すっかりおなじみとなったサッカーのVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)。フィールドとは別の場所で試合の映像を確認しながら主審をサポートする(写真:Dan Mullan/Getty Images)

今から2年前の2022年12月2日、カタールで開催されたサッカーW杯の日本対スペイン戦。1対1で迎えた後半6分、三苫薫選手のゴールライン間際の折り返しによって、逆転ゴールにつながったシーンを覚えている人は少なくないだろう。


スポーツ/運動を「知る」「観る」「楽しむ」ための記事はこちら

このときの判定を決定的にしたのがVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)だった。ゴールラインを割ったかどうか。最後の決め手となったのは、ボールが1mmほどゴールライン上に重なっていることを示した画像分析だ。

今も「三苫の1mm」と語り継がれる、この奇跡的な判定を演出したのは、ソニーグループのホークアイ・イノベーションズの技術だった。こうしたスポーツ分野におけるテクノロジーの活用がさらなる発展を遂げている。

VARなど審判判定支援が強みのホークアイ

ホークアイは2001年にイギリスで創業、2011年よりソニーグループの子会社となった。もともとは、クリケットを楽しんでもらうためにボールの動きを追跡するトラッキング技術を開発したことに端を発し、現在その技術はサッカーや野球、テニスなどの競技で使われている。

サッカーのVARやテニスのライン判定に代表される審判判定支援のほか、取得したデータはコーチングやファンエンゲージメントにも活用されている。

【写真】「ビデオリプレイ」のほか、ボールの「トラッキング」や試合の「データ取得」技術を使ってスポーツ観戦に大きな変化をもたらしている

このホークアイの日本でのビジネスを統括しているのが、ソニー・スポーツエンタテインメント事業部の原知彰氏だ。

「ホークアイは審判判定支援サービスを強みとしており、サッカーや野球など世界のスポーツリーグや連盟と直接ビジネスを行っている。25以上の競技において90以上の国と地域、500スタジアム、年間2万イベント以上で運用されている」

ホークアイの基幹技術は「ビデオリプレイ」「トラッキング」「データ取得」の3つにある。

中でも「ビデオリプレイ」のVARでは、FIFA(国際サッカー連盟)のルールに基づいて、レフェリーにどう見やすい映像を提供するのか、そのオペレーションも含めて運用をしている。VARではオペレーターも審判資格が必要で、フィールドの審判と一緒に一定レベルのトレーニングを受けている。

サッカーのほか、日本国内でもバレーボールVリーグ男女のチャレンジシステム、バスケットボールBリーグ男子のビデオ判定、ラグビーリーグワンのTMO(テレビジョン・マッチ・オフィシャル)、競馬の騎乗違反判定などでも利用されている。

「激しいプレーの多いラグビーでは、脳震盪の疑いがある選手は一時退場して医師による診断を受けなければならない。HIA(ヘッドインジュアリーアセスメント)というサービスでは、ビデオリプレイ技術を使っていろいろな角度から危険なシーンの映像を確認。接触時の状況を知ることで診察に役立ててもらっている」(原氏、以下同)

ボールのトラッキングで瞬時に判定

トラッキングについては、ボールのトラッキング技術を用い、サッカーでのゴール判定(GLT)のようにシンプルにボールがラインを超えたかどうかの判定を行っている。


ボールのトラッキング技術を用いて、ボールがラインを超えたかどうかを判定(写真:ソニー提供)

「各方向から7台のカメラを設置し、3Dで空間認識してラインを越えたかどうかを計測している。ラインを越えた確かなゴールであれば、審判が手首につける時計のようなデバイスに瞬時に連絡がいくようになっている」

そのほかテニスのイン・アウト判定(ELC:Electronic Line Calling)などにも活用されている。テニスは通常、主審、副審のほか、ライン判定に8人の線審がつくが、一部世界大会については主審、副審とホークアイのみで判定を行っている。


テニスにおいてもボールのトラッキング技術を用いてイン・アウト判定を行う(写真:ソニー提供)

「トラッキング機能が向上してきたことで、最近ではメジャーリーグをはじめ、プロ野球球場では8台のカメラとサーバー群を導入している球場があり、試合中にフィールドで起きるすべての事象をデータ化することができるようになっている。すべてのプレイのほか、ボールについても1秒間約300コマで、コマごとにボールの縫い目の位置を解析し、回転の軸や方向性、回転数もデータとして取得している」

