町中華の「チャーラー」に人はなぜ魅せられるのか
今年2月、名古屋市中区新栄にオープンした「チャーラー飯店」の半チャーハン450円と中華そば800円(筆者撮影)
ライター、カメラマンという仕事柄、出張が多い。筆者の場合、居住地である愛知県から西のエリア、関西や中国、山陰、四国、九州、沖縄にも行く。仕事とはいえ、旅の楽しみは食事。その土地の名物が食べられる店を入念にリサーチしてローカルフードを楽しんでいた。
ところが、いつの日からか突然、それがつまらなくなってしまった。いや、料理や店の人にはまったく罪はない。名物を食べさせてくれる店に足を運んでいるのは、筆者も含めて出張や旅行で訪れたよそ者ばかりで、その土地で暮らす人々の生活感が伝わってこないのだ。
ローカルフードとはその土地の人々によって長い時間をかけて育まれ、生まれたはずなのに肝心な人の姿が見えてこないのである。ローカルフードは観光客のためのものになっていることを実感したのだ。
地元の人々の生活感とノスタルジー
考えてみれば、筆者が暮らす愛知県もひつまぶしや味噌かつ、味噌煮込みうどんなどの店の中には地元よりも県外から訪れる客のほうが多いところもある。
筆者も含めて地元の人は、名物を食べないのかというと、決してそうではない。グルメ情報サイトには載っているものの、全国から客が訪れるほどの有名店には行かない。味噌かつや味噌煮込みうどんであれば、店ではなく家で食べる。これは愛知県に限らず、どこも同じではないだろうか。
ある日、ふと、高校時代に通っていた地元の喫茶店のことを思い出して、ランチを食べに行った。約40年ぶりの訪問なので、店の経営者も代替わりしているのは間違いないが、店は当時のまま変わっていなかった。
【写真】喫茶店のハンバーグエビフライ定食、「中華料理 ニーヨン」のラーメン+炒飯、「太陽食堂」の焼きめしセット、長浜ラーメンとチャーハン、チャーラーの発祥とされる「眞弓苑」など(7枚)
筆者が高校時代に通っていた喫茶店のランチ。今もときどき足を運ぶ(筆者撮影)
注文したのは、ハンバーグとエビフライ、サラダがワンプレートに盛られた定食。それらが冷凍食品なのはひと目見てわかったが、なぜかとてもおいしく感じた。その理由を分析してみると、ノスタルジーに浸っていたことが挙げられる。
それと理由はもう一つ。店のメインの客層である60代、70代のおばちゃんたちの話し声。その世代にありがちな孫の話や病気の話を名古屋弁丸出しで大きな声で喋っていて、それが何とも心地よかったのである。私が出張先で求めていた地元の人々の生活感はこれだと思った。
なかなかチャーハンやラーメンの話にならないが、もう少し付き合ってほしい。私が初めて一人で外食したのは小学校5年生くらいのとき。当時、両親は共働きで学校が午前中に終わる土曜日に帰宅すると、テーブルの上に500円札が置いてあった。「昼食はこれで何か食べなさい」ということだ。
今のようにコンビニやファストフード店があるわけではなく、私は近所のスーパーの敷地内にある中華料理店でよく食べていた。注文していたのは、鶏ガラスープの、いかにも町中華のラーメンや、チャーシューではなく、ふちの赤いハムが入ったチャーハン。どれもおいしかった。この経験がフードライターである筆者の原点かもしれない。
思い出の味を求めて、時間を見つけては地元の町中華に足を運んでチャーハンとラーメンのセットを食べるようになった。食材や調味料にこだわり抜いた今どきのラーメンにはない素朴な味わいに新鮮な感動を覚えたのと同時に、喫茶店で感じた地元の人々の生活感もそこにはあった。
以来、出張先でも町中華や老舗のラーメン店を訪ねてチャーハンとラーメンのセットを注文するようになった。その記録を「チャーラーの旅。」と題して、筆者の個人ブログ「永谷正樹、という仕事。」で2019年2月から発信している。
チャーラーは等身大の幸せ
チャーラーとは、読んで字のごとくチャーハンとラーメンのセットの略称である。地方によっては半チャンセットや半チャンラーメン、ラーチャンと呼ばれることもある。調べてみると、チャーラーは愛知県と岐阜県南部、三重県東部の東海エリア限定の呼称のようだ。東海エリア以外で暮らしている人は違和感を覚えるだろうが、どの呼称よりもわかりやすいと思っている。
筆者が20代の頃、仕事の帰り道によく立ち寄っていた思い出の店「中華料理 ニーヨン」のラーメン+炒飯(780円)。昼も夜もオーダーすることができる(筆者撮影)
SNSにおいても、インスタやFacebookに流れてくる高級寿司店や高級フレンチが「背伸びした幸せ」だとしたら、チャーラーは「等身大の幸せ」だと思う。ゆえにSNSでは、匿名ゆえに本音をさらけ出している人が多いX(旧Twitter)との親和性が高い。
正直、背伸びをして承認欲求を満たすのは疲れるし、それを見せられる側もシンドイ。それよりも今、目の前にある幸せを見つけることのほうがすばらしいと思うのだ。チャーラーはその象徴なのである。
