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老後生活の基盤となる公的年金。「ねんきん定期便」を確認しながら老後の準備をしている夫婦も多いでしょう。しかし、その準備は「万が一」の事態までカバーできているでしょうか? 突然の不幸に見舞われた場合、残された家族は……FP Office株式会社の宮本誠之FPが、具体的な事例を交えながら「万が一の事態」を乗り切る方法について解説します。

年収850万円、4人家族A家に突然訪れた「悲劇」

年収850万円のサラリーマンのAさん(54歳)と、専業主婦のBさん(53歳)夫婦には、2人の子どもがいます。長女は24歳で、すでに実家を出て1人暮らし。長男は17歳で、受験勉強の真っ最中です。

Aさん1馬力で日々のやりくりは大変で、貯蓄も500万円ほどしか貯まっていませんでしたが、あと10年ほどで年金受給が始まるほか、住宅ローンも定年直前に完済予定。また65歳からの年金受給額見込額は320万円(月26万円)あり、その頃には長男も就職しているはずとの見立てから、Bさんとは「貯金にも手をつけずに済みそうだし、なんだかんだで老後は安心だろう」と楽観的に話していました。

そんなある日のこと。A家に予想もしていなかった悲劇が起こります。Aさんがくも膜下出血により、急死してしまったのです。妻のBさんと子どもたちは悲しみに浸る間もなく、あわただしく葬儀を済ませました。

生命保険金の500万円を受け取ったほか、定年直前まで続くはずだった住宅ローンは、購入時に「団信(団体信用生命保険)」に加入していたことでゼロとなりましたが、一家を支えていたAさんが亡くなったことで、Bさんと子どもたちは悲しみと今後の生活への不安で絶望していました。

Aさんの年収は850万円ほどで、手取りに直すと75%強の640万円ありました。Aさんは結婚の際「仕事は俺が頑張るから、Bには家庭にいて子ども2人を見ていてほしい」と話し、Bさんも夫の考えに同意したことから、Bさんは看護師から専業主婦に。

そのおかげで、子どもたちは立派に育ちました。また、PTAや地域活動などにも積極的に参加。近所の人やママ友からの頼まれごとも嫌がらないことから信頼は厚く、仕事はなくとも毎日忙しい日々を送っていました。

そんなBさんでしたが、相談を受けることは多いものの、自分から悩みを打ち明けたり弱みを見せたりすることはなかなかありません。今回のことも、「こんなこと誰にも相談できない」と1人で抱え込んでしまいました。

長男はまだ17歳で、生命保険金の500万円も学費で一気に消えてしまう。この先の生活はどうしたらいいの……?

困り果てたAさんは母親に涙ながらに打ち明け、母親の知り合いでFP(ファイナンシャルプランナー)である筆者のところに2人で相談に訪れました。

Aさんが存命でも80歳で老後破綻…A家に待ち受ける「厳しい現実」

FP事務所で出迎えた筆者は、Bさんから一連の話を伺ったうえで、B家のこれまでの収支見込みと今後の収支見込みをシミュレーションすることにしました。

ご主人存命時の収支予測と毎年の貯蓄増減シミュレーション

まずは、Aさんがご存命だった場合の収支見込みです。

Aさんの想定年収は60歳まで800万円超、61歳〜65歳で600万円となります。この年収であれば、夫婦の老齢年金は計320万円程度になる予定でした。

[図表1]Aさんが存命だった場合の支出内訳 出所:筆者作成

支出としては、[図表1]のように、Bさんが57歳のころまで長男の教育費がかかるほか、63歳まで住宅ローンがかかる見込みでした。年間支出は57歳時点で900万〜1,000万円程度、63歳時点で650〜700万円程度、Aさんの退職後は300万円程度(年金とほぼ同等)の年間支出になっていたと思われます。これにインフレ係数(物価上昇率)を1%程度加味した支出が、老後に渡って続くという想定でした。

[図表2]Aさんが存命だった場合の預金額の推移 出所:筆者作成

この場合、預金額は[図表2]のように65歳の年金受給開始時点までは支出と釣り合う程度に推移しますが、昨今のインフレ等で継続的な生活費の上昇があった場合は、80歳前後でキャッシュアウトしてしまう計算になります。

