世界の電気自動車(EV)市場で日本はどうすればシェアを取れるのか。ジャーナリストの永井隆さんは「普通車では米国、中国の後塵を拝しているが、EVはそもそも軽自動車などの小型車に適している。ここに日本勢が巻き返すチャンスがある」という――。

■EV市場奪回の切り札は「軽」にあり?

三菱自動車工業は新型の軽商用EV(電気自動車)「ミニキャブEV」を12月21日に発売した。2023年度内には、スズキ、ダイハツ、トヨタの3社が共同開発する軽商用EVが発売される。さらにホンダも来春に軽商用EVを市場投入する。小さなEVに、日本メーカーの活路が実はある。

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「小さい車ほど、EVには向いています。特に商用ならば、毎日の走行距離はほぼ決まっている。EV全体では劣勢な日本メーカーだが、小さなEV、特に商用に活路はあります」

「ミニキャブEV」の開発責任者である藤井康輔・三菱自工商品戦略本部チーフ・プロダクト・スペシャリストは話す。

三菱自工は国内で展開するだけではなく、インドネシアの自社工場で23年12月「ミニキャブEV(現地名はL100EV)」の現地生産を始めた。軽規格のEV、すなわち日本製の小さなEVが、アジアの商用車市場に出ていく格好だ。

EVはガソリン車と比べれば、蓄えられるエネルギーの総量は小さい。しかし、ガソリン車の場合、燃焼により発生するエネルギーの8割ほどを熱として捨ててしまっている。一方、EVはリチウムイオン電池に蓄えた電気の8割以上が、モーター駆動を中心に使われる。つまりエネルギー効率において、ガソリン車をEVは圧倒する。

■毎日の通勤や買い物なら軽EVで十分

少ないエネルギーを高効率に使え、エネルギーの消費量も少なくて済む、という点から、EVは軽自動車など小さくて軽い車両に向く特性がある。機構もシンプルであり、走行中には排ガスも地球温暖化の原因である二酸化炭素も一切排出しない。

軽ガソリン車の場合、1回の給油で400kmを走行できるだろう。軽EVを一回の充電で同じように400kmを走らせようとすれば、リチウムイオン電池を数多く搭載しなければならず、高価で重い車両となってしまう。

しかし、1日100km未満の走行なら、高額なEVにはならない。電池の搭載量を減らせるからだ。ガソリン代よりも、電気代のほうが安い。何より、ガソリンスタンドに行く必要もなくなる。電池が減れば、充電時間は短くなり、車両は軽量化でき、走行性能に加えて燃費に当たる電費性能も向上する。

EVは発進時からハイトルクなので、悪路や山道にも向く。つまり、スタンドが撤退したような山間の限界集落でも、軽EVは有効である。生活者の「足」としても、配送といった商用としてもだ。

三菱自工の調べでは、軽商用バンの1日の走行距離は「90km以下」が80%以上を占める。さらに、10年以上も前になるが、スズキが実施した乗用軽のユーザー調査では、「1日の走行距離が20km以下」が大半を占めた。

日本市場ならば、1日の走行ルートが比較的決まっている商用でも、通勤や買い物などに使う乗用であっても、軽自動車の走行距離は100km未満であり、軽EVで対応は可能である。

■ガソリン代の3分の1で同じ距離を走行できる

現実に、昨年6月に発売された日産と三菱自工が共同開発した乗用の軽EVはともにヒットした。日産「サクラ」は今年10月末までに5万4000台、三菱自工「ekクロスEV」は同11月までに1万846台が、それぞれ販売されたのだ。

「ミニキャブEV」は、三菱自工が2011年12月に発売したわが国で唯一の軽商用EV「ミニキャブ・ミーブ」を大幅に改良したもの。

筆者撮影
三菱自動車工業が21日に発表した軽商用EV(電気自動車)の「ミニキャブEV」 - 筆者撮影

電池はGSユアサと三菱商事、三菱自工との合弁会社「リチウムエネジージャパン」(滋賀県栗東市)がつくる、マンガン正極のリチウムイオン電池。

電池容量は20kWh、一充電での航続距離は180km(WLTCモード)。従来の「ミニキャブ・ミーブ」が16kWh、同133kmだったので、容量で約25%、航続距離では約35%、それぞれ向上させた。それでいて、価格は2シーターが従来と同じ243万1000円、4シーターが同3万3000円高い248万6000円(いずれも税込)と、ほぼ据え置いた。

また、ガソリンエンジンの一般的な軽商用バンの燃費を1リッター当たり15kmとすると、15km走行するのに要するガソリン代は現在でおおむね170円。
これに対し「ミニキャブEV」の場合、電気代を30円/kWhとして計算すると、15km走行するのに要する金額は49.9円。ほぼ3割となる。

