山崎製パン本社

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「大手スポンサーである山パンに配慮し…」

 1月9日、総売り上げ1兆円超のヤマザキグループを率いる飯島延浩・山崎製パン社長の次男で社長候補だった佐知彦副社長が謎の急死。2月24日には千葉工場で死亡事故が発生した。悲劇の裏には何があったのか――「パン業界のガリバー」の書かれざる正体。【前後編の後編】

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【写真を見る】事故現場となった千葉工場

 今回の事件に限らず、これまでも死亡事故が何度も起こっているにもかかわらず、メディアで大きく報道されないのはなぜなのか。

「山パンは毎年、テレビなどに莫大な広告宣伝費を支払っています。テレビとしては大手スポンサーである山パンに配慮し、不祥事があっても大きく取り上げない、という事情はあるでしょう」(山崎製パン元幹部)

 実際、山崎製パンは過去、何件もの「回収事案」を起こしているが、それもテレビで大々的に取り上げられたことはない。

山崎製パン本社

 ここ数年だと、2022年には名古屋工場で製造した「小倉ぱん」の一部にプラスチック片が混入した可能性がある、として自主回収。19年には、熊本県の工場で製造した「北海道チーズ蒸しケーキ」の一部に金属片が混入した恐れがある、として自主回収した。

 誤包装トラブルも起こっている。18年、千葉県の松戸第一工場で製造した「いもあん&マーガリンコッペパン」の一部の中身が「ダブルピーナッツクリームコッペパン」になっている可能性がある、として自主回収。つまりピーナッツアレルギーを持つ人が食べると最悪の場合、命にかかわる事態になっていたかもしれないわけだ。

山崎製パンの過去の回収事案

 15年には菓子パンに入れ歯の一部。09年には、やはり菓子パンに生きた虫。古い事例だと、ゴキブリが混入したケーキが発見されたこともあるなど、「混入事案」のパターンは枚挙に遑(いとま)がない。

「優秀な人ほど辞めていく」

「他には、12年に松戸第二工場で粉ふるい器の網が食パンに混入して回収。また、15年には愛知県の安城工場で菓子パンに温度計の破片が混入して自主回収しています」

 そう振り返るのは、山崎製パン元社員。

「混入事案に限らず、製造トラブルはしょっちゅう起こるので、その度に社員は工場に行って対応に当たらなければなりません。夜中や正月に働かなければならないこともあり、とにかく仕事は過酷です。そうしたこともあり、優秀な人ほど会社を辞めていきます。こんな会社にいていいのか、と悩んだ末に辞めていく人が多いです」

 工場などの現場に積み重なるひずみ。そうした末に起こっているのが「死亡事故」や、相次ぐ「混入事件」なのかもしれない。これが、“イメージだけは「超ホワイト企業」”の実態だ。

過去のトラウマ

 ただし、ひずみがたまっていたのは現場だけではない可能性がある。そう感じさせる悲劇が起こったのは今年初め。飯島延浩社長の次男で、副社長を務めていた飯島佐知彦氏が1月9日に急死したのだ。56歳の若さだった。

「佐知彦さんの死因は謎に包まれており、社の上層部でも真実を知っている人はほとんどいないのではないでしょうか」

 と、先の山崎製パン元幹部は話す。

「ただ、社内からは“飯島社長がもっと早く後継者を決めていれば……”という声も聞こえてきます。後継社長の候補は佐知彦さんだけではなく、飯島社長の長男でやはり副社長を務めている幹雄さんも社長候補と目されていました。飯島社長が長男と次男のどちらかに決めきれないうちに、今回の悲劇が起こってしまったわけです。飯島社長が決断できなかった背景には、過去のトラウマがあるのではないか、といわれています」

 そのトラウマとは、社長の実父で創業者の飯島藤十郎氏と、その弟の一郎氏が経営権などを巡って骨肉の争いを繰り広げたことである。それがきっかけとなり、73年7月に飯島社長は父母と共にプロテスタント教会で洗礼を受けている。

 結局、この内紛は藤十郎氏と一郎氏が共に社を去ることで終息。結果、37歳の若さで社長に就任したのが延浩氏なのだ。

「PRESIDENT」(11年12月5日号)のインタビューで飯島社長は次のように述べている。

〈困難な出来事がたくさんありましたが、「狭い門からはいれ」という教えに救われてきました。

「狭い門からはいりなさい。いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです」(マタイの福音書7章13・14節、新改訳)

 同業者や流通を非難したり否定したりせず、さりとて追随することもしない。そして、相手を見て仕事をするのではなく、常に「あるべき姿」を追い求める。この教えに従えば、私の限界も突破でき、会社もそれによって道が拓けると思い、日々祈りを捧げ続けてきました〉

「今はだから、発表してませんでしょう」

 こうした飯島社長の考えは社員たちにきちんと浸透していないのではないか。本誌(「週刊新潮」)
の取材申し込みに対し、対面で取材に応じた広報部門の担当者の言動からは、そう感じざるを得なかった。

 千葉工場で加藤静江さんが亡くなった事故について公表するつもりはないのかと聞くと、

「今はだから、発表してませんでしょう」

 現在、労働基準監督署の調査が続いているという。それが終わったら事故を公表するつもりがあるのかと尋ねると、あろうことか、笑いながらこう答えたのだ。

「調査いつ終わるかも分かっていませんし、調査が来週終わるんだったら、さあどうしようかと今検討する機会になると思いますよ」

 自社の工場での死亡事故について聞かれているのに、笑いながら回答する。それが山崎製パンの「あるべき姿」なのだろうか。

死亡事故に真摯に向き合っているようには見えず…

 さらに、過去に死亡事故がどれくらいあったのかと聞くと、

「いやそんなないですよ」

 そう答える。そこで、“そんな”の部分を具体的に教えてほしい旨伝えると、こう述べたのだ。

「10年さかのぼればありますね」

 10年さかのぼるどころか、4年前に神戸工場で死亡事故が起こっていたことは先述した。それについて改めて書面で問い合わせると、「誤解を与えてしまい、大変失礼いたしました」との返信が寄せられた。重大な死亡事故に真摯に向き合っているようにはとても見えないのだ。

 なお、佐知彦氏の死因については、

「個人のプライバシーに関する内容ですからお答えできません」

 の一点張りだった。

 果たして、“パン業界の雄”ヤマザキの内部で何が起こっているのか――。前編では、死亡事故や指の切断事故が頻発する“ブラックすぎる”労働環境について報じている。

「週刊新潮」2024年4月18日号 掲載