家庭科の授業(写真:ペイレスイメージズ1 / PIXTA)

中・高校時代の「家庭科」というと受験には直接関係がない「副教科」のイメージが強い。そのため、そこでの授業に関心を持つ親は少ないのではないだろうか。

しかし今、生徒たちの圧倒的な経験不足からくる実情に嘆く家庭科の教員たちが多い。10年以上のキャリアを持ち、難関校を含め複数の学校で家庭科を教えている2人の教員から話を聞いた。

調理前に野菜を洗うことさえ知らない

家庭科の授業といえば、調理実習を楽しみにしている子どもたちは多い。しかし家庭科の教員からすると、調理実習こそ、子どもたちの家庭での様子が見えてくるという。

「まず野菜を洗うことさえ知らない子がいます。そして包丁が使えない。りんごの皮はむくというより削ぎ落とすように使う子が多いです。

ジャガイモはピーラーがないとむけない。中高生でも包丁が上手に使えるのはクラスで1人、2人といったところです」

こう語るのは小学校から大学まで幅広い年齢の子たちに家庭科を教えているベテラン教員のAさん。そしてこう続ける。

「最近中高生を教えていて顕著なのは、生ごみを触れない子が多いことです。男子でも女子でも同様です。調理実習のあと、だれが生ごみを捨てるかでジャンケンをしているときもあります。

ネットに入っていないと触れないし、ネットの端をつまんでごみ箱に捨てようとするから床にポタポタ水滴が垂れてしまう。生ごみは水分を絞って捨てる、という発想はない。

あと台拭きも汚い、といってつまんで持ってくる。布巾そのものを使えない子も多いですね。家では布巾の代わりにキッチンペーパーや使い捨て除菌シートを使っているようです」

見えてくるのは、潔癖すぎる子どもたちの姿だという。

同じく、複数の私立中高一貫校で教えるBさんは、このように言う。

「私が教えている学校にも生ごみを触れない子は多くいます。小さい頃からどろんこ遊びをすることがあまりなくて、『汚いものは触っちゃダメ』という生活をしてきているせいもあるのかな、と思います」

Bさんは調理実習中のある「事件」を語る。

「以前、男子中学校の調理実習で天ぷらを作ったのですが、衣用に用意していた水を熱した天ぷら油に入れてしまった子がいたんです。当然、火柱が上がって大騒ぎでした。

そのときはフットワークの軽い子が近くにあった濡れ雑巾をパッと火柱に被せて消火したんです。その子は手元に消火器がないときの消火方法を知っていたんですね。

このように学力的には同じような子たちでも、経験の違いによって、できること、できないことの差は大きいです」

家庭での経験が圧倒的に不足している

子ども自身が将来、自立した生活を送れるようになるためには、家庭科で学ぶ基本的な知識は身につけておきたいもの。


だが「あなたは勉強していればいいのよ」と言われて育ってきた子どもたちは「生きる力」が弱くなっているのではないかという。

中学生の家庭科では洗濯の項目があるのですが、今は洗濯をしたことがない子も多いです。洗濯といっても“ワンボタン”で終わる便利な時代ですが、そのボタンさえ押したことがない子も結構います」(Aさん)

経験の少ない子たちに必要なのは、座学はもちろん、とにかく「一度経験させること」。

そこで有効なのが「宿題」だ。思春期で親が言うことには反発する子でも、学校の宿題となったらやらざるを得ない。

「先日、洗濯の宿題を出したんです。衣類を仕分ける、洗濯機で洗う、外で干す、取り込んでしまう、までの一連の流れを体験してほしくて。

すると、いろいろな感想が出ました。『水で濡れた衣類がこんなに重いと思いませんでした』『家族が服を裏返ししたまま洗濯カゴに入れていたので、干すとき大変でした』など。

体験することで、おばあちゃんが洗濯物を持って2階のベランダで干すのって大変なんだな、とか服や靴下を裏返ししたまま洗濯カゴに入れるとどうなるのか、などリアルに想像できるわけです。そういう小さな気づきが大事です」(Bさん)

「宿題」で初めて「トイレ掃除」をする生徒も

中でも、保護者から感謝される宿題のナンバーワンがトイレ掃除だという。Bさんが続ける。

「今は学校でも業者の方がトイレ掃除をすることが多いので、家でやらないと本当にやったことがないんですよね。

やれば10分もかからずに終わるのですが、感想を見ると『もう二度とやりたくない』という子もいます。

やはり中高生になってから初めてやると嫌悪感が出てしまうので、幼稚園とか小学校低学年のうちにルーティーンでやらせることが大事だと思います。

それでも一度でもやると、『トイレがきれいなのはだれかが掃除してくれているからだと改めて感じました』という感想もあって、宿題を出した甲斐があります」

では、親はどんな経験を子どもに与えたらいいのだろうか?

「いちばん大切なのは、失敗する経験をつぶさないで、ということです。

最近では料理も、裁縫や夏休みの宿題なども、材料がキット化されているものが増えました。

失敗しないようにパッケージ化された商品は便利で人気ですが、試行錯誤したり、失敗したりする経験は必須だと思います。失敗から学ぶことは大きいです」(Bさん)

失敗することが大事

ある学校ではこんな体験があったという。

「班に分かれてロールケーキを作る実習がありました。ある生徒が焼きあがったスポンジケーキを持ってきて、『先生、スポンジケーキがなんだか変なんですけど』と言うんですね。

『ちょっと食べてみたら』と言ったら、『塩と砂糖を間違って入れていました!』と。砂糖か塩か迷ったら、入れる前にちょっと舐めて確認してみよう、という発想はないんですね」

だが、その後日談がある。

「砂糖と塩を間違えて入れてしまった張本人の子が『次の授業でもう一回作り直しをさせてください』と交渉に来たんです。

自分のせいで班の全員がケーキを食べられなくなってしまい、そのことを一生、恨まれそうだと(笑)。もちろん許可して、次の授業でその班だけロールケーキを追加で作っていました」

失敗して悔しいと思う気持ち、もう一回チャレンジしたいと思う気持ちが子どもの成長を後押しする。ちなみに再挑戦の交渉に来た生徒は後に東大に合格したという。

「いろいろ経験を積んだ大人が考えた上で便利なものを選ぶのはいいと思います。しかし子どもに最初から便利なものを与えてしまうと、その分だけ能力が削がれてしまう、と考えた方がいいかもしれません」(Bさん)

Aさんはこう言う。

「確かに今の子どもたちはいろいろな経験が足りないです。でも若いから機会があればすぐにできる才能があります。凝り固まったものがない。

そして今の子どもたちは調べる能力は高いので、男の子でも刺繍などをやらせるとすごい作品を作ってきたりします。

最初は『こんなのやりたくない〜』『最悪〜』って言っておきながら、やり始めるとみんな熱中しますね」

経験値を増やしてあげて

最後に親が気をつけるべきことは何だろうか。

「勉強以外でもちゃんとほめてあげてほしいです。調理でも、縫い物でも、できたものをきちんとほめてあげると、中高生でもとても喜びます。

ほめて、経験値を増やしてあげることが大事ですね。それが生きる力につながると思います」(Aさん)

どんなに勉強ができても、難関校に通っていても、生きる力がなければ将来、苦労するのは子どもだ。

まずは、子どもが学校の家庭科でどのようなことをやっているのか、関心を持って聞いてみてはいかがだろうか。りんごの皮むきでも、ボタンつけでも、小さな経験を積むきっかけになるかもしれない。

(江口 祐子 : 元AERA with Kids編集長)