレージセール>を実施することにしたそうで――。今回は、高殿さんの著書『私の実家が売れません!』より、一部抜粋・再編集してお届けします。

【書影】話題の「実家じまい問題」に、人気作家が挑んだリアルな実体験。高殿円『私の実家が売れません!』

* * * * * * *

絶好調のガレージセール

家の前でガレージセールをします、と打ち出したところ、思った以上に人が来ました。

「これはいける。できるだけ素人っぽく、しかし昭和レトロ感が出るように写真をとってみよう」

私はジモティーに二度目のお知らせを出しました。

レトロ推しで食器、小物などが映えるようにうなる私のiPhone13 Pro、スピーカーにバグがあるのにアップルが一向に認めようとしないことは一生許さない。

「うわ、すごい。めちゃくちゃ通知が来てる!」

私が予想した以上にそれらの過去の遺物には価値があったようで、写真を載せるとすぐに連絡が入り始めました。

中でも驚いたのが、「いまからすぐ行くので、写真に写ってるモノぜんぶください。動かさないで!」とすごい勢いで連絡をくれたFさんでした。

「動かさないでって、殺人事件の現場か……」

あまりの熱意というか迫力に圧倒されながらも、まあそんなわけにいかないので、来ている人たちを案内しつつ、片付けつつ……。

様々な客

そうこうしているうちに若い夫婦が借りてきた軽トラックが到着し、廃屋探検も終えたお子さんをうちの息子が見張りつつのダイニングセット搬出。

一家は「高いものをありがとうございますー」と終始笑顔で去っていかれました。

よし、ダイニングが広くなったぞ。次は山のようにある訳のわからないスチール棚だ。

納屋なんかに工具を収納するためにあるスチール棚がなぜか至る所にあり、底に詰まれた衣装プラケースの中から無限に沸いて出る衣類。謎のおもちゃ。いとこが子どものころに着ていたと思われる服まで見つかりました。

「これは逆に引き取り手があるかも?」と思った瞬間目の前を横切る黒い影。

あ、あなたは最初にやってきてすぐにワゴンとともに再来した古着屋のおっちゃん。そうでしたね。どうぞどうぞお持ち帰りください。

そして時間通りにやってきた隣町のご姉弟は、どうも引っ越してきたばかりらしく、家具がなにもないとのこと。

だめもとでラタン家具を勧めてみると、「これ、いま買うと高いんですよね」

みんな知ってた昭和レトロ意外と高額問題。すぐにラタン家具のシェルフ、長椅子。チェア二つ。ダイニングテーブルとサイドテーブルに予約が入りました。

ラタン家具だといざというときに搬出もしやすいし、奇跡的に状態もよかった。そう。なぜかこの家、湿気がないんです。

嵐のようにやってきた人物

そして最後に背の高くて若い兄ちゃん、その場のものを動かすなという謎指定をしてきたFさんが到着しました。

「これ、動かしてないですよね!?」
「え、は、はい……たぶん」

なんで事件現場でもないのにそんな……? もしかしてきみは覆面税務署員とか覆面捜査員とかだったりする? 我々身内が知らないうちにこの空き家がなんらかの現場になってたり、する?

「何だろうあの人」
「写真に大麻でも写ってたかな」

思わずヒソヒソ声になる私と母。

しかし何度見ても窓際と縁側にあったのは枯れて死の大地と化していたカピカピのプランターとサボテンしかない。大麻どころか生命が育つ要素がなにひとつないが!

「いいですか、ここ一式、ぜんぶ貰います。いまから運び出すので触らないでください!」

謎の兄ちゃんは嵐のようにやってきて、その場を仕切り始めたのだった。

兄ちゃんの意欲

「ドレッサーの引き出しはあけましたか」
「あ、はい。でも古い化粧品とかしか出てこなかったですよ」

叔母は化粧品販売員だったらしく、山のようにポーラ化粧品の試供品が出てきたし、30年前のディオールの口紅とかでてきて、そういえば昔からディオールってこの不思議な藍色のスティックケースだよなあとしみじみ楽しく見ていたのだった。


(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)

私が見る限り、カフスケースやジュエリーケースもないわけではなかったが、中は空っぽだったし、そんな高価なものがあればそもそも叔父は兄弟が相続した実家に住んでいたりはしなかっただろう。バブルがはじけたあとは水商売も大変だったと聞くし。

そこにさっと横切る黒い影。あっ、あなたは最初に来た古着屋のおじさん。しかしFさんは鋭い視線を投げかけ、

「あの人はそこの引き出しを開けてましたか?」
「えっ、さ、さあ……?」

そんなことを言われても、この家からひとつでも多くものがなくなればいいと思っている私たちは困惑するのみ。

「もし、貴金属類が出てきたら、……いえ、何か出てきたら、必ず僕に声をかけてください。ちゃんと買い取りますので」
「あー、はい……」

兄ちゃんはきびきびと、大きなプラスチックボックスに食器という食器を詰め込みはじめた。

「これ、あとで取りに来ますんで、キープということで」

どれだけ持ってきたのか、どんどんプラケースを取り出し、食器類をすべて確保してしまった。

手持ちのボックスを使い果たしてもまだあるうちの家の残置物の量もやばいが、兄ちゃんの意欲もすごい。

兄ちゃんの正体

「この衣装ケース、いただいていいですか?」
「はいはい、どうぞどうぞ」
「じゃあ、ここのプラケース全部使いますので」

兄ちゃんは相変わらず、古着屋のおっちゃんに鋭い視線を投げかけながら、引き出しという引き出しを片っ端から開けていく。

おそらく同業者だとひと目でわかったのだろう。

おじいさんは相変わらず服をせっせとワゴンに詰め込んでいるだけだったが。

ここで勘の悪い私でも、兄ちゃんは「残置物せどらー(※1)」なんだなということがわかった。

古い家の片付けを無料でするかわりに、もしくは格安で請けるかわりに残置物の中から価値のあるものをネットオークションなんかで売る人がいることは知っていたが、まさかこの家にプロのせどらーが来るとは思っていなかった。

あのときにアップした昭和レトロ感満載の写真がどんぴしゃだったというわけだ。

※1 残置物せどらー
「せどらー」とは、商品転売によって利益を得ている人のこと。古本・中古品などの商品を安く仕入れ、転売して利ざやを稼ぐことを「せどり」という。今回の場合は、家具や家電、食器類などを仕入れる不動産残置物に狙いを定めたせどらーだと考えられる。

※本稿は、『私の実家が売れません!』(エクスナレッジ)の一部を再編集したものです。