■検察の動きばかりで、法律の欠陥を報じない大手マスコミ

自民党安倍派(清和政策研究会)が開催した政治資金パーティーで、所属議員がノルマを超えてパーティー券を販売した分が議員側に還流され、その分が派閥の収支報告書にも、議員の収支報告書にも記載されず「裏金」にされていた問題。安倍派の裏金は直近5年間で計5億円規模に上るとされ、還流を受けた議員の氏名、裏金を受領した金額が次々と報じられ、安倍派の閣僚4人、副大臣5人は辞任に追い込まれた。

12月19日、東京地検特捜部は、安倍派の事務所と、同様に政治資金パーティーの収入の過少記入の疑いがある二階派(志帥会)の事務所に対する捜索差押を行い、安倍派では歴代事務総長の国会議員の聴取、二階派では、所属国会議員の秘書の聴取が報じられるなど、捜査は新たな局面を迎えている。

写真=時事通信フォト
「清和政策研究会」(安倍派)事務所の家宅捜索に向かう東京地検特捜部の係官ら=2023年12月19日午前、東京都千代田区 - 写真=時事通信フォト

私は、かねてから、ネット記事寄稿等で、所属議員個人にわたった「裏金」について、現行法での処罰は困難であること、この「大穴」を塞ぐ政治資金規正法の改正が必要だと訴えてきた。しかしながら、在京の地上波テレビや大手紙の報道は、検察や議員個々人の動きに関するものばかりで、「大穴」の問題を取り上げた社はまったくない。

政治資金規正法の「大穴」というのは、次のようなものだ。

■政治資金規正法は裏金を“黙認”している

「裏金の授受」は、受領した事実を記載しない収支報告書を作成・提出する行為が不記載罪・虚偽記入罪などにあたるのであり、授受自体は犯罪にならない。

国会議員の場合、個人の資金管理団体のほかに、自身が代表を務める政党支部があり、そのほかにも複数の関連政治団体があるのが一般的だ。裏金というのは、領収書も渡さず、いずれの団体の政治資金収支報告書にも記載しないことを前提にやりとりする。そういうカネだから、通常は、それが議員ごとに複数ある関連政治団体のどこに帰属するものなのか、などということは考えないで受けとる。

ノルマを超えたパーティー券収入の還流についても、議員側は収支報告書に記載しないよう派閥から指示されて現金で提供され、その「裏金」が議員個人の手元にとどまっている以上、どの団体の収入とすべきか判然としない。どの収支報告書に記載すべきだったのか特定できない以上、虚偽記入罪は成立せず、不可罰となる可能性が高い。

■ロンブー淳さんに「法律の穴」を解説すると…

「裏金」のやりとりは、政治資金の収支を公開し、国民の監視に委ねるという政治資金規正法の目的に著しく反する行為なのに、パーティー券収入の裏金を受領した議員側の処罰が困難である。それは、企業・団体献金の受け皿となる政党支部を含め、国会議員に複数の「財布」の存在を認め、収支報告書の作成・提出を個々の団体の会計責任者に負わせている現行制度の構造的な欠陥であり、それを是正する抜本的な制度改正が不可欠なのである。

この続きは12月7日に寄稿したプレジデントオンライン〈日本の法律は「政治家の裏金」を黙認している……「令和のリクルート事件」でも自民党議員が逮捕されない理由〉に詳しいが、その後も12月8日に、ビデオニュースの神保哲生氏によるインタビューを受け、〈パーティ券問題の本質は抜け穴だらけの政治資金規正法とこれを正そうとしない立法府の姿勢にある〉の名で動画が公開された。なお同日には、議員会館で田中真紀子氏夫妻と今回の問題についての緊急記者会見も開いている。

12月13日にはBS-TBS『報道1930』に、15日にはテレビ朝日のネット番組Abema Primeに出演。翌日には、文化放送『ロンドンブーツ1号2号田村淳のNewsCLUB』に呼ばれ、人気タレントの田村淳さんに「ザル法の真ん中に空いた大穴」について話をした。淳さんは今回の「政治とカネ」の問題に強い関心を持っており、政治資金規正法が抱える構造的な欠陥についての私の説明に熱心に耳を傾けていた。

