2019年に起きた新宿ホスト殺人未遂事件から着想を得て描かれる、一人の女性の一途で狂信的な激情を描いた映画「熱のあとに」(2月2日(金)より公開中)。衝撃的な事件から6年後、橋本愛さん演じる主人公・沙苗の目の前に現れる謎の隣人女性・足立を演じる木竜麻生さんが、これまでとは異なる役柄や刺激的な現場エピソードについて振り返ってくれました。

 

木竜麻生●きりゅう・まい…1994年7月1日生まれ。新潟県出身。2014年に『まほろ駅前狂騒曲』で映画デビューし、2018年には瀬々敬久監督の『菊とギロチン』で300人の中から花菊役に選ばれ、映画初主演を果たす。また、同年の『鈴木家の嘘』でもヒロインを務め、この2作の演技が高く評価され、数々の映画賞を受賞する。近年は主演作『わたし達はおとな』(2022年)のほか、『ぜんぶ、ボクのせい』(2022年)、『ヘルドッグス』(2022年)、『Winny』(2023年)、『福田村事件』(2023年)などの話題作に出演している。Instagram

 

【木竜麻生さん撮り下ろし写真】

 

 

「なぜ彼女らしいのか?」ということも演じていく上でのポイントに

──最初に脚本を読んだときの感想は?

 

木竜 映画の中で、しっかり母親役を演じるのは初めてでしたし、かなり謎めいた人物で、物語を動かしていく、かき回していくことに関しても初めての経験だったので、山本英監督から「木竜さん、足立役でどうでしょう?」と脚本を渡されたときは、純粋にうれしかったです。「今までとは違う私を見てもらえる作品になりそう」という思いや、自分の力量を試せそうな好奇心もあったので、わりと早い段階で「ぜひお願いします」と言わせてもらいました。あと、「自分がこの映画をお客さんとして見たい」という思いも強かったんです。

 

──「お客さんとして見たい」と思われた大きなポイントは?

 

木竜 自分が共感できるかどうかということとは別に、それぞれの登場人物が話している言葉がどこか固かったり、詩的だったり、普段人が話すときとは違う言葉選びをする瞬間があるんです。そこに関しては、とても興味深かったですし、とにかく登場人物たちの次の展開を期待してしまう。彼らが運命に翻弄されていく姿を、スクリーンの中で見たいと、純粋に思えたんです。

 

──ちなみに、足立という人物をどのように捉えましたか?

 

木竜 その後、何度か台本読みをする時間を取っていただいたときに、脚本のイ・ナウォンさんから、それぞれの登場人物にまつわるサブテキストになるものをいただいたんです。私は「足立から息子に宛てた手紙」という内容のものだったんですが、自分を彼女に近づけていくときの拠り所にさせてもらいました。傍から見ると、かなり息子に冷たい母親に見えるかもしれませんが、その手紙の中に「あなたが間違えて、この手紙に落書きしちゃったり、ビリビリに破いてゴミ箱に捨てちゃっても私は構わない」といったような記述があったんです。それはとても彼女らしい息子との距離感だなと思ったんですが、「なぜ彼女らしいのか?」ということも演じていく上でのポイントにしました。

 

──そのほか、一筋縄ではいかない彼女を演じる上で軸になったものは?

 

木竜 悲しさや寂しさ、やるせなさなど、足立なりに抱えているものがいろいろあると思うんですよ。それを表に出さずに、明るさやフレンドリーさ、飄々した部分を保っていて、しっかり地に足をつけて立っている、彼女なりの愛情がある人なんだろうと捉えました。沙苗に近づいていく彼女の正体が明らかになる中盤までは、彼女の持つ軽さみたいなものが損なあwれないように演じていたと思います。

 

監督に直談判した思い入れあるシーン

──かなりシリアスな「愛について」の物語が描かれますが、現場の雰囲気は?

 

木竜 2週間半から3週間程度のギュッとした長野ロケだったのですが、みんなでペンションを借りて、そこで同じ時間と空間と環境を共有しながらの撮影でした。だから、撮影の合間も、スタッフさんも含め、みんなでご飯を食べたり、仲良くなりすぎなぐらい仲が良かったです(笑)。逆に、それだけ風通しのいいコミュニケーションが取れていたからこそ、思い切ったお芝居ができたのかもしれません。緊張感を保たなければいけないシーンが多くありましたが、とても楽しくて濃厚な時間だったと思います。

 

──沙苗役の橋本愛さん、彼女の夫・健太役との仲野太賀さんとの共演はいかがでしたか?