■日本の軽は「新興国で通用する最高のエコカー」

「ミニキャブ・ミーブ」が発売された12年前なら、わが国はEV市場の先頭を走っていた。日本の量産型EVは、09年夏に発売された三菱自工の「i-MiEV(アイ・ミーブ)」、とスバルの「プラグイン ステラ」と、いずれも軽から始まった。翌10年末には日産はCセグメントの「リーフ」を発売。まさに、日本メーカーは世界のEVを牽引していた。

しかし、現在の日の丸EVは、米テスラやBYDなどの中国メーカーの後塵を拝してしまっている。レースに敗れた原因は複数あるものの、これらは普通サイズ、あるいは大きなサイズのクルマにおいての敗戦である。

軽をはじめ小さなクルマの戦いは、これからだ。

三菱自工に続き、各社から軽商用EVが来春までに発売されていく。さらに、「ミニキャブEV」は、インドネシアでの現地生産が始まっている。電池は、日本で生産したセルを現地でモジュールに組み立てられている。

軽自動車は、日本にだけしかないガラパゴス」とする意見がある一方、「安全性が高い軽規格は、世界でも通用するはず」とする意見は根強い。

現に、インドで約4割のシェアを持つスズキの鈴木修前会長はかつて、「小さなクルマでいいのです、アジアは。身体の大きさは日本人と変わらないのですから。アメリカやヨーロッパの身体の大きな方とは違う。日本が作った軽自動車は、新興国で通用する最高のエコカー」と筆者に話してくれた(プレジデント2012年10月15日号)。

軽の商用EVが、インドネシアで受け入れられるのか否か、試されていく。

■「三輪EV」でインドを攻める日本ベンチャー

もっとも、小さな車両は日本規格の軽自動車だけではない。日本とは異なり、インドやタイ、インドネシアをはじめとするアジアでは、三輪車が数多く走行している。

エネルギー効率の高さを特徴とするEVは内燃機関と比べて機構が単純なだけに、小さくて軽く低速での短距離輸送に利用される三輪には、さらに適している。

スタートアップのテラモーターズ(東京都港区)は、14年に参入したインドのEV三輪車(Eリキシャ)市場で上位5社以内の先頭集団に入っている。

「市場は急成長し、上位5社で頻繁に順位が入れ替わっています」と、テラモーターズの上田晃裕社長。

もともとEリキシャは、鉛電池を駆動源にインドで自然発生的に作られたEV。時速25キロメートルに走行速度が制限されている「L3」と呼ばれるセグメントに入る。ラストワンマイルを担うが、補助金が支給されるリチウムイオン電池搭載車も増えている。

Eリキシャは、19年度(4月〜3月)で約10万台の市場規模があった。コロナ禍に入った20年度も横ばいだったが、21年度は約14.7万台、22年度は約31.5万台と急伸。23年度も場合によっては、「40万台の規模に成長する」(上田氏)という。

■日本を超える“自動車大国”のインド

タイなどと同様に、もともとインドではガソリンエンジンの三輪車が多く走っていた。時速55キロメートルまでの走行が許される「L5」と呼ばれるセグメントで、中長距離用だ。コロナ前までは年間約80万台が国内生産され、このうち20万台がアフリカに輸出されていた。しかし、コロナ禍の影響から20年度には販売が20万台程度に激減してしまう。

逆にEVであるEリキシャの販売は伸びたわけだが、最近ではL5のEVも登場している。21年度の販売台数は9142台だったのが、22年度には約2.6万台と、まだ規模は小さいながら3倍近くに拡大した。L5には鉛電池搭載車はなく、最初からリチウムイオン電池搭載車で始まっている。

写真=iStock.com/naveen0301
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上田氏は「インドにおける三輪車のEV化比率は現在、50%に達しています。
そもそもEVは、Eリキシャのような小さくて軽量な車両に向きます。インドの場合は、都市部の大気汚染が深刻で、EV化を進める必要がある」と話す。

インドの自動車市場(四輪)は、2022年に日本を抜いて、アメリカ、中国に次ぐ世界3位に成長した。22年に日本420万台に対しインドは472万台だった。暦年ではないが、インドにおける22年度の四輪車のEV販売台数は約4.2万台。前年度の約3倍に拡大したが、ガソリンやディーゼルエンジン車が圧倒しEV化率は1%未満だ。

■中距離用のEVを60万円で発売

インド政府は2030年までに、新車販売の30%をEVとする目標を掲げ(当初は30年にすべてをEVにするという触れ込みだった)、EVの普及と国内EV産業の育成とを推進している。三輪車は、タクシーや配送車両などの商用がほとんど。政府は商用EVの普及に力を入れる一方、州によっては商用ガソリン車が乗り入れできない地域を設ける規制の動きも現れている。