■元検事を相手に「対等以上の議論」をしていた

私が驚いたのは、法律の「素人」であるロンブー淳さんがその後出演したAbema Primeで、元検事を相手に「対等以上の議論」を繰り広げたことだ。以下は、政治資金パーティー裏金問題をめぐり、淳さんと元検事で弁護士の高井康行氏で交わされた激論の様子を、Abemaの了解を得て一部を引用する。

Abema Prime《【強制捜査】特報部の本気度は? 大物議員の逮捕は? メディアの報道は迷惑? 国を護れる政治家とは? 元検事&田村淳》(12月20日)

【田村淳(以下、淳)】特捜の方がこれだけ動くということは何かしらの証拠というか、確固たるものがあるから動き出しているんだろうなと思いますが、特捜が動いたことをきっかけに、政治資金規正法に元々開けられている大きな穴をみんなで埋めるという作業をしないと、ずっと同じことの繰り返しだと思う(中略)。

これだけ大きな穴があって、これだけ自由にお金の出入りができるということを踏まえた上で僕はしっかりと国民が見張って、穴おかしいじゃないか、穴をちゃんと埋めろよ、という声を上げ続けないとダメだなと思ったんですね。

ここで淳さんが言っている「穴」というのは、ラジオ番組で私から聞いた「裏金受領議員が処罰できない『大穴』」のことであろう。

それに続いて、司会者から紹介された高井氏はこう返す。

■裏金をもらった議員は「逃げ切るんじゃないか」

【高井康行(以下、高井)】今回の事件は穴が開いているから起きているわけではないんですよ。穴を全部埋めたとしても、そもそも法律を守ろうという意識がなければ、ダメなわけで。

【淳】穴がちゃんと埋まっている状態であれば今みたいにこんな、悪いのか悪くないのか国民がジャッジできないような曖昧なバランスにならない。今僕は、あの人たち(裏金を受領した自民党議員=編集部注)って記載ミスとか逃げ切るんじゃないかなと思って僕は見ているんですけど、それは穴があるからじゃないんですか。

高井氏は、その「穴」のことを認識していないのか、話がかみ合っていない。その後、お笑い芸人のパトリック・ハーランさんが、冒頭の淳さんの「法律の穴」に関する発言に関連して、「政策活動費」について、以下のように高井氏に質問する。

【パトリック・ハーラン(以下、パックン)】政策活動費は報告しなくていいというのは、穴じゃないんですか。

【高井】それは穴じゃないです。いいですか、政策活動費というのは政治資金規正法の話ではなくて、政党助成法の話なんです。だから政党助成法ではね、そもそも4条にね、国は政党助成金を渡すときにね、使途を制限してはいけないと書いてあるのです。使う側の政党についてはね、適切に使いなさいとしか書いていないんです。

【パックン】だからそれが穴だという見方ですよ。

写真=iStock.com/nito100
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/nito100

■「電子マネーに全部するとか、足がちゃんと付くようにとか」

なお、政策活動費が政治資金規正法ではなく政党助成法の話だというのはまったくの誤りである。政策活動費などの「領収書のいらない政治資金」は、政治資金規正法21条の2第2項の規定に基づくものであり、政党助成法は関係ない。そもそも、政党から政治家個人への寄附が許容されていることは、原資が政党交付金であろうとなかろうと同じである。

【淳】それ穴でしょ。それを変えない限りは、(ずっと繰り返される)穴じゃないですか。

【高井】穴と言うためにはもっと大きいんだよ。

【淳】いや、穴がちっちゃいか大きいかはそれぞれの主観だからどうだっていいけど、穴を埋めないともう一回これ起きちゃうよね、という僕の最初の感想はだからやっぱり合ってるな、と今の話を聞いても思います(中略)。

政治家にまつわるすべてのお金の法律に関して穴がいっぱいあるから、それは電子マネーに全部するとか、足がちゃんと付くようにとか、どういうルールになるかわからないけど、今のルールのまま見過ごしちゃダメだよね、というのが僕の感想。