トラッキング技術では、複数のカメラで一カ所を捉えることが重要になる。ボールの軌跡はさまざまな角度からの画像を合わせて、立体的な画像に仕上げていく。

また、人間のデータについては、目、鼻、口、耳、肩、肘、手首、腰、膝、足首など人間の29点をもとにデータを集め、移動の動きなどすべてわかるようになっている。


人間は目、鼻、口、耳、肩、肘、手首、腰、膝、足首など29点をもとにデータを集めて動きを追跡する(写真:ソニー提供)

その結果は瞬時に再現することができ、さまざまな角度から自分の見たい方向で見ることができる。ちなみに、データを使って瞬時に画像を再現するのは実際には容易なことではない。相当な量のデータを集め、計算しなければならないため、今もかなりの規模のサーバーを現場に複数台置いて、解析している。

「この技術を使った事例としては、サッカーのオフサイド判定にも使われています。ボールが蹴られた瞬間のボールおよびオフサイドライン、攻撃側の選手の位置のデータを持っているので、その瞬間を捉えて判断できるようになっています」


サッカーのオフサイド判定では、ボールが蹴られた瞬間のボールとオフサイドライン、攻撃側の選手の位置のデータをもとに判断する(写真:ソニー提供)

スポーツコンテンツをエンタメに活用

このトラッキング技術によって、まるでゲームのような画像で競技を展開させることも可能になっている。最近では楽しみ方も広がっており、野球のハイライトシーンを全方位から再現したり、米アメリカンフットボールでは、ディズニートイ・ストーリーの世界観で実際の試合をリアルタイムにアニメ化して再現したりしている。

「ライトなファンや若年層をファンとして取り込むことを目的としている。実際、若年層の視聴者が好きなアニメの世界観で、トラッキングのデータをもとにプレーの緻密な動きまで再現できるようになっている。アメリカの4大スポーツにおいても若年層の取り込みが大きな課題となっており、スポーツにエンタテインメント性を盛り込むことでファン拡大につなげようとしている」


取得したデータを活用してリアルタイムでバーチャル化(写真:ソニー提供)

このようにソニーでは、データを使って、スポーツ放送だけでなく、新しいエンタテインメントとして、ゲーミフィケーションやシミュレーションなどにも領域を拡大しようとしている。

「そもそも私たちは、スポーツ中継を含む放送用機材の分野が強かったこともあり、次の柱として考えたのがスポーツだった。ソニーではテクノロジーで人々を感動させるエンタテインメント性を重視している。エンタテインメントの1つであるスポーツの世界を楽しんでもらうという観点から、当時クリケットなどを皮切りに活躍し始めていたホークアイに目を付け、そこから現在の事業へと拡大していった」

テクノロジーの進化で楽しみ方が多様に

テクノロジーの進化によって楽しみ方が増したスポーツ。今後、スポーツの世界の可能性はどのように拡大していくのだろうか。

「例えば、ビデオリプレイはどんなスポーツにも活用が可能で、トレーニング用途にも使える。トラッキングについては現状ラグビーなど人間が重なり合うスポーツでは難易度が高いが、これからAIが発展していくことで、さらに活用できる範囲は広がっていくと見ている」

審判の判定だけでなく、これからビジネスとして拡大が見込めるのが、コーチングやファンエンゲージメントの分野だ。

「トラッキングに関しては、野球ではまだ審判の判定に使われておらず、むしろデータをとって各チームに提供し、チーム強化のために、選手のコーチングやプレイの分析などに使われている。とくにコーチングで大事なのは本人が理解できるかどうか。今後さらにデータが集積していく中で、個人のアプリでも使えるようなサービスが出てくるかもしれない。一方、ファンエンゲージメントでは、先ほど紹介したアニメとのコラボが1つありますが、データを表現することで違う視点を見せられるもの、いわゆる、データコンテンツも私たちの目指すものだと考えている」


スポーツチームのウェブサイトやアプリ、配信プラットフォームを開発したり(左)、3次元仮想空間にスタジアムを再現するなどファンに新たな映像体験やスポーツデータの楽しみ方を提供(右)している(写真:ソニー提供)

これからテクノロジーの進化によってスポーツの楽しみ方はどう変わっていくのだろうか。原氏はこう話す。

「スポーツの楽しみ方を日常と非日常に分けると、日常では、それぞれ個人が自分のバイオリズムに基づいて、自分の見たいタイミングでよいコンテンツが見られる環境をいかにつくっていくかが大事になってくるはず。そうしたパーソナライゼーションが1つのカギとなってくると思う」

(國貞 文隆 : ジャーナリスト)