こうした事情もあり、インドでは三輪を中心に、EV化が進んでいる。

テラモーターズは、2010年に現会長の徳重徹氏が創業。日本ではEV充電器の設置を展開するが、インドにEリキシャで進出したのは14年。15年から本格参入したが、当初は品質が安定せずに事業は不調だった。そこで、17年からシャーシーやボディーなどの調達先をインドから中国に切り替え、品質を安定させて事業は拡大していく。

工場はインド東部の西ベンガル州コルカタにあり、コロナ前の19年度の販売台数は約1.2万台。前述の通り当時の市場は約10万台だったので、当時の約40社のなかでトップに躍り出ていた。

鉛電池搭載車で始めて、22年からはリチウムイオン電池搭載車を発売した。ちなみに、現在の車両価格は鉛搭載が25万円、リチウムが32万円。リチウム搭載車両は3時間の充電で100〜120km走行可能だ。また、来年にはL5のリチウムイオン電池搭載車両を60万円で発売していく。

提供=テラモーターズ
テラモーターズの新型EV - 提供=テラモーターズ

■テスラとは“真逆”の戦略でシェア拡大を狙う

販売台数は21年度が1.5万台だったのに対し、今期は2万台を見込む。
市場の急拡大により、インドの財閥系 からスタートアップまで参入が相次ぎ、テラモーターズは上位5位内に入る。駅伝に例えるなら、1区の終盤に5人が”団子状態”で先頭集団を形成して走っている状態だろう。

米テスラは富裕層を対象にした高級車からEVの普及を進めた。これに対しテラモーターズは、貧しい人々が稼ぐための小さな商用車両から入った。21年には金融事業を開始。低所得者でもローンでEリキシャを購入できて、タクシーや運送で事業を始められる仕組みを築く。

さらに、22年には日本での事業ノウハウを生かし充電インフラ事業にも着手した。これまでにインド全土で開拓した350社の販社の店頭にも充電器を設置。充電器は欧州方式(CCS2)を採用。

四輪や二輪にも使えるが、同社のEリキシャへの給電料金を一般客よりも安く設定していく考えだ。これにより、ユーザーは競合よりも安く長い距離を走行でき、その分収入は増え、ローンの返済も楽になる。

「車両、金融、そして充電インフラと、3事業を展開するのは当社だけ。相乗効果は大きい」と上田氏。

■テスラを追うのではなく、小さなEVに突破口はある

現在、インド事業は22年度で30億円の売り上げで黒字化している。今期の売上高は35億円を見込む。

リチウムイオン電池(主にリン酸鉄)は中国からセルを輸入してインドでモジュールに組み付けている。来年にはボディーやシャーシーも、中国ではなくインドで生産していく。
市場の爆発的な拡大に対応し3事業を拡充するため、来年には米ナスダックに上場する計画だ。

上田氏は1985年生まれ。桃山学院大学を卒業し、シャープ入社。サウジアラビアなどに駐在し中近東・アフリカでの家電事業拡大に従事。15年3月にテラモーターズに入社しアジア4カ国統括部長を経て、19年10月に二代目社長に就任。インド事業を担っている。

上田氏は言う。

「インドでの日本企業への信頼度は高い。『日本の会社です』と話すと、信用してもらえます。スズキをはじめ、日本企業のこれまでの活動が評価されているためです。

ただし今、インドEV市場では、韓国の現代自動車や中国BYDの動きは速く、日本の自動車メーカーは、このままでは”ヤバい”状態になってしまう。日本の自動車産業が、電機産業と同じように沈んでいったなら一大事です。テラモーターズは小さなEVをもって、インドに続きタイにも近く進出していきます。日本のモノづくりが、世界で負けるわけにはいかない」

テスラやBYDを追うだけではなく、「小さなEV」に日本メーカーの突破口があるのではないか。

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永井 隆(ながい・たかし)
ジャーナリスト
1958年、群馬県生まれ。明治大学経営学部卒業。東京タイムズ記者を経て、1992年フリーとして独立。現在、雑誌や新聞、ウェブで取材執筆活動をおこなう。著書に『日本のビールは世界一うまい!』(筑摩書房)、『キリンを作った男』(プレジデント社)、『移民解禁』(毎日新聞出版)、『EVウォーズ』『アサヒビール30年目の逆襲』『サントリー対キリン』『ビール15年戦争』『ビール最終戦争』『人事と出世の方程式』(日本経済新聞出版社)、『究極にうまいクラフトビールをつくる』(新潮社)、『国産エコ技術の突破力!』(技術評論社)、『敗れざるサラリーマンたち』(講談社)、『一身上の都合』(SBクリエイティブ)、『現場力』(PHP研究所)などがある。
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(ジャーナリスト 永井 隆)