【高井】まあ、そういう意見はあるでしょうね。一方で政治家の政治にはカネがかかるというのは事実だから、そんなに縛っていいのか、という話もあります(中略)。

■素人であるにもかかわらず、堂々とわたり合っていた

【パックン】本当にお金がかかるんだったら仕方ないと思うんですよ。でも例えば社員が、この企業のための活動にお金がかかりますよ、って言われたら、わかりました、じゃあ領収書切ってあとで全部明細を見せてくださいって、上司が言うんじゃないですか。

その、報告しなくていいことになっているのが僕は穴だと思いますし、それが本当にかかるんだったらわかった、見せてくれよ、と言う義務、責任があると思うんですよ。

責任というか、権利があると思うんです。僕、国民じゃないんですけど、納税者です。僕のお金がどこに使われているか教えてくれよと思いますよ。

【高井】まあそういう見方もあると思いますが、政党、政治活動の中にはね、領収書を要求できない場合もありますよね。

【パックン】でもそれ、社員だったら立て替えできないですよ。社員だったら後で返してもらえませんよ、領収書がない場合は。何で政治家と社員が違うの。

【高井】社員と政治活動、事業活動と政治活動をまったく同列に論じることに僕は問題があると思いますよ。

【パックン】国民がそれに納得するかどうかですよ。

淳さんの「政治資金規正法の穴」についての発言が、パックンから高井氏への「素朴な疑問」による質問を誘発した。法律の素人であるにもかかわらず、怯むことなく、堂々と法律の専門家とわたり合っていた。

これは、今回の問題を報じるメディアにとっても必要な姿勢なのではなかろうか。

■大手メディアが法の欠陥を報じない事情

今回のパーティー券裏金事件を契機に、このような「大穴」を塞ぐ政治資金制度の「根幹治療」を求める声が主要メディアから上がらないのはなぜか。そこには、検察という司法権力とメディアとの関係をめぐる問題がある。

その最大の理由は、在京主要メディアは、「大穴」を指摘することによって検察捜査に水を差すことになると考えているからであろう。

今回の政治資金パーティー裏金事件については、「東京地検特捜部が、全国から数十人の応援検事を動員して、異例の大規模体制で捜査を行っており、検察は本気だ」ということが、繰り返し報じられており、それによって、国民の間に、「国会議員が相当数起訴される、逮捕者も出る」という期待が膨らんでいる。

もし、ここで、「政治資金規正法には大穴が空いており、裏金受領議員の処罰は困難」という話が出てきて、それが否定できなくなると、これまでの「検察捜査への期待」が一気にしぼむだけでなく、そのような法の欠陥があるのであれば、なぜ、検察は大規模捜査体制で捜査に臨んだりしているのか、なぜ「斬れない刀」で攻め込もうとしているのか、と検察の姿勢にも疑問が生じかねないことになる。

■検察の「従軍記者」のようになっている

「大穴」の問題に触れることなく、「日本最強の捜査機関」の東京地検特捜部が、政治資金規正法違反事件として処罰できるかのように報道されていれば、世の中の関心は、「検察当局の方針と判断」に向けられる。メディアが検察当局からの情報提供(リーク)を報道していくことで、検察の威信は保たれ、在京主要メディアの「プライオリティー」も維持できる。

もともと、司法クラブを中心とする「司法メディア」は、検察という軍隊の「従軍記者」のような存在だ。従軍記者にとっては「軍の華々しい戦果」を報じることが仕事であり、「実は軍が使おうとしている武器には致命的な欠陥がある」などということを報じたりはしない。

そのような事情から、「ザル法の真ん中に空いた大穴」の問題は、ラジオ、関西ローカルのテレビ、ネット、BS等のメディア等では取り上げられるが、在京主要メディアでは、その問題自体にまったく触れようとしないと考えられる。