奥が深いチャーラーの世界
チャーラーの醍醐味は、チャーハンとラーメンを交互に食べたときに口の中いっぱいに広がる味の余韻。2つの料理ゆえに単純に考えれば味の足し算になるのだが、それぞれの持ち味がケンカすることなく引き立て合い、1つの完成された味へと昇華させる。それは単なる足し算ではなく、味の掛け算なのである。
「太陽食堂」の焼きめしセット(1180円)※ラーメンの具材や炒飯の器などは現在店で提供されているものとは異なる(筆者撮影)
それを実感させてくれたのが、名古屋市中村区にある「太陽食堂」だ。ここは名古屋、いや、全国でも珍しいチャーラー専門店。つまり、メニューは焼きめしと中華そばのみ。それぞれ単品でも注文することはできるが、大半の客はチャーラーを目当てに訪れている。
不思議なことに、ここで焼きめしを食べると中華そばが、中華そばを食べると焼きめしが無性に食べたくなる。店主いわく、
「それぞれ単品で食べると、あえて物足りなく感じるように作っています。チャーラーはセットメニューではありますが、僕は一つの完成された料理だと思っています」とのこと。
町中華のチャーラーは、鶏ガラスープのシンプルな醤油ラーメンとチャーハンの組み合わせが一般的である。同じようなビジュアルでもラーメンはスープのコクや醤油の香りなどが店によって異なるし、チャーハンもパラパラ系、しっとり系と食感も違う。チャーラーの楽しさはそこにあると思っていた。
長浜ラーメンとチャーハンの組み合わせもおいしい(筆者撮影)
しかし、ラーメン店、とくにご当地ラーメンの店の場合、ラーメンそのものが大きく異なる。例えば、九州でラーメンといえば、豚骨ベースの長浜ラーメンや久留米ラーメン、熊本ラーメンなどを指し、サイドメニューに半チャーハンを用意している店も少なくはない。
ところが、実際に食べてみると、これが絶妙なのだ。豚の旨味を余すことなく抽出したスープを飲んでからチャーハンを頬張るとおいしさは倍増する。もう、レンゲを持つ手が止まらないくらいに。豚骨ラーメンに欠かせない紅ショウガや辛子高菜もチャーハンとよく合う。
チャーラーといえば醤油ラーメンと決めつけていた自分が恥ずかしくなった。同時に地方には独自のチャーラー文化が存在すると思い、ますますチャーラーの魅力に惹かれていった。
名古屋のモーニングがヒント?
名古屋市千種区覚王山「眞弓苑」。店は池下と東山、栄にもあったが、2018年に惜しまれつつ閉店した(斎藤隼氏提供)
名古屋におけるチャーラーの発祥は諸説ある。その一つは、千種区覚王山の「眞弓苑」が発祥という説だ。1997年頃、中国のホテルで料理人として働いていた蔡洪涛(さい こうとう)さんが働きはじめ、料理長の渡邊長生さんと出会う。蔡さんは本場中国の味を、渡邊さんは日本人が好む町中華の味を互いに教え合い、親交を深めた。
そんな2人はドリンク代のみでトーストやゆで卵が付く名古屋の喫茶店のモーニングサービスを参考に、ニラレバ炒めや青椒肉絲などメイン料理とミニラーメン、ご飯を組み合わせたセットメニューの提供をはじめた。チャーラーはその中の一つだったのである。
それまで中華料理店のメニューは単品のみしかなかったため、お値打ちなセットメニューは飛ぶように売れ、「眞弓苑」は夜のみの営業だったにもかかわらず連日大盛況だったという。その後、渡邊さんは独立して名古屋駅の近くに「中国料理 千龍」を開店した。蔡さんも千種区神田町に「中国料理 龍美」の1号店を創業。2人は「眞弓苑」で好評を博したセットをメニューに取り入れた。もちろん、チャーラーも。
渡邊さんは2011年に、蔡さんは2019年に亡くなり、現在はそれぞれの息子さんたちが跡を継いでいる。それが名古屋市熱田区の「元祖名古屋中華 渡辺」と、名古屋市内に4店舗と東京・西荻窪に展開する「元祖名古屋中華 龍美」である。屋号に元祖名古屋中華を入れたのは、今では名古屋の中華料理店で当たり前となったセットメニューを考案した先代の偉業を地元の人々に伝えたいという思いからだ。
町中華でチャーラーを食べ歩く
昨年の秋頃、蔡洪涛さんの息子で「元祖名古屋中華 龍美」のオーナー、斎藤隼さんに中華料理店でチャーラーを食べ歩くスタンプラリー型のイベント、「チャーラー祭り」の企画を持ちかけた。
「元祖名古屋中華 龍美」のオーナー、斎藤隼さん。手にしているのは、「チャーラー祭り」で提供する冷やしカレー台湾麺セット1628円(筆者撮影)
斎藤さんが愛知県中華料理生活衛生同業組合に提案し、12店舗が参加する「チャーラー祭り2024夏」を6月15日〜8月31日開催。全店制覇するとオリジナルTシャツや割引券がもらえる。筆者も公式アンバサダーとして参加しているので、この機会に名古屋のチャーラー文化を堪能していただけたらそんな嬉しいことはない。
(永谷 正樹 : フードライター、フォトグラファー)