そごう・西武61年目のストライキ――5000人の社員の先頭に立ち、闘いつづけた熱い男の記録

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「池袋の街に、百貨店を残そう!」

「西武池袋本店を守ろう」

2023年8月31日、西武百貨店は終日シャッターを下ろして店を閉じ、300人を超える社員が池袋の街をデモ行進しました。

このストライキを決断し、実行したのがそごう・西武労組の寺岡泰博・中央執行委員長です。

寺岡氏は2016年に中央執行委員長に就任、待っていたのは、外資系ファンドへの新たな「会社売却」交渉でした。しかも、そごう・西武を支える中核店舗の池袋店の不動産をヨドバシカメラに売却し、店舗の半分を家電量販店に改装するというのです。

自分たちはこれまで、百貨店人としてのプライドを胸に働いてきた。会社売却しても「雇用を守る」と経営者は言うが、百貨店で働くことと、ヨドバシカメラやコンビニで働くことはまったく意味が違う。「雇用」ではなく、「雇用の場」を守ってほしい。百貨店人としてのプライドを知ってほしい――。

5000人の社員の先頭に立ち、闘いつづけた熱い男の魂の記録、寺岡氏の著書『決断 そごう・西武61年目のストライキ』より、一部を抜粋してお届けします。

「だったら売らなければいいじゃないですか」

〈いよいよだな……〉

真新しいビジネスホテルの一室で目を覚ましたとき、それほどの緊張感はなかった。

電車のトラブルなど不測の事態を避けるため、池袋駅近くに泊まり込んでいた。前日は午前零時近くまでかかってすべての準備を終え、シャワーを浴び、LINEで妻に連絡を入れてぐっすり眠ることができた。娘から届いたスーパームーンの写真と、「がんばって!」というメッセージが心の支えになった。

朝7時、エレベーターでホテル2階の朝食会場に降り、サラダ、ロールパン、スクランブルエッグと、鮭の塩焼き、味噌汁を一気に流し込んだ。コーヒーを飲みながらスマホでニュースサイトに目を通し、気持ちを落ち着かせた。

ホテルを出て左に歩くと1分で池袋駅、西武池袋本店にぶつかるが、そこには多数のメディアが詰めかけているはずだ。店舗前の明治通りを通らないようにあえて大回りをして組合事務所に向かった。

組合事務所は西武池袋本店書籍館の6階にある。

いつもは中央執行部のメンバー6〜7人が詰めているが、この日は直接集合場所に向かう段取りにしている。事務所内は各所から寄せられた差し入れのスポーツドリンクや栄養ドリンクなどが積み上げられたままひとけがなく、ガランとしていた。

前日の各店舗の売り上げの数字や、届いたメールを確認する。中には激励のメールやファックスもあった。

2023年の夏は世界中で記録的な高温を記録したが、とりわけこの日、8月31日はわれわれにとってもっとも暑く、長い1日になった。東京は曇り空で湿度が高く、朝9時にはすでに30度を超え、最高気温は35度に迫ることが予想されていた。

セブン&アイ・ホールディングスは19ヵ月に及ぶ交渉のすえ、子会社のそごう・西武をアメリカの投資ファンド、フォートレス・インベストメント・グループに売却する決議を行うことが予定されていた。

私たちそごう・西武労働組合はこの日の決議に強く反対していた。組合は今回の交渉にあたって当初から「雇用の維持」と「百貨店事業の継続」そして「事前の情報開示」を要求していたが、親会社が代わることによって雇用の維持や事業継続の先行きが不透明になることを強く懸念していたためである。

「池袋の家主になるヨドバシホールディングスとは定期借家契約ですよね。なんでこんな条件なんですか。せめて普通借家契約にできないんですか。これで百貨店事業を継続できるんですか。自らの意思では継続できないじゃないですか。退店を迫られたら終わりです。20年、30年という契約になぜできないんですか」

「いまどき普通借家契約なんてありません。そんなことをしたらヨドバシは買ってくれませんよ。このディールは成立しません」

「だったら売らなければいいじゃないですか。われわれにとって条件が悪い話なんですから。今回のディールはそごう・西武を再成長させるためのもので、ヨドバシを成長させるためのものではないですよね」

「いや寺岡さん、これでディールが不成立になったら会社潰れますよ。寺岡さんあなた会社を潰すんですか。社員を路頭に迷わすんですか」

「いや社長、そういう話をしているんじゃないんです。条件が悪い交渉だったら、やめればいいということを言っているだけなんです」

歩きながら、セブン&アイの井阪隆一社長と重ねてきた話し合いの内容が頭をよぎった。

何度話し合っても噛み合うことがない……そんなやり取りを、はじめはセブン&アイグループ労働組合連合会と経営陣との話し合いの場で、その後は団体交渉で、ときには一対一の対面で、さらに電話でと幾度となく繰り返してきた。

「頑張ってくださいね」

嵐の前の静けさ――。

頭のなかで、この日の段取りを再確認した。自宅に何度も夜回りに来て面識ができていたテレビや新聞の担当記者の1人からは、早朝に確認の電話が入っていた。

「寺岡さん、ひょっとしていま自宅にいませんか?」

「昨夜は帰ってないよ。もう池袋にいる」

「あ〜」

どうやら埼玉の自宅の前で記者が「出待ち」をしていたようだ。電話口で記者は声にならない声を発している。いずれにせよ、ストに臨む前に早朝の池袋で記者に囲まれるようなことになるのは避けたい。池袋駅東口のこの通りは飲食店が集中し、夜はネオンがまぶしい華やかな繁華街だが、早朝のこの時間、それほど人通りは多くない。夏休み期間中のためか、近くの大学や専門学校に通う学生の姿もないようだった。

「委員長さん!」

信号待ちをしていると、そう声をかけられた。気づかれたか? 一瞬ドキッとしたが、どうやらテレビで見て私の顔を覚えていた一般の方のようだ。

「頑張ってくださいね」

そう言われて、胸をなでおろした。自分たちがしようとしていることは、池袋の街の人たちから反感を買っているわけではなさそうだ。それを感じられただけでも、気持ちが軽くなり、元気をもらえた。

続きは<50名の参加を見込んでいたデモは300人に膨れ上がった――西武池袋本店ストライキの真実​>にて公開中。

50名の参加を見込んでいたデモは300人に膨れ上がった――西武池袋本店ストライキの真実