本格カレーブームの先駆けとして知られる、南インド料理の名店「エリックサウス」総料理長の稲田俊輔さん。グルメエッセイや小説でも知られている稲田さんの最新作『お客さん物語ー飲食店の舞台裏と料理人の本音ー』(新潮社刊)では、飲食店をもっと楽しむためのヒントとコツが紹介されています。

大人気料理店の総料理長に聞いた!「飲食店の楽しみ方」

今回は、お店探しの迷子や行きつけの店ができない…そんな悩みが吹き飛ぶ、楽しくて役に立つお話を稲田さんに伺いしました。

●失敗することで、見つかる楽しみがある!

――今回の著書『お客さん物語ー飲食店の舞台裏と料理人の本音ー』では、飲食店の店主としてだけではなく、お客さんとしての視点も描かれていて、飲食店の楽しみ方を多方面から教えてくれる本ですが、どんな思いがこめられているのでしょうか?

稲田俊輔さん(以下、稲田):この本は、“飲食店をもっと楽しむためのマニュアル”にもなれば、と思って書いた本です。今の風潮として、なににせよ「失敗したくない」という気持ちが強い時代ですよね。だからお店選びでも、グルメサイトでメチャクチャ調べあげて、「ここなら外さない」って思わないと行かない、おいしいって確信できないと行かない、ってなりがちだったりします。

でも、それではもったいない! と僕は思っているんです。最初はどんな店でも違和感を覚えるくらいが当たり前です。失敗を恐れずとまでは言わないけど、失敗も含んだうえで、いろいろ経験すると楽しいのになぁ、と思う。だから、皆さんにも経験を積んで、自分にとってのいいお店を見つけて欲しい。そんな思いを込めて書きました。

――初めて入るお店だと、振る舞いに関して悩んでしまう方も多いのかなと思うのですが、なにか過ごし方のコツはあるのでしょうか?

稲田:まず、そのお店がどういう世界をつくり出そうとしているのかを理解することが大事です。少なくとも最初はなるべくお店に自分の身を委ねてみて欲しい。自分の価値観とか今までの楽しみ方とかを一旦忘れて、なるべくフラットにして、そのお店の世界観に身を任せてみてください。

たとえば、コース料理をおすすめしているお店なら、素直にコースを頼んでみる。お店の人におすすめはなにかを聞いてみるのもいいと思います。ただ、料理のことは基本的には店主とか料理人じゃないと分からないことが多いので、ちゃんと分かりそうな人か、厨房に聞いてくれる人など、聞く人を見定めてくださいね。

もしパッとおすすめが出てこないようなら、「さっぱりしたものがいい」など、今日の自分が食べたいものを伝えるとか、少し「自分の情報を出す」というのも手です。

●飲食店は「舞台」。別の人生を演じてみるのも手

――初めて訪れたお店だと、居心地悪さなど感じてしまう場合もあるかと思いますが、そういうときはどうしたらいいでしょうか。

稲田:「このお店合わないな」と思うということは、そのお店の個性が強いということでもあるので、思わぬ発見があるかもしれません。チェーン店では味わえない、“クセ”の強さや、心に残る感じをポジティブに楽しんでみてください。もしかしたら、怖そうな店主がふとした瞬間にすごくチャーミングかもしれない。それを発見したらうれしくなってしまうはずです。

あとは自分も「このお店だったらこのキャラでいこう」とか、お店を「舞台」だと考えて、自分が役者的に演じてみるのもいいですね。高級レストランならお嬢さまを気取ってみて、寿司屋なら粋な人、居酒屋ならおおらかな人とか、舞台の一部になりきってみる。そうすると、飲食店ごとに何種類もの人生を生きられることにもなるし、楽しいじゃないですか。

失敗したくないというのは、裏を返すと、あなたはあなたらしくいればいいんだよってことかもしれませんが、相手に合わせるということもなくなってしまう。相手に合わせることはストレスにもなるかもしれないけど、そのストレスを楽しむモードに自分で切り替えることは難しくないと思います。

――コツは、飲食店を自分にとっての「サードプレイス(家庭でも職場でもない場所)」にすることなんですね。

稲田:そうです! 最初はキャラをつくっていても、そこに慣れて素を出していける店も出てくる。自分を出せるような店というのは、一生通い続けるようなお店です。

僕は新しい店を1回だけのために探すことはあり得なくて、今後の人生で自分が通い続けられるお店を一軒でも多く増やすために行くんです。だから、もしかすると自が出せるようになったというのは、お店で演じていたキャラクターの方に自分が変わっていったのかもしれない。

そう過ごしているうちに、どこまでが演技で、どこからが自なのか、区別がなくなっていきます。最終的にはそうやって自分らしく落ち着いて楽しめる店になるし、それがたくさんあると人生が豊かになると思いますよ。

●何度も通うチェーン店も「行きつけの店」!

――飲食店で居心地よく過ごすには、少しステップが必要ということでしょうか?

稲田:う〜ん…寛容さかな、と思います。気持ちの余裕みたいなところを深くすればするほど楽しめる。だから、絶対やって欲しくないのが、「減点法」でお店を評価すること。加点法でおもしろいところを見つけていって欲しいんです。その方がずっと楽しいですから。

たとえば、レビューサイトで「しょっぱい」なんて書いてあったら、個性があるということの表れでもありますから、僕は興味持ちます。だって、しょっぱいものが好きな人にとっては、待ちに待ったいい店ということになるでしょう? 同じことを言っていても、評価は自分次第なわけです。

――自分が心地よく入れるために、「行きつけの店」を探す方も多いと思うのですが、どうやって探すのがいいのでしょうか?

稲田:世間の「行きつけの店」という概念に対するハードルが高い気がします。「マスター、久しぶり、いつもの」みたいな(笑)。そういうベタベタな店のことを、本の中では「カウンターが濃い店」と呼んでいますが、そういうことではなくて、週に何度も通うチェーンのコーヒー店だって行きつけであるし、お店の人とひと言も会話しない行きつけの店だってあります。

自分が抵抗なくいつでも行きたいときにいける店が行きつけだと思うので、それがたくさんあればいいと思います。お店の人とコミュニケーションしたければしてもいいし、もっとドライでもいい。自分にとってのまさに“サードプレイス”。居心地がよくて、日常と非日常の境目みたいなところで立ち寄れる場所は欲しいですね。