写真=iStock.com/microgen
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法を作るのは国会で、検察は、法を「適用」する立場だ。法の欠陥や不備があっても、与えられた武器としての現行法を最大限に活用して事実解明を行い、可能な範囲の事実で起訴して処罰を求めることが、その使命だ。

今回のパーティー券裏金事件についても、「大穴」が空いている政治資金規正法だけでは十分な処罰ができないのであれば、他の法律の活用も考えることになる。

■「領収書不要の金」に対する抵抗感がほぼない

しかし、メディアの役割は、そのような捜査機関とは異なる。検察の価値観を代弁し、その見解をそのまま受け入れ、検察から公式、非公式に提供された情報で事件を報じていくという、「従軍記者」的な役割だけではないはずだ。国民の目線から、「素人」の感覚から、報じられている捜査機関の動きを客観的にとらえ、疑問な点には疑問をぶつけていく姿勢のメディアも必要なはずだ。

しかし、そのような姿勢は、これまでの「特捜事件」と同様に、少なくとも在京の主要メディアにはほとんど見られない。

結局、「裏金」に対する世の中の反発に便乗し、検察捜査で国会議員の逮捕・起訴への期待を煽る方向では夥しい数の報道が行われるが、捜査機関の動きから離れて何が根本的な問題なのかを、考えていこうとする姿勢は希薄だ。

私が指摘する「政治資金規正法の大穴」は刑事処罰に関する実務上の問題なので、自民党議員が認識し、裏金の受領では処罰されないと考えて、それを敢えて行っていたわけではないであろう。寄附収入があれば、何らかの形で、政治資金収支報告書に記載して処理しなければならないとの一般的な認識はあったはずだ。

むしろ、問題は、自民党派閥や国会議員側に「領収書不要の裏金」に対する抵抗感が著しく希薄だったことであり、その根本的な原因は、上記のとおり、政治家個人あての寄附は禁止されているのに、「政党からの寄附」が除外され、党本部から政治家個人に政策活動費などの名目で「領収書不要の裏金」を渡すことが事実上許容されてきたことにある。

議員達の「遵法意識」の欠如を非難するだけでなく、ルールを法目的実現のために実効性のあるものにしていかなければ、本当の意味での問題解決にはならない。」

■今すぐ政治資金規正法の改正が必要だ

拙著『“歪んだ法”に壊される日本 事件・事故の裏側にある「闇」』(KADOKAWA)の冒頭で、私は次のように述べている。

法律は国民を代表する国会で作られる。細かい条文やその解釈は別として、その法律の基本的な内容とその運用を知るのは、国民にとって当然のことだ。「法律は専門ではないので」と逃げている場合ではない。

「仏作って魂入れず」という言葉のように、日本では、法に「魂」が入っていない。法のその根本にある精神や価値が主権者の国民に理解されず、実際の運用も認識されないものになってしまっている。「形」だけは整えられていても、その価値が共有されていない。

法律については「素人」でありながら、「ザル法の真ん中の大穴」という法の欠陥について自分なりに理解し、制度改正の必要性を感じ、国民の声の代弁者として、「専門家の御高説」と正面からわたり合った田村淳さん。国民に近い位置にいる人気タレントにそのような動きが拡がっていくことこそが法に「魂」を入れることにつながるのである。

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郷原 信郎(ごうはら・のぶお)
郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
1955年、島根県生まれ。77年東京大学理学部を卒業後、三井鉱山に入社。80年に司法試験に合格、検事に任官する。2006年に検事を退官し、08年には郷原総合法律事務所を開設。09年名城大学教授に就任、同年10月には総務省顧問に就任した。11年のオリンパスの損失隠し問題では、新日本監査法人が設置した監査検証委員会の委員も務めた。16年4月「組織罰を実現する会」顧問に就任。「両罰規定による組織罰」を提唱する。『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『検察の正義』(ちくま新書)、『思考停止社会 「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)、『「深層」カルロス・ゴーンとの対話 起訴されれば99%超が有罪になる国で』(小学館)など、著書多数。近著に『“歪んだ法”に壊される日本』(KADOKAWA)がある。
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(郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士 郷原 信郎)