チラーに参入したのは1978年、業界トップ級のシェアを握る(上写真撮影:梅谷秀司、下写真:SMC)

「サムスンやTSMCに対して攻勢をかけていくというか、売り込み活動を強化していく」

SMCの高田芳樹社長は5月、決算説明会でそう宣言した。ここで言及したのは、同社の主力製品で世界トップシェアを誇るFA(ファクトリーオートメーション)向け空圧制御機器ではない。

何を売り込むのかといえば、半導体を製造する過程で、シリコンウェハーの温度を一定に保つために用いる「チラー」という装置だ。生産とアフターサービスの体制を強化するため、チラーを中心とした半導体向け事業で台湾と韓国、欧州に計220億円の設備投資を行うと発表した。

SMCは半導体製造向けチラーで、すでに世界トップクラスのシェアを持つとされる。とはいえ食品工場や入浴施設向けなどの用途を合わせたチラー事業の売上高は500億円規模で、グループ売上高7768億円(2024年3月期)の約6%に過ぎない。にもかかわらず2024年度の設備投資額1200億円のうち、2割近くをチラーなどに充てる方針だ。

「今、サムスンで使っている競合のチラーと仕様を比較したら、うちの製品のほうがいろいろな部分でかなりよい」と自信満々の高田社長。なぜこのタイミングで、半導体大手2社をターゲットに勝負するのだろうか。

消費電力は競合の半分以下

チラーが主に使われるのは、電子回路を形成するための「エッチング」と呼ばれる工程だ。ウェハーにガスから生じさせた高温のプラズマを当てて、不要な部分を削る。

この時に熱でウェハーが暖まってしまうと、断面が波打ち、正確に微細加工できなくなる。ホールケーキを包丁で切った際、スポンジ部分がゆがみ、刃にクリームがべったりと付着するようなイメージだ。

チラーを装置につなぐと、液体が配管を循環し、マイナス数十度の冷たさを維持できる。急激な負荷が生じた際も、SMC製品は±0.1度に影響を抑える。同社のグローバル推進部でチラーを担当する市瀬仁課長は「以前の業界水準は±1度だったが、当社が塗り替えた」と胸を張る。


チラーを担当するSMCグローバル推進部の市瀬仁課長(記者撮影)

冷却能力を上げるには、出力も高めねばならない。普通に考えれば、機械は大きくなり、必要な電気量も増える。ただ、空圧機器の製造を本業とするSMCにとって、装置の効率的な制御は得意分野。独自のノウハウを基に、競合他社の製品と比べて半分以下の消費電力、約20%の省スペースを実現した。

高田社長は説明会でこう意気込んだ。「サムスンからも⾔われたが、1つのファブ(工場)を造るとソウル市内と同じような電⼒消費量になる。電⼒を削減できるものはいかなることでも実施したいというお話があり、そういうところをSMCがヘルプする形で伸ばしていきたい」。

環境性能にも自信

海外の厳しい規制を受けて、環境性能にも対応した。アメリカでは2026年1月、EUでは2027年1月から、地球温暖化係数(GWP)が高い冷媒を用いたチラーの製造と輸入が禁止される。

これによってフロンガスを用いた冷媒の多くが使えなくなる。SMCは2023年9月、代わりにCO2を冷媒とする機種を発売。これは特注品という扱いだったが、今年9月には標準品のラインナップに加える予定だ。

環境に悪いイメージのあるCO2だが、冷媒としての活用では話が変わる。GWPはエアコンで用いる冷媒と比べると675分の1と圧倒的に小さい。既存のチラー向け冷媒と比べると、1430〜2088分の1になる。

市瀬課長は「アジアの規制はまだ厳しくない。それでもTSMCやサムスンの工場は世界中にあり、エコへの意識はとても高い」と指摘した。話しぶりから推察するに、商談はかなり好調に進んでいるようだ。

半導体の製造プロセスが高度化しているのも追い風だ。先端チップは複雑な回路を書き込むため、エッチングをはじめとした工程数が増える。生産性を上げようと、一つの製造ラインに組み込む製造装置の台数が増えており、付帯設備であるチラーの需要も急拡大している。

チラーは加工用の機械と共に使用するため、半導体製造装置のメーカーが仕入れ、自社製品とセットでエンドユーザーへ出荷するケースが多かった。1978年から同事業に参入しているSMCも、主な顧客は長らく大手製造装置メーカーだった。

ところが、最近は半導体メーカー側が直接、チラーを選びたがる傾向が強まっているという。より素早く、効率的に最適解を探る目的で、「餅は餅屋」に任せる発想だ。SMCがサムスンやTSMCに照準を定めたのは、こうした背景もある。

韓国に新工場建設

高田社長は先の説明会で、TSMC内のチラーのシェアが現状40%ほどあると明かした。さらに切り替えを進めさせる考えだ。一方、サムスンでの採用割合はまだ少ないとみられる。市瀬課長は「現地での生産・サービス体制が整っていなかったから」と説明する。

保全などの利便性を考慮し、半導体メーカーは自国内の生産品を好む傾向があるからだ。SMCは今回、約90億円を投じて韓国でのチラーの生産とアフターサービスを担う新工場を建設する。2025年には現地での製造が始まる予定だ。

市瀬課長は「チラーは当社の新たな柱に育ちつつある。担当者としては、2026年度に売上高を現在の2倍まで伸ばしたい」と力を込めた。2026年度に売上高1兆円の目標を掲げるSMC。成長の一翼を担えるだろうか。

(石川 陽一 : 東洋経済 記者)