「このあと私、どうしたら…?」御曹司の家でシャワーを浴びた女が、思わず体を強張らせたワケ
◆これまでのあらすじ
外資コンサルティング会社で働く29歳のモモは、婚約破棄を経験してから特定の恋人を作らずにいる。
ある日、上司である真島の大学の後輩・健太郎(31)に出会い、「結婚せずに子どもを持つパートナーが欲しい」と打ち明けられる。健太郎に「考えてみて」と言われ、モモはその価値観と突然の申し出に戸惑いつつも、彼の人柄や想いには好感を持ったのだった。
▶前回:華やかな交友関係を持つ外コン女子が、特定の彼を作らない理由
金曜の夜、22時。私はほどよい時間に帰宅できた自分に満足感を覚えながら、玄関のドアを開けた。
鞄を置いて、浴室へ直行しバスタブにお湯を張る。お風呂の準備ができるまでの間、冷たい水を飲みながらLINEを打つ。
『無事おうちに着いたよ。今日も楽しかった。ありがとう』
『こちらこそー。次回は美味い寿司でも行こう』
今夜は健太郎と仕事帰りに『エシカ』で食事をしてきた。
あれから健太郎は、押しもせず引きもせず、ふたりの関係性についての決定権を私に委ねている。
互いに過度な干渉はせず、適度な距離感を保ちながらたまに会う関係だ。
食事に行っても、遅くまで引き留められることはない。
「もっと一緒にいたいけど、それはモモちゃんの結論が出てからでいい」と健太郎は言う。
好意の押し付けのない健太郎に、私は心地よさを感じている。
― なんか金曜の夜は、健太郎に会いたくなるんだよなぁ。
そんなことをお風呂で考えていると身体が温まってきたので、早めにベッドに潜り込み、甘いまどろみに身をまかせた。
◆
気持ちよく迎えた週末の朝。今日はゴルフコンペで出会った年下男子・丈と初めてのデートだ。
私の行くコンペは仕事関係者が多く、参加者は社長や取締役ばかりで年齢層が高い。同世代の丈を見つけてめずらしいと思ったが、どうやら彼は大手飲料メーカーの御曹司らしい。
帰りの車で一緒になり、昨年末に閉場してしまった明治神宮外苑のゴルフ練習場によく行っていたという話から、「今度あの辺りで食事でも」となったのだ。
豪邸に住む、御曹司かつ起業家の年下男:丈(26)
青山のヴィクトリアゴルフで待ち合わせ、今シーズンのウェアを物色してから近くの『The Burn』へと移動する。
「モモさん、最近はどこでゴルフの練習してるの?」
「室内のシミュレーションゴルフがほとんどかな。都心だと屋外のゴルフ練習場ってなかなか無いから…。丈くんは?」
「僕もそうだったんだけど、…最近引っ越したんだよね」
「実は今、葉山に住んでて。車も買ったから、ゴルフ練習場は好きなところに行き放題」
「そうなんだ!葉山へ引っ越しとは思い切ったね」
「うん、色々あって」
以前会った時には、職場のある渋谷区に住んでいると言っていた。
― 職住隣接が好きって言ってたのに。もしかして…、誰かと一緒に住み始めたとか?
とはいえ、コロナであのあたりは人気が出ていると最近よく聞く。経済的に余裕のある丈だから、新天地を求めて拠点を移したのかもしれない。
事情がわからず、この話を続けていいのか迷っていると、丈が口を開いた。
「その新居、実は一軒家なんだよね。引っ越しが落ち着いて、しばらく暇だったからサウナも作ったんだ。遠くて申し訳ないけど…よかったら、モモさん今度遊びに来ない?」
― 一軒家!?でも遊びに行っていいってことは、一人暮らしなのかな…。
いずれにしても、都心を離れたライフスタイルには興味がある。葉山に一軒家、というのはどんな暮らしなのだろう。
「お誘いありがとう。ぜひ、行ってみたいな」
私の色よい返事に、丈は顔をほころばせた。
◆
秋の空を感じる晴れた日曜日、私は逗子・葉山駅に降り立った。この辺りはドライブで何度か訪れているが、電車の旅はまた新鮮で、近づいてくる海の気配に心が躍った。
この辺りは湘南時間というか、時の流れが穏やかだ。空の青色も、太陽のオレンジの光も、心なしか東京よりも色濃く感じる。
「モモさん!長旅おつかれさま。遠くまで来てくれてありがとう」
出迎えてくれた丈は東京で見る時よりもラフな格好で、リラックスしているように見える。
中目黒の自宅から1時間半の移動で少し疲れを感じていたが、丈はそれを見越してか、ランチに駅近のイタリアン『Pizzeria B』を予約してくれていた。
運ばれてきた色鮮やかな「三浦野菜の窯焼き」を見て、ちょっとした旅行気分が盛り上がる。
ゆったりとしたランチを楽しんだあと、私たちは海岸沿いをドライブしながら丈の家へと向かった。
到着したのは、高台に建つ大きな邸宅。丈はここにひとりで住んでいるのだろうか?
