解任後、OpenAIのCEOに電撃的に復帰したサム・アルトマン(左)と、マイクロソフトのCEO、サティア・ナデラ(写真:Bloomberg)

突然のサム・アルトマンCEO解任騒動から始まったOpenAIのお家騒動は、驚くほど早い展開を見せ、いったんはマイクロソフトにアルトマンなどOpenAI幹部や開発者たちが移籍、新たなAI開発チームを編成するに至りそうだったが、さらにその後、アルトマンがOpenAIのCEOに復帰した。

結末が見えないどんでん返しの連続で、大きな役割を果たしたのがOpenAIに巨額出資をするマイクロソフトだが、今回の件は同社にとってはひとまず理想的な着地になったと言える。

「コトは収まった」が構造は変化せず

アルトマンがCEOに復帰したことで、OpenAIから上級幹部や開発者たちが離脱する騒ぎは収まった。単純にOpenAIの開発チームだけでいえば、元の鞘に収まったとも言えるが、実際にはお家騒動以前とは異なる面もある。

まず、「以前と変わっていない」部分から言及していこう。

以前も言及したように、OpenAIは特殊な法人格を有し、その特殊性を維持しながらも、民間の営利企業から資金を調達するために、あまり合理的には思えない構造になっている。


構造の頂点にあるのは、非営利の研究開発組織OpenAIで、そのすべての判断は理事会に委ねられている。他の非営利、あるいは、学校法人などでも見られることだが、株主からの圧力を受けないことが利点だ。

一方で団体・組織の利害にかかわらず、その運営理念、目的などで意見が分かれた際には、突然のクーデターも起こりうる。まさにアルトマン解任騒動がそれだ。

理事会が強い権限を持っている構造

OpenAIは、完全子会社のOpenAI GP LLC傘下に営利企業であるOpenAI Global LLC(利益上限付企業)を擁している。一部の投資家や企業、従業員なども少数のGlobal LLC株式を保有しているが、大多数はOpenAI GP傘下の純粋持ち株会社が保有しており、実質的にはOpenAIの完全支配下である。

そして、マイクロソフトやベンチャーキャピタルなどが出資しているのは、営利企業であるOpenAI Globalに対してだ。

「OpenAIの株主たち」が今回の事態を事前に察知できず、意見する手段さえ持たなかったのは、OpenAIの意思決定、統治に関与できる者が、この特殊構造のために(当時6人の)理事以外にいなかったからに他ならない。

今回、元の鞘に収まったと言われるのは、この構造に変化がないためだが、変化した部分もある。

今回の件を受けて、OpenAIは理事会のメンバーを入れ替え、経営陣は理事会から抜けた。もはやアルトマン、そして、OpenAIのチーフ・サイエンティストで、今回のアルトマン更迭に同意していたイリア・サツキバーなど共同創業者たちは理事会に残っていない。


(出所:OpenAIや報道などを基に東洋経済オンライン編集部作成)

同時に誰からも監視されてこなかった理事会に、最大の支援者であるマイクロソフトをオブザーバーとして迎え入れる。議決権はないが、オブザーバーとはいえ、完全なる密室で行われてきたOpenAIの理事会に監視の眼が光ることになる。この違いは、小さいものではない。

OpenAIが内部規定では「理事会メンバーはほかの理事を選出・解任する独占権を有し、理事会の規模も決定できる」となっているが、オブザーバーについてその役割も何も規定していないため、現時点でマイクロソフトがどのような役割が果たせるかは未知数ではある。

だが、マイクロソフトがオブザーバーになることで、完全なる密室でその動きが見えない(騒動が落ち着いた現在でさえ、分裂や元鞘に収まった経緯に関する詳細は不明なままだ)OpenAI理事会の意思決定が可視化されるのは間違いない。

マイクロソフトは理事会での動きを察知するだけでなく、必要であれば意見を述べ、他のステークホルダーと情報を共有する機会も得られるかもしれない。

引き続き理事会がOpenAIにとって唯一絶対の最高機関であることに変わりはないが、内部規定では諮問委員会を設置し、理事会に勧告を発することを可能としている。最終的な決定権は持たないものの、不穏な、そして急峻な動きに対して干渉する役割は果たせるだろう。

