相手の立場に立ったホウレンソウができていますか?(写真:Graphs/PIXTA)

「他人の視点」を理解して相手の立場に立って考えることは、認知的な思考の中でも最も難しく高度な思考です。ビジネスの現場の「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」にも相手の立場に立って行うことが求められています。独りよがりで的外れな「ホウレンソウ」を上司にしないために、あるいは部下にさせないために、何を意識すればよいのでしょうか。

※本稿は今井むつみ氏の新著『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策』から一部抜粋・再構成したものです。

ビジネスで「相手の立場に立つ」ために

心の理論とは、「ある状況に置かれた他者の行動を見て、その考えを推測し、解釈する(推論する)」という心の動きです。

例えば2歳の子どもが、テレビを見ていると想像してみてください。親は、そのテレビ画面が見えない場所にいるとします。その場合、親は当然、そのテレビにその瞬間に何が映っているかはわかりません。

しかし、幼い子どもは、実はそのことを理解できません。自分に見えているのだから、他の人にも見えていると思い込んでしまう。「他人の視点」を想像することができないのです。

これは誰もが通る道で、「他人の視点」がわかるようになるのはだいたい4歳くらい以降だといわれています。つまり、他者の視点や心の動きを推論するというのは、認知的な思考の中でも最も難しく高度なことだといえるのです。

この高度な認知的な思考を、目の前にいない人──例えば取引先や顧客にまで働かせること。これが、ビジネスにおいて「相手の立場で考える」ということです。

つまり、相手の立場で考えるのが苦手、という人は、この認知的な思考が苦手なためなのかもしれません。

それは誰のための「報告」か?

ビジネスにおいては、例えば「報告」ひとつとっても、「相手の立場で考える」ことができているかどうかで、その方法も、内容も変わってきます。ここでは、大企業で働く20代後半のKさんの例で見てみましょう。

Kさんは、新卒としてその会社に入社して以来、「ホウレンソウ」の重要性を繰り返し教えられてきました。そこで、その部署に配属されて以来5年以上にわたって、何かを進める際には事前に直属の上司に当たるA部長に時間を取ってもらい、「こちらの確認をお願いします」と書類を渡して、これから進める仕事について、説明するようにしていたそうです。

その日も同様に、A部長に時間を取ってもらい、ひと通りの説明をしました。すると、A部長から返ってきたのは意外な言葉だったといいます。

「Kさんは、自分がラクになりたくて私に説明しているの?」

Kさんは確かに、「仕事にはホウレンソウが重要」「A部長も、進行を把握しておきたいはず」と考えていました。しかし、部長からの意外な言葉によって、心の奥底にある違う感情に気づかされたといいます。それは「責任を回避したい」という気持ちです。

つまり、A部長に報告をしておくことで、何か問題が起こったときに、「A部長がOKと言ったから」と言える逃げ道をつくっておいたということ。この逃げの姿勢を、A部長に見透かされてしまったわけです。

相手の立場を考えなければ、どれだけホウレンソウをしても、それは結局、自分のため、もっと言えば保身のためのものになってしまいます。

「報告」を上司の立場で考える

では、Kさんは、ホウレンソウをどのように行えばよかったのでしょうか。

最悪の選択肢は、「ならば勝手に進めてしまって、あとで報告すれば大丈夫だろう」と安易に判断して、独断で進めてしまうパターンです。何については確認が必要で、何については自分の責任で進めていいのかという判断は、部下の立場で行えるものではありません。

では、どうするか。それは、責任回避のための言い方ではなく、忙しいA部長の立場を慮り、責任は自分で取る姿勢を示すことなのだと思います。

具体的には、「この仕事はこういう考えで進めたいと思いますが、よろしいでしょうか」などの形です。

あるいは、仮に書類の誤字を指摘されたとしても、指摘されたところだけをささっと直して「確認してください」と上司のところに持っていくのではなく、他にも誤字や修正の必要のあるところがないかを自分で見直してから「誤字を見直しましたので、最終チェックをお願いします」と持っていったり、「誤字以外にお気づきの点がないようでしたら、こちらで進めてよろしいですか?」と進めたりするような態度です。

上司という立場、あるいは先生と呼ばれる立場になると、周囲から「確認してください」と言われることが多くあります。しかし、それは本当にその人が確認しなければならないものなのでしょうか。もしかしたら確認を頼んだ当人が、自分ですべき判断を避けているのかもしれません。

上司や先生と呼ばれる立場ならば、「確認してください」と言われた際には、ときには厳しく、「これは『確認してください』という内容のものではないよね」と伝えることも必要です。

こうして、互いには見えない心の内を擦り合わせていくことで、「相手の立場に立つ」ことに近づいていけるのではないでしょうか。

ビジネスで頻繁に使われている「確認してください」という言葉は、非常に曖昧で、甘えのある言葉です。この言葉を使う場合には、「誰かに責任を押しつけることになっていないか」ということを、確認を頼む側も、頼まれる側も意識したほうがいいでしょう。

言いにくいことでも報告できる環境とは?

部下からの「ホウレンソウ」がないというのは、上司のよくある悩みのひとつです。

ただし、実はこうした悩みが生まれてしまう背景には、上司が「部下(相手)の立場に立てていない」ということがあるかもしれません。

というのも、部下に「なぜホウレンソウが必要なのか」が伝わっていないのに、上司がそれに気づいていない可能性があるからです。

上司は往々にして、しなければならないことだけを部下に伝えます。

「この件の報告をまだ受けていないぞ(以上)」

「あの件はどうなった?(以上)」

このように尋ねても、部下が感じるのは、ホウレンソウを求めているということだけ。「WHY」の部分、「なぜホウレンソウが必要なのか」は伝わりません。

あるメーカーの営業チームで、このようなことがあったそうです。その会社では、営業先に向かう際、担当者が自分で車を運転することがよくあります。日々の運転の中では、ちょっとどこかに車をこすってしまった、というようなことも、さほど珍しいことではありませんでした。車に傷をつけてしまった場合でも、特に罰則はなし。ただ「報告するように」と社員には伝えられていました。

しかし、何度言っても、その報告が上がってこない。何人かで交代で車を使っているうちに、気づくと傷が増えている、という状況が続いていました。

この場合、どうすべきだと思いますか?

この話をしてくれた方は、その後、上司が部下たちにあることを伝えたら、社員の目の色が変わり、傷にもならなかったようなちょっとした接触でも報告するようになったと教えてくれました。上司が伝えたこととは、次のような内容です。


「今は、スマホですぐに撮影ができる。事故を撮影した人が、会社に連絡をしてくれればいいが、いきなりネットにアップされたりしたら、会社としても対応が後手に回る。そうなれば、運転をしていた皆さんの顔や名前までさらされることになるかもしれない。〇〇会社の社員がこんな事故を起こしたと広まり、炎上してしまったら打つ手がない。だからその前に、なるべく早く報告してほしい」

この話を聞くまでは、部下にとっては「報告=自分のミスをわざわざ伝える行為」でした。しかし、なぜ報告が必要なのかを知ったことで、「報告=ミスの次に起こり得る炎上を防ぐ行為」に変わったわけです。

このように、ホウレンソウのない職場は、「なぜそのホウレンソウが必要なのか」を部下が気づいていないことに上司が気づいていない、という二重の問題となっていることも多いものです。

上司としてホウレンソウを求めるのならば、「なぜホウレンソウが必要なのか」をきちんと説明することが、「相手の立場」に立ったコミュニケーションといえるでしょう。

(今井 むつみ : 慶応義塾大学環境情報学部教授)