車を寄せると重厚な門が開き、通り抜けるなり背後で閉まる。
家の敷地はとても広く開放的で、周りの邸宅も豪邸ばかりで距離が離れているためか、人の気配を全く感じない。
― 人混みの東京に慣れているからか、なんかドキドキしちゃうな…。
車から降りると、丈に玄関へと案内される。
「モモさん、靴のままでいいから、奥に進んで」
「おじゃまします」
奥へ進むと、突き当たりにエレベーターがある。
ふたりで乗り込み最上階で扉が開くと、目の前に葉山の海岸の景色が広がっていた。
「わぁ…綺麗…!」
「飲み物をとってくるから、よかったら着替えて待ってて」
― そういえば、この後サウナに入れてもらうんだった。ちゃっかり水着も持ってきたけど…。
にぎやかな海ではしゃぐのとは、ワケが違う。
美しい景色を前に、静寂に包まれながら、丈とふたりきり。
この状況で肌を露わにする…。今までに体験したことのないシチュエーションだからか、とても勇気がいった。
戻ってきた丈はテキパキと手際よくサウナの準備を進め、半裸になって薪を焚いたりロウリュをセットしたりしている。
― 私が恥じらっていることなんて、気づいてもないんだろうな…。
気づかれても私の羞恥心が煽られるだけなので、丈が準備に没頭していることにホッとする。
「準備、できたよ。入ろう」
そう言って丈は私の手を引いた。
私は意を決して上着を脱ぎ、丈と共にサウナへと入った。
◆
丈はもともと言葉の少ない方だ。
だからといって彼と一緒にいて退屈ということはなく、私の話を聞いている時はこちらに目を向けて、心地よい相槌を打ってくれる。
そんな丈だが自宅という安心感からか、普段より少し饒舌になり、ぽつりぽつりと自分の話をしてくれた。
大企業の社長の息子として生まれたからといって、縛られた生き方をしているわけではないこと。
自由な思想を持つ家族に恵まれ、感謝していること。
御曹司の肩書に捉われず、今は自分で事業を立ち上げて自立をしていること。
サウナの熱気に朦朧としながらも、他愛のない会話を紡ぎながら心を通わせる。
丈に誘われてサウナを出てプールに頭まで潜りこむと、冷たい水が毛細血管を通って身体の隅々まで行き渡るような心地がした。
― さっきまでの恥じらいはなんだったんだろう。
丈に言われるがままサウナ、プール、外気浴を繰り返し、何もかもがどうでも良くなってしまうような幸福感に満たされる。
体内の血流が良くなり、酸素が脳内へ行き渡り深いリラックス状態になる、サウナトランスの状態だ。
今までに体験した温泉や銭湯でのサウナとは別格だった。
丈が準備してくれたサウナが気持ちいいのはもちろん、葉山の海風と空の高さに心が開放されていく。
一種のトリップのような快感に包まれた状態で、隣に座る丈のことを見つめた。
― これは錯覚…?
今朝はまだ彼に距離を感じていたのに、汗に濡れ、半裸でベンチに身体を委ねている丈のことを、誰よりも近い存在のように感じる。
「モモさん、疲れた?そろそろ出ようか。ひとつ下の階にシャワーがあるから、一緒に下りよう」
丈は私の視線に気づいたのか、優しい声をかけながら、ベンチから立ちあがろうとする私をエスコートしてくれた。
屋上からひとつ下りた階は、プライベートなフロアのようだった。書斎やベッドルームのような部屋がいくつかあり、シャワーはベッドルームの奥にあった。
ただ汗を流すためにシャワーを借りているだけなのだが、ベッドルームに立ち入ってしまったことにドキドキしてしまう。
丈が貸してくれた厚手のタオルは、ふんわりとほのかに良い香りがする。
シャワーを終えてどこにいるべきか戸惑っていると、サウナの片付けを終えた丈がベッドルームにやってきた。
「丈くん、シャワーありがとう」
「もちろん。ドライヤーここに置いておくね。僕もシャワー浴びてくるから、ゆっくりしてて」
そう言って丈はベッド脇のソファスペースにドライヤーを置き、シャワールームへと消えていった。
― この状況…。この後どうするんだろう。
髪を乾かし終えると、丈の浴びているシャワーの音が耳に入ってくる。
それと同時に、階下に人の気配を感じた。かすかだが、足音が聞こえる。
― あれ?この家って、丈くん一人暮らしじゃ…。
すると、足音はだんだんと大きく近づき、はっきりと声がした。
「丈くーん。いるのー?」
▶前回:華やかな交友関係を持つ外コン女子が、特定の彼を作らない理由
▶Next:9月5日 火曜更新予定
ベッドルームにモモひとり。この状況で、丈の部屋にやってきたのは誰?