きらぼし銀行は、収益源だったストラクチャードファイナンスを抑制する方針に転換した(写真:撮影編集部)

ゴールデンウィークの谷間にあたる5月2日、ある銀行の株価が急落した。東京の地方銀行・きらぼし銀行を傘下に置くきらぼしフィナンシャルグループ(FG)だ。

前日に発表した2024年3月期決算の純利益は、前期比21%増の256億円。3期連続の2桁増益と上々の結果に見えるが、投資家を失望させたのは2025年3月期の業績予想だ。純利益は4.4%減の245億円と、一転して減益に転じる。地銀屈指の成長株に急ブレーキをかけたのは、新たな資本規制の導入だ。

資産積み上げに急ブレーキ

「ストファイの残高はもう伸ばさない」。きらぼしFG関係者はこう打ち明ける。

きらぼしFGの収益源は、LBO融資(買収対象企業の資産や収益力を担保にした融資)や不動産ノンリコースローンといったストラクチャードファイナンスだ。高い利回りや手数料を稼げるストファイこそが、好業績の立役者だった。

ところが、決算発表に合わせて、きらぼしFGはストファイの抑制を宣言した。新規実行は返済による減少分にとどめ、全体の貸出残高は横ばいを保つ。自滅行為にも映る急旋回の背景にあるのは、国際的な資本規制である「バーゼル3」の導入だ。

銀行の自己資本比率は、貸出金や有価証券といった資産ごとに抱えるリスク量を基に算定される。きらぼしFGのストファイはリターンに対するリスク量が相対的に低くみなされ、貸出債権額と同等か、それよりも少ない額しかリスクとして認定されなかった。

低リスク高リターンだったストファイに冷や水を浴びせたのが、2025年3月末から導入されるバーゼル3だ。新規制によってストファイのリスク量は順次引き上げられ、案件によっては債権額の2倍以上に膨らむ。従来通りストファイの残高を増やせば、自己資本比率はそれに反比例して押し下げられる。

きらぼしFGの自己資本比率は3月末時点で8.25%。地銀の中でも低い部類に属し、計550億円に上る優先株式の償還も控える。こうした中で「高リスク高リターン」になったストファイを抱えることは困難だ。

きらぼしFGは今後、自己資本比率に影響を与えるリスク資産を増やす代わりに、ファンドの運用受託やコンサルといった事業に軸足を移す。

株式にのしかかる重い資本賦課

バーゼル3は、メガバンクや一部の大手地銀が先行して導入している。本来はほかの銀行にも2023年3月に適用されるはずがコロナ禍で延期に。2025年3月、ようやくすべての国内基準行が導入する。

標準的な信用リスクの計測手法であれば本来、バーゼル3は銀行にとって有利に働くケースが多い。中堅・中小企業向け融資や住宅ローンなど、主要な資産のリスク量は従来よりも縮小し、自己資本比率を押し上げるからだ。だが、リスクの高い資産を抱える一部の銀行は、逆に自己資本比率が低下してしまう。


「当行の自己資本比率は、今後9%弱まで大きく低下する」。きらぼしFGと同様、来年3月に迫るバーゼル3の対応に追われるのが富山第一銀行だ。3月末時点の自己資本比率は11.02%。新規制によって、自己資本比率は最終的に2ポイント以上も下落すると試算する。

同行の課題は、総資産の1割弱を占める株式だ。バーゼル3導入後は段階的に引き上げられ、最終的に2.5倍になる。

そこで同行は純投資株の売却を推進する。2025年3月期業績は純利益が120億円と前期比で2.2倍に急伸する見通しだが、これは株式の売却益が理由だ。

「大変重要な問題だ」。スルガ銀行の加藤広亮社長も危機感をにじませる。同行が抱える賃貸用不動産向けの多額の貸出金も、バーゼル3によってリスク量が増えるためだ。「1年前の2023年3月期時点の試算で、自己資本比率は1.65ポイント低下する」(加藤社長)という。

適正なリスク量を再考する契機

石川県の北國フィナンシャルホールディングスは、バーゼル3適用による自己資本比率の低下を見据えて、株主還元を抑制する方針だ。同社は傘下のファンドを通じた株式投資を行っているが、バーゼル3によって株式のリスク量は段階的に2.5倍に上がり、一部の非上場株式は4倍にまで引き上がる。

リーマンショックの反省から生まれたバーゼル3。中小企業向け融資のリスク量を下げて貸し渋りを防ぐ一方、価格変動リスクの高い株式などは、逆にリスク量を膨らませて投資を抑制させるねらいがある。

バーゼル3が向かい風となる銀行は、中小規模の地銀が目立つ。抱えているリスク量が経営規模に対して適正か、新規制は再考を促している。

(一井 純 : 東洋経済 記者)