OpenAIの「受け皿」になることのリスク

もう少しでOpenAIの精鋭たちを手に入れることができたマイクロソフトのさティア・ナデラCEOは、さぞ残念がっていると想像するかもしれないが、筆者はむしろマイクロソフトにとって「理想的な結末」だったと考える。

それはマイクロソフトがOpenAIの直接的な受け皿になることに、潜在的なリスクがあるためだ。

今回の騒動で最も名を上げたのはサティアであることは間違いない。巨額を投じたOpenAIのお家騒動にあからさまな不快感を示すことなく、冷静に対応した上で、優秀なチームに手を差し伸べて将来を約束し、さらには元鞘に戻ることになっても、けっして責めることなく引き続きの支援を表明している。

アルトマンだけではなく、OpenAIの多くの幹部、いやAGI(汎用人工知能)の開発を目指す多くの研究者、開発者たちは一様にサティア氏への信頼の念を抱いたに違いない。マイクロソフトにとっては、「ほぼOpenAI」を手にするよりも、OpenAI、及びその周辺の開発コミュニティから、大きな信頼を得られたことのほうが大きな意味を持つ。

一方、マイクロソフトが、アルトマンを中心としたOpenAIの開発チームを自社に迎え入れていたらどうなっていただろうか。

もちろん、悪くない話だ。敵対的に買収してチームを入手するわけではなく、空中分解しているチームをその直前で救うのだから、チームそのものもマイクロソフトに信頼を寄せたに違いない。

しかし、実際に直接的な受け皿となった場合、そこには独占禁止法違反に問われるリスクが高まる可能性があった。すでにマイクロソフトとOpenAIの関係については、イギリスの競争・市場庁が調査を開始したとの報道があるほか、アメリカの連邦取引委員会も予備的な調査を始めているとされる。

マイクロソフト社長のブラッド・スミスは、「(お家騒動前との)唯一の変化はOpenAIの理事会に議決権を持たないオブザーバーとして参加するようになることだけで、グーグルが(AI企業の)ディープマインド・テクノロジーズを完全買収したこととは比較にすらならない」とコメントしている。もし(結果的にとはいえ)OpenAIのチームを引き抜く形になっていれば、マイクロソフトは別のピンチを切り抜ける必要があっただろう。

OpenAIとのつながりを持つことの利点

各国の規制当局における独禁法にまつわる事情を除いたとしても、今回の決着はマイクロソフトにとって「ほどよい」着地点となったのではないか。

OpenAIに対して10億ドルを出資した際、ナデラは「強い責任感のもとで最先端のAI研究を推進し、すべての人類が等しくAIを利用できる民主的な未来を目指す共通の野心の下、提携した」とコメントしていた。AIの公共性を強く意識した発言であり、その後のAI関連の発表でも同様の配慮を強く感じていたのは、筆者だけではないだろう。

OpenAIの開発チームを構成する大多数の幹部や研究者にとっての目的は、すべての人類に等しくAGIを提供することであって、商業利用の推進はそれを果たすための手段でしかない(それゆえに完成したAGIは、どんな大株主に対してもライセンスされない)。

営利を求めないことが、根源にあるコンセプトを実現するために必要なことであるにもかかわらず、営利を求めなければ実現にはたどり着けない。この「捻れ構造」を受け入れたのがマイクロソフトだった。

マイクロソフトが「求めている」ものは何か

ではなぜマイクロソフトは、それを受け入れたのか。

マイクロソフトが求めているのは、おそらくOpenAIが生み出すAGIそのものではなく、OpenAIがAGIを求めて技術開発を進めていく過程で生み出す技術の、自社製品、サービスへの応用だからだ。

OpenAIが掲げている理想が実現、すなわち、すべての人類にAGIが平等に提供されるようになった場合、世の中のビジネスモデル、社会的な構造は大きく変化し、国家間のパワーバランスなども変わるかもしれない。

そうした予測できない社会での成果物ではなく、AGIに近づく中で生まれる有益な技術を実用的な道具として取り入れることのほうがマイクロソフトにとっては理にかなっている。

そして、その目的を果たすためには、OpenAI開発チームが持つパフォーマンスを最大限に引き出せる環境を与えることが望ましい。マイクロソフトにとって、OpenAIの開発チームが元鞘に収まることは、自社に取り込むよりもずっと好ましいことなのだ。


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(本田 雅一 : ITジャーナリスト)