 

木竜 お二人とも度量が広い俳優さんなのは分かっていたので、私はお二人の胸を借りるつもりでやってみようと思っていましたし、現場にいてくださるだけで終始助けてもらっていました。お互いに集中したいときは、何も言わなくても距離を置ける感じでしたし、あるシーンでカットがかかった直後に、愛ちゃんに「不完全燃焼だったかも?」と私が言ったら、「いや、監督のOKを信じよう」と言ってもらえるような関係性になっていました。お休みの日は3人でボウリングにも行ったんですが、ゲームの登録名を役名と同じ、沙苗・健太・(足立)よしこにしていました(笑)。みんなで一緒に、山本監督が作りたいものを作っていこう、という楽しさや空間を感じることができました。

 

──劇中、足立が沙苗と教会で対峙するシーンは、とても印象的です。

 

木竜 教会のシーンも、愛ちゃんを信頼していたので、どんと行けました(笑)。格子越しに、お互いの手の平を合わせるシーンは台本にはあったのですが、山本監督の意見で一度なくなったんです。でも、段取りが終わって、撮影のセッティング中に、愛ちゃんと控室に戻ったときに、「本当は交わりたくないのに、繋がってしまった2人を表現するには、手の平を合わせた方がいい」という話になったんです。それで監督に直談判して、復活してもらいました。だから、思い入れのあるシーンになりました。

 

作品を作りだし、足を運んで見てもらうというのはうれしいと同時に最低限の責任がある

──テイクを重ねるなど、一番大変だったシーンは?

 

木竜 一番大変だったのは、終盤に3人がペンションで集うシーンでした。なるべくカットを割りたくない山本監督の思いもあって、個々のショットを撮るときも、シーンの最初からカメラを回していたので、「今日撮り終わらないかも?」と思うほど時間もかかりました。毎回毎回、気持ちを最初に戻してからお芝居していくことは、かなり集中力が必要な作業でしたし、身体的なものも大変でしたが、それを乗り越えることができたのは、やはり同じ方向を向いていた俳優部とスタッフさんのチームワークがあったからだと思います。

 

──「Winny」「福田村事件」など、社会派作品に出演されている印象も強いですが、そのあたりは意識されているのでしょうか?

 

木竜 私の中で、「これ!」と決めているわけではないんですが、マネジメントもやっていただいている事務所の社長と、できるだけ作品について話したり、脚本を読んだときの感想を共有するようにしています。あと、台本を読んでワクワクするとか、「熱のあとに」のように「この映画を見てみたい!」と思うとか、自分の心が動くことも大切にしています。やはり俳優部として作品に参加する以上、作品を作りだす、それに足を運んで見てもらうというのはうれしいと同時に最低限の責任があるとも思うので。

 

──木竜さんが憧れる俳優、または理想の俳優像を教えてください。

 

木竜 具体的に憧れている方はいないのですが、私は映画を見ていて、生活や暮らしが見える描写が心地良くて、すごく好きなんです。例えば、誰かがご飯を食べるとか、洗濯物を干すとか、朝起きて出かけるとか、そこまで深い意味を持たない何気ない日常のルーティンのシーン。セリフはなくても、周りを見渡したら、この人いそうだなって俳優さんは、皆さんすごいなって思います。最近、アキ・カウリスマキ監督の「枯れ葉」やヴィム・ヴェンダース監督の「PERFECT DAYS」を見たときに、改めてそう感じました。

 

──木竜さんが熱くなるモノ、こだわりのモノなどがありましたら教えてください。

 

木竜 基本的に香るものが好きです。いろんな人に会ったり、人がたくさんいる空間に行った後など、ちょっと疲れていたり、力を抜きたいと感じたときは、必ず家でお香や香木を焚いてリフレッシュしています。最近はアウトドア好きな父と兄に勧められた、天然香木のパロサントが気に入っていて、ネットやショップで購入しています。普通のお香に比べて火はつきにくいのですが、煙の量が多いのが特徴なんです。気が付けば、朝起きて、窓開けて、換気した後に焚いているぐらい今のルーティンになっているかもしれません(笑)。ちなみに、「熱のあとに」でのロケ先ではさすがに焚くことができなかったので、ホワイトセージ(シソ科のハーブ)のスプレータイプのものを寝室や私服にかけていましたね。

 

 

熱のあとに

2月2日(金)より公開中

【映画「熱のあとに」よりシーン写真】

(STAFF&CAST)
監督:山本英
脚本:イ・ナウォン
出演:橋本愛、仲野太賀、木竜麻生、坂井真紀、木野花、鳴海唯、水上恒司

(STORY)
自分の愛を貫くため、ホストの隼人(水上恒司)を刺し殺そうとして逮捕された沙苗(橋本愛)。事件から6年後、彼女は自分の過去を受け入れてくれる健太(仲野太賀)と見合い結婚し、平穏な日常を過ごしていた。しかしある日、謎めいた隣人女性・足立(木竜麻生)が沙苗の前に現れたことから、運命の歯車が狂い始める。

公式HP:https://after-the-fever.com/

(C)2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisha

 

撮影/映美 取材・文/くれい響 ヘアメイク/主代美樹 スタイリスト/カワサキタカフミ