また、長男の大学4年間の学費については、一部教育ローン等で100万円〜200万円前後の資金調達の必要性がありました。

主人の突然の死で、家計はより苦しいものへ

Aさんが亡くなられたBさんには遺族年金が支給されます。しかし受給額は年間140万円(月11.7万円)ほど。遺族年金は65歳からではなく現時点から支給されますが、Aさんの収入を補うことは難しいでしょう。

また、団体信用生命により住宅ローンの支払いはなくなりますが、教育費については、現状の進学計画では、高校3年生から大学卒業まで5年間で、約800万円の支出があります。

Aさんが存命の場合でも、シミュレーションではAさんが65歳で退職すると同時に家計が赤字となり、年間70万〜120万円程度の赤字が続く見込みでした。しかし、Aさんが亡くなってしまったことで、現状はより厳しいものになっています。

遺族年金と生命保険金では、おそらく長男の学費捻出がやっとです。毎月の生活費もかかりますから、現在の貯蓄と保険金の合計1,000万円は、長男の大学卒業時にはほぼ0になる見通しです。

このシミュレーションを受けて、Bさんは「遺族年金ってたったこれだけしかもらえないんですか? このままでは生活が成り立たちません……」と嘆きました。

もっとも、BさんはAさんが亡くなってからすぐ、近所のクリニックに看護師として復職できないかと相談していたそうです。しかし、ブランクは否めません。年収は240万円ほどになりそうとのこと。

Bさんが働けるとなればもちろん家計の助けになりますが、退職後は貯蓄がマイナスになる、つまり家計破綻の可能性を示唆しています。依然として遺族年金だけでは厳しい現実が残りそうです。

FPがBさんに提案した「2つ」の解決策

そこで筆者はBさんに、下記の2つの解決策を提示しました。

1.奨学金の活用

2.(ご自身に健康と気力があれば、)就労期間を70歳まで延長する

1.奨学金の活用

長男の教育費については、奨学金で賄うことができます。年間200万円程度の受給があれば、およそ不足分をカバーできるでしょう。

長男には負担となりますが、このままではBさん自身の生活が成り立ちません。将来自立し収入を得ることができれば、学費は十分返済が可能です。またこれにより家計に余裕が生まれ、Bさんが一生涯働く必要はなくなるでしょう。

2.(健康と気力があれば)就労期間を70歳まで延長する

職場環境にもよりますが、Bさんの場合、可能であれば70歳まで働くことをすすめます。本来、年金は65歳でですが、年金の繰下げ受給を選択することによって受給額が増えます。また、働いて生活費を賄う分、老後の収支がマイナスに転じるタイミングを先送りすることできます。

上記2つの対策を実施した場合、収支は[図表3]のように変化します。

[図表3]対策を施した場合の預金額の推移 出所:筆者作成

まず収入については、年間約200万円×4年間=約800万円の奨学金を受け取り、Bさんが65歳以降も70歳まで働くことにより(年収約200万円を想定)、約800万円+約200万円×5=1,800万円ほど増加します。

特に、大学の学費が奨学金で賄えることになれば、一番支出が多く、貯金が減少してしまうはずだった4年間の収支が大きく変わるはずです。

また年間収支は、70歳前後までほぼプラスマイナスゼロに切り替わり、年金受給額の増加も見込めるため、70歳以降の赤字幅を50万円〜80万円程度に縮小させることができます。

あくまでもシミュレーションであり、これで安心というわけではありません。しかしこうすることで、キャッシュアウトの時期は85歳程度まで先送りできます。また、15年ほどは貯蓄が目減りしないため、限られた期間にはなるかもしれませんが、現金積み立て以外の資産形成も検討できるようになるでしょう。

筆者の話を聞き終えたAさんは少しだけホッとした様子で「これからのことを前向きに考えることができそうです」と、嬉しい言葉をくれました。

宮本 誠之
FP Office株式会社
ファイナンシャルプランナー