アグネス・チャンさんの3人の息子はスタンフォード大に合格。仕事と子育てを両立した(写真:本人提供)

17歳で日本デビュー後、「ひなげしの花」で大ブレイクしたアグネス・チャンさん。トップアイドルとして活動しつつも、上智大学国際学部を経て、カナダのトロント大学に留学。子どもが生まれてからアメリカのスタンフォード大学博士課程で教育学博士号を取得するなど、学業にも力を入れていたことは有名。そんなアグネスさんは今まで人生の節目節目でお父さんやお母さんの言葉に強く影響を受けたといいます。著書『心に響いた人生50の言葉』の中から一部を再編集して紹介します。

(前回:『スタンフォード合格後に妊娠発覚した彼女の迷い』)

2人の姉と比較されて言われたこと

私は6人きょうだいの4番目で、3姉妹のいちばん下。

3姉妹のうち、上の姉とは5歳、下の姉とは2歳違い。上の姉は美人で有名で、ミスコンみたいな大会に出て、芸能界デビューもしました。2番目の姉は本当に頭が良くて。リーダーシップもあったので先生たちにも可愛がられ、学校ではすごく目立つ存在でした。

そんな2人の姉がいたので、よく親戚に言われたのが、「なんでアグネスはお姉ちゃんたちに似ていないんだろう」って。上の姉が可愛くて、2人目の姉が頭が良くて、アグネスはどうしたんだろう?って。そうすると母は「この子を妊娠したときは一番家計が苦しかったから食べ物が足りなかったんです」って謝るんですよ。

「え? 私は欠陥商品なの?」ってすごくコンプレックスを持っていました。そんなこともあり、子どもの頃は自己肯定感が低かったですね。

それが変わったのが、中学生のときに始めたボランティア活動でした。いろいろな施設に行って、子どもたちと話をしたり、一緒に遊んだり。この活動ですごく性格が変わりました。

みんなの前で話をすることすらできなかったのに、フォークソングクラブで覚えたギターを弾いて、子どもたちに歌を歌ってあげたりしていたんですから。募金を集めようとチャリティーコンサートで歌っているうちに、だんだん話題になり、スカウトマンがうちに何人も来るようになったんです。自分でもびっくりでした。

でも父は大反対。最初にスカウトマンが来たとき、父は包丁持って追い返していました(笑)。でも、しっかり勉強もすることを条件に最終的には許してもらいました。

人気絶頂期に留学を決意

14歳で香港でデビューして、いきなりアイドルになりました。17歳で日本に来て、それもおかげさまで、ヒット歌手の仲間入りをしました。

毎日忙しくて、食べることも、寝ることも満足にできずに働いていました。日本でフル回転で仕事をして、故郷の香港に帰ってもさらに忙しく働いていました。

父はそんな私の姿を見て、怒ってしまったんです。

「このままでは自分を見失います。誰も君のことを知らないカナダへ留学して、頭を冷やしなさい」と父が言い出したのは、私が20歳になったときでした。

仕事が絶好調のときだったので、周りは大反対でした。

そこで父が言った言葉が胸に響きました。

「お金や名声は流れもの、奪われるもの。でも、一度頭の中に入った知識は一生の宝、誰からも奪われない」

という言葉でした。


昨年デビュー50周年を迎え、68歳になった今でもコンサートや講演に飛び回る(写真:本人提供)

「勉強できるときには、ありがたく勉強しなさい」とも言われました。「なるほど」と、そのときは本当に納得しました。

それを信じて、一時期芸能界をやめて、カナダへ留学しました。それが私にとっての人生の大きな転換期だったな、と今までの人生を振り返ってみて実感しています。

そのまま芸能界に残っていたら、今の私はいないと思います。知識を得る楽しさ、大切さをその言葉から学びました。

そして、その通りに大学、大学院へと勉強し続けた結果、芸能界以外の仕事もできるようになり、仕事の幅が広がり、社会活動をするときも周りから信頼されるようになりました。そのおかげで、年を重ねても、自分の世界を持てるようになりました。

