2017年に登場した京王5000系は、ロングシートとクロスシートを変換するデュアルシートを装備して、通勤輸送から「京王ライナー」までこなす車両です。うち第7編成にはある機能が付いており、ゆえに世界唯一の座席となっています。

なぜリクライニング機能を設けたのか

 京王電鉄のフラッグシップ車両は、2017(平成29)年に登場した「京王ライナー」などに使われる5000系電車でしょう。「名車」と讃えられた先代5000系電車の名前を受け継ぐ力が込められた車両といえます。
 
 京王は通勤輸送に加え、高尾山などへの観光輸送を担います。先代5000系は観光輸送を念頭に「2扉クロスシート車」が検討されましたが、通勤ラッシュとの両立が難しく断念されました。これに対し、2代目5000系はロングシートとクロスシートを変換できる「デュアルシート」を採用。有料座席指定サービスも可能とし、観光輸送にも対応しました。


京王5000系電車の第7編成(5737F)。デュアルシートかつリクライニングシートでもある(安藤昌季撮影)。

 そして、2022年に登場したこの5000系の第7編成(5737F)では初めて「リクライニング機能」を備えました。それまでもドリンクホルダーを設置したり、小テーブルや肘掛けに工夫を施したりして快適性を上げてきましたが、そもそもデュアルシート自体が日本だけの存在。第7編成(5737F)はリクライニング機能の付加により、世界唯一の座席となったのです。

 なぜそのような座席を開発したのか、筆者(安藤昌季:乗りものライター)は京王電鉄 車両電気部 車両計画改良担当 主任技術員の小俣勝芳氏にお話を伺いました。

――なぜ、リクライニング機能を付けたのでしょうか?

 5000系は「京王ライナー」として運行し、お客様からご好評をいただいております。その一方で「クロスシート時にリクライニング機能が欲しい」「ロングシート時はほかの通勤車両より通路が狭く、座席間に3人立つと窮屈で通れない」との声もいただきました。車体を担当する総合車両製作所様、座席を担当するコイト電工様と座席の構造を見直しました。

え、通路が窮屈とは?

――通路が窮屈になるとはどういうことでしょうか?

 第6編成(5736F)までの5000系は背もたれに10度の傾斜を付けており、傾斜のぶん座席が前にせり出すことで通路が狭いのです。ロングシートモード時はラッシュ時でも運用される車両ですから、改善が必要と考えました。

――リクライニング機能で背もたれ角度を変更できれば、傾斜を減らせますね。

 そうです。約2年半、座席構造の検証を重ねました。脚台を小型化しつつ、ロングシート時に背ずりの角度を既存座席より10度立たせ、壁側に引き込む構造を開発し、通路幅の拡幅を図りました。

――クロスシートモードでの工夫を教えてください。

 車掌や運転士、駅係員の意見を参考に、窓側のお客様が通路に出られるか、ドリンクホルダーに入れた飲み物がこぼれない角度かを考慮しました。座席間隔は1100mm、リクライニング角度は16度に設定しています。もっとリクライニングさせることは可能ですが、リクライニングした際の圧迫感を考えると、現状がベストだと考えています。


京王電鉄 車両電気部 車両計画改良担当 主任技術員の小俣勝芳さん(安藤昌季撮影)。

――実現を検討したものの難しかった部分はありますか?

 デュアルシート車は着席位置で視界に差が出るので、戸袋窓の復活を検討しましたが、車体強度や寿命、車体の素材などを考えると難しく、断念しました。そのぶん、可能な限り大きな窓としています。

 座席背面へのテーブル装備も検討し、装備自体は可能なのですが、弊社の駅には特急専用ホームがありません。列車の折返し時に車内整備をして、開かれたテーブルを折りたたむ時間が取れないため、窓枠を可能な限り広げて、小テーブルとしてサービス改善を図りました。

――ほかにも改良点はあるのでしょうか?

 第6編成(5736F)より、壁面の消火器位置を変更して、ロングシート部に肘掛けを設けました。さらに天井の色を金から白系に変えています。第7編成(5737F)からは開扉中チャイムの機能を追加しました。

今年度にも1編成が登場 気になる仕様は?

――今年度に「リクライニング機能付き5000系」をもう1編成導入されるそうですが、仕様変更はありますか?

 若干の変更を予定しています。登場を楽しみにしてください。

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 インタビュー後、筆者は第7編成(5737F)で運行される京王八王子10時20分発「京王ライナー6号」に乗車しました。この日は休日で、先頭車両10号車の運転席寄り最前列は、親子連れが予約していました。5000系は運転席の後ろに大窓があり、最前列なら座っていても前面が少し見えますが、子どもだと難しいようです。ちなみに、同列車に毎回第7編成が充当されるとは限りません。


車端部はロングシートモードで固定。座席幅はクロスシートより広い505mm(安藤昌季撮影)。

 また、音楽による出迎えが「京王ライナー」の魅力ですが、ボリュームは控えめ。休日の午前中ということで、乗客も多くありませんでした。意外だったのは、好きな座席が選べる状況で、ロングシート部分や景色があまり見えない側扉横の座席をあえて指定している人が多いことでした。

 クロスシートに座ると、新幹線普通車の座席間隔1040mmより広い1100mmのゆとりを実感します。リクライニング角度16度は、東武鉄道の豪華特急「スペーシアX」プレミアムシートと同じで、必要充分に倒れます。座面も滑りにくく、デュアルシート車としては最上位の座り心地。肘掛けの下にくぼみがあり、座席幅が広く取られている工夫もあります。

「京王ライナー6号」は府中駅を出るともう乗車はできず、新宿駅に直行します。乗車していた55名のうち、リクライニング機能を使っていたのは筆者を含めて10名で、認知度はまずまずでしょうか。車内モニターで機能の案内を入れたら、もっと利用されるように感じます。

 下車のみ可能な明大前駅で2名が下車し、新宿駅へ。第7編成(5737F)の快適性は素晴らしいものでした。惜しむらくは「デュアルシート兼リクライニングの5737Fが、いつ運行されるか分からない」ことです。京急のように車両運用を公開すれば、より認知されるのではないでしょうか。