かつてはゴキブリが大量発生し、ニューヨークだけでも20億匹以上が生息していたというアメリカ。そんなゴキブリ大国のアメリカを救った最強のゴキブリ駆除剤について、The Atlanticがまとめています。

The Cockroach Cure - The Atlantic

https://www.theatlantic.com/podcasts/archive/2023/11/cockroach-bait-invention-combat/676167/

1980年代はゴキブリがアメリカの都市でまん延しており、ニューヨークだけで20億匹以上が生息していましたが、ゴキブリを駆除する優れた方法はありませんでした。ゴキブリは公衆衛生上の緊急事態として扱われており、ゴキブリに触れることで子どもが小児喘息で入院するリスクが3倍も高くなることが、当時から指摘されていたそうです。

それまで利用されていた殺虫剤はゴキブリの進化によりほとんど効果がなくなっており、接着剤を用いた古典的なトラップはゴキブリを捕まえることはできても駆除にはほとんど役立ちませんでした。当時のNBCの報道によると、アメリカの国会議事堂でもゴキブリが発生しており、駆除のために「ゴキブリ誘引剤と電気グリル」が利用されていたそうです。

シルビオ・コンテ下院議員は1985年に国会議事堂でゴキブリと戦うことを宣言し、地元企業からゴキブリ用の罠を3万5000個寄贈してもらったことを発表しています。コンテ氏は当時のアメリカ大統領であるロナルド・レーガン氏に対し、「私と一緒にゴキブリとの戦争に参加してください!」と訴えたそうです。これだけでも1980年代、アメリカでいかにゴキブリがまん延していたかがわかるはず。



そんなゴキブリとの終わりなき戦いに革命を起こしたのが、「コンバット」と呼ばれるプラスチック製の円盤型殺虫剤です。コンバットはゴキブリを絶滅させることはできませんが、アメリカの都市部で起きていたゴキブリの深刻な被害を軽減することに成功しています。

ゴキブリ駆除の歴史において非常に重要な人物であり、「ゴキブリ博士」とも呼ばれるオースティン・フリッシュマン氏は、1980年代にAmerican Cyanamidという農薬メーカーで働く科学者でした。当時、American Cyanamidはヒアリを駆除するための商品としてコンバットを販売していたのですが、同社の工業製品部門の研究者たちがヒアリ用のコンバットがゴキブリにも有効であることに気づき、ゴキブリ博士のフリッシュマン氏に連絡が行ったそうです。

当時、ゴキブリが殺虫剤に対する耐性を獲得していたというだけでなく、コンバットは設置型の殺虫剤であるという点でもそれまでのものとは異なる特徴を有していました。黒い円盤の中にはゴキブリが好きなオートミールクッキーのような味の誘引剤が入っており、これでゴキブリを引き付けることが可能です。コンバットの効果を確認する研究では、コンバット内の殺虫剤を食べたゴキブリは全体の25%だったものの、死亡率は100%であることが確認されています。



さらに、コンバットで利用される殺虫剤は遅効性の毒物であるため、ゴキブリが巣に戻ってから他のゴキブリに毒性を感染させることで、殺虫剤を食べていないゴキブリを殺すことができることも明らかになりました。殺虫剤を食べていないゴキブリが毒に感染する主なルートは「ゴキブリのふん」で、これはゴキブリが他のゴキブリのふんを食べるためです。実際、ゴキブリが幼虫にふんを与えることが知られるようになったのは、コンバットの研究以降です。

他にも、ゴキブリがエサを吐き戻し、この吐しゃ物を他のゴキブリが食べることで毒に感染するというケースもあります。さらに、ゴキブリは別のゴキブリの死体を食べため、ここから感染が拡大するというケースもあります。



フリッシュマン氏はゴキブリ用にマイナーチェンジされたコンバットのプロトタイプをレストランやダイバーなどで実験し始めました。実際、小さなダイナーでゴキブリを見つけたフリッシュマン氏がコンバットの中に入っている殺虫剤を設置したところ、ゴキブリがそれを食い荒らしていったそうです。

フリッシュマン氏はコンバットをテキサスやジョージア、ニューヨークなどさまざまな地域で開催されるイベントでお披露目し、最終的には国会議事堂でもコンバットが利用されるようになります。コンバットの反響を受け、American CyanamidはコンバットのテレビCMを放送するにまで至りました。

American Cyanamid製コンバットの当時の広告



コンバットの活躍によりアメリカ全土でゴキブリの数が確実に減少します。実際、1988年から1999年にかけて、連邦政府の建物宛てに送られたゴキブリに関する苦情の件数は、なんと93%も減少したそうです。また、1991年に公開されたニューヨーク・タイムズの記事では、ニューヨークの住宅当局が「今では誰もが『ゴキブリはどこに行っちゃったの?』と言っている」と発言しており、ゴキブリの数が激減したことがうかがえます。

コンバットにより一気に激減したゴキブリですが、近年はコンバットに対する耐性を身に付けつつあると指摘されています。ゴキブリはコンバットに対する生物学的耐性を獲得することはできませんでしたが、行動的抵抗力を発揮することで、コンバットによる脅威に対抗している模様。ゴキブリは基本的に甘い食べ物を好まなくなり、これによりコンバットの中の殺虫剤を好んで食べる個体が減っているそうです。

その結果、ゴキブリは確実に一時期よりも個体数を増やしていると考えられています。害虫管理協会によると、ゴキブリの兆候が見られた世帯数は2011年時点では推定1310万世帯だったのに対して、2021年には1450万世帯にまで増えています。