父のおかげで向学心が植え付けられ、今も学ぶのが大好きで、新しい知識を得るときはときめきがあります。

もしあのとき、そのまま芸能界に残っていたら、燃え尽きてしまっていたかもしれません。

長く、楽しく、生きるためには、お金や名声にこだわるのではなく、一生の宝である「頭に入る知識」を求めるべきですね。

憎い相手の幸せを祈るということ

ただ、父から言われた言葉のなかで、実行することが難しい言葉もあります。

それは「いじめられたとき、裏切られたときこそ相手の幸せを祈ろう」というものでした。

いじめられたら、悔しいし、できれば仕返しをしたいのが普通です。それなのに、その人の幸せを祈るなんて、とてもできないと思いました。

「憎い相手なのに、どうして幸せを祈るの?」と父に聞くと、「人をいじめる人は、自分の人生が不幸せで、心が狭いことが原因なんだよ。その人が幸せになれば、他に楽しいことがいっぱいあって、あなたのことをかまっている暇がなくなるから」と言っていました。

今ではなんとなく理解できますが、若いときは本当に理解できなかったです。仕返しまではしなくても、涙を流して、「悔しい、悔しい」と思ったりしました。

大学生になって、心理学を学ぶようになって、少しずつ父の言葉が理解できるようになりました。

自己肯定感の低い人は、人をいじめることで優越感を得たり快感を覚えたりします。

とはいえ、その優越感は一時的なものなので、また人をいじめたくなります。その繰り返しで、いじめがエスカレートしていくのです。

でも、もしいじめる人の人生が何かのきっかけで満たされるようになり、自分のことを好きになって、自分を受け止めることができれば、人をいじめて快感を覚える必要がなくなり、もっと前向きに生きることができるのです。

だから、父の言う「その人の幸せを祈る」は正しかったのです。

根本的にいじめっ子を治すためには、その人の心の冷たいところを、愛情で溶かすしかないのです。

それが自分でできるのならいいのですが、そうでなければ、「祈る」しかないですね。決して、積極的な解決法ではありませんが、父の言う通りだと思いました。

母は、父ほど人生の理屈を教えてくれたりはしませんでした。それでも6人の子どもを育てる中で、背中で生き方を教えてくれたと思います。

そんななかで母がいつも口にしていた言葉があります。

「打鉄還需本身硬」

「鉄を打つときには、元の材料の硬さが必要」という意味です。

つまり何をやるにしても、自分の実力が必要という意味です。

他力本願や、何か上手いやり方で物を手に入れるのではなく、自分を鍛えて、実力をつけるのが一番大事、ということです。

母が言う実力とは、必ずしも学力とか、力が強い、といったことだけではないのです。

例えば、長女は可愛いので──それも実力です。それによって俳優になりました。

次女は頭がいいので、医者になればいいと言われ、姉は本当に医者になりました。

私の「実力」は見当たらない時期が長かったのですが、歌が歌えるとわかって以来、それが私の「実力」、と母は確信していたようでした。

母の“厳しさ”

「人に頼らない、人を信じ過ぎない、自分が強くなるのがすべて」、と母は言い切るのです。

「世の中は冷たい、強くないと生き残れない」とも言います。

私は母の意見には必ずしも同意ではないのです。自分の強さも大切ですが、周りの助けと協力がないと大きな成功は難しいと思っています。


でも、確かに自分に実力がなければ、発展することは不可能です。

自分の「長所」を見つけることがとても大切です。

そして、長所を自分の実力に変えるのは、努力次第だと思います。

母は簡単に褒めてはくれません。いつも「あなたはこのくらいで満足なの?」という態度で私たちに接します。

時々褒めてもらいたいと思いますが、さらにその上を要求してくる母の凄さには脱帽します。

「自己満足しないように、もっと硬い鉄になれるはず」という母の厳しさが私たちきょうだいのがんばりの元になっているのは確かです。

自分の長所を見つけ、磨き続ける大切さを教えてくれた母に感謝しています。

アグネス・チャン : 歌手・エッセイスト)