最近は、離婚も再婚も、珍しいことではなくなった。

それでも、シングルマザーの恋愛や結婚には、まだまだハードルはある。

子育ても、キャリアも、これ以上ないくらい頑張っている。

だけど、恋愛や再婚活は、忙しさや罪悪感からついつい後回しに…。

でも、家族で幸せになりたい、と勇気を持って再婚活に踏み出せば「子どもがかわいそう」「母親なのに…」と何も知らない第三者から責められる。

これは、第2の人生を娘と共に歩む決意をした、東京で生きるシングルマザー沙耶香の物語だ。

◆これまでのあらすじ

第2の人生を娘と共に歩む決意をした、沙耶香(34)。娘の「パパが欲しい」という願いを叶えるため、婚活パーティーに参加したり、妹から紹介を受けたりするも、撃沈し…。

▶前回:「デートのルールを決めようか」38歳男が提案してきた、とんでもないコト




恋愛はもう懲り懲り


「良かった、今日は5分早く着いた!」

月曜日の17時45分。

仕事を終え、美桜の学童の迎えに行っていると、突然背後から「こんにちは」と声をかけられた。

「確か美桜と同じクラスの…」
「雪の母です」

彼女とは、学童の迎えの際に、何度かすれ違ったことがある。いつ見ても高そうな服とブランドバッグを身につけていた。

「今お迎え?」
「はい」
「夏はどこか旅行に行った?」

初めて話す割には、とてもフランクに話しかけてきて、沙耶香は戸惑いながらも淡々と返す。

「うちは田舎に帰ったくらいですね。雪ちゃんママはどこか行かれたんですか?」
「うちはね、毎年ハワイに行くのが恒例になってて。でも今物価が高いから、コロナ前に比べて2倍くらいかかっちゃったけど」

わかりやすいマウントだな、と適当に流そうとするも、雪ちゃんママの話は止まらない。

「田舎って旦那さんの実家?っというか、いつも美桜ちゃんママが迎えに来てない?旦那さんはあまり協力的じゃない?」

「あー、うち離婚してるので」

わざわざ言いたくなかったが、離婚のことを隠すと後々面倒くさそうなので、沙耶香は正直に答えた。すると、雪ちゃんママの顔色が変わった。

「あ、そうなんだー。なんかごめんね。1人なんて大変だよね、頑張ってるね」

「いえいえ…」

今度は同情モードか?と思っていると、彼女はさらに饒舌になった。

「でもそっか。シングルマザーだと学童とかタダになるんでしょ?ここの学童人気だから、ラッキーだったね」

沙耶香は「はい?」と思わず聞き返した。


「いいよね、シングルマザーって色々と優遇受けられるみたいだし。私たちが払ってる税金から補助金をもらって、みんなブランド物とか買うっていうじゃない?」

そう言って雪ちゃんママは、沙耶香の持っていたTOD’Sのカバンをまじまじと見る。

「うちも夫に甲斐性がなかったら、すぐに別れてたわ」

結局は夫自慢、経済力自慢をしたかっただけなのだろう。

「子育て、頑張ってね。でもあんまり税金を無駄遣いしないでね」

「はあ…」




沙耶香の年収は900万円あるため、1人親家庭の手当はほとんどもらっていない。そう反論したかったが、美桜のことを思い、とどまった。

― 反論して美桜がいじめられても嫌だし…。

シングルマザーだからと、あからさまにマウントをとってくる人は少ない。それでも偏見を持つ人が一定数いるのが現状だ。

沙耶香は悪い運気を体内からすべて出しきるように深く息を吐くと、気を取り直して美桜の元へと急いだ。



その夜。

娘を寝かしつけた後、溜まっている家事に追われていると、スマホが震えた。

妹の好美からのLINEだ。

『Yoshimi:お姉ちゃん、何があったの!?うちの旦那さんが会社で良平さんに、嫌味言われたって言ってたけど…』

妹の夫の同僚である良平を紹介されたのが土曜日。好美には『せっかく紹介してくれたのに、ごめん。うまく行かなかった』とLINEしていたが、もっと説明しておくべきだったと後悔した。

別れ際に、沙耶香が良平に捨て台詞を吐いたのが良くなかったようだ。良平は妹の夫に会社で会うなり、沙耶香の文句を伝えたらしい。

『Sayaka:ごめんね、今度改めてお詫びするから』

後で『POMOLOGY』の“フルーツバー“をお詫びに送ろうと考えていると、好美から返信が来た。




『Yoshimi:お姉ちゃんは短気すぎだし選り好みしすぎじゃない?自分がバツイチ子持ちだって自覚したほうがいいよ。良平さんなんて、かなりの優良物件なのに』

沙耶香は思わずスマホを投げたくなる。

― 妹にまでこんな風に言われるなんて、私、何か悪いことをしたかな…。

リビングのソファにどっかりと座って天井を仰ぐと、これまでのことを振り返った。

シングルマザーが再婚を求めて出会いの場に行けば、「子どもを置いて男漁りなんて」と揶揄され、変な男は寄ってくるし、断れば「選り好みしすぎ」だとか言われる。

1人でいたらいたで「そろそろ幸せになって」だの「前に進んで」だのと勝手に同情される。

その上、自分が稼いだお金で買ったブランドバッグすら「私たちの払った税金で」などと思われるのだ。

「シンママって、“可哀想”じゃないといけないのかな…?」

離婚をしてから、沙耶香はずっと気を張って生きてきた。

親の都合で娘の美桜を振り回してしまったことは事実。

だからこそ、美桜のいい母親になろう、父親代わりにもなろうと、辛いことがあっても泣くことなど決してなかった。

それなのに、最近色々と起きたせいか、自然と涙が流れ落ちてくる。

― ダメだ、弱気になってる。精神が回復するまで、男性と会うのはやめよう…。

誰もいない深夜のリビングで、沙耶香はそう決意した。




それから1ヶ月後。

「浜中さん、今日はありがとうございました」

「沙耶香さんが担当じゃなくなるのは残念です」

沙耶香は、自身が勤める食品配送サービスの会社の提携先である、有楽町にある食品加工会社の浜中社長の元を訪れていた。




沙耶香の勤める会社は、農家と直接契約した食品の配送がメインだったが、忙しい家族を対象とした、ミールキットサービスを新たに導入することになり、そのための打ち合わせに来ていた。

元々は沙耶香が持っていたプロジェクトだったが、他の業務が忙しくなってきたため、担当窓口を後輩に引き継ぐことになっている。

「あの、ちょうどお昼時ですし、沙耶香さんたち、もしよければ一緒にランチでもどうですか?」

一緒に来た後輩はこの後用事があったため、沙耶香と浜中社長2人で『MERCER BRUNCH GINZA TERRACE』でランチを取ることにした。




社長の名前は、浜中隆二。30代後半で背が高く、肩幅も広くてがっしりとした体つきだが、腰が低く、いつも笑顔を絶やさない。

スマホのロック画面を2人の子どもの写真に設定していることから、子ども好きなことがうかがえる。

実家が農家をやっていて、彼はそこの3男。兄が後を継ぐ代わりに、自分は農家を助けられるように、不恰好で市場に出ない農作物を利用した食品加工会社を作った。

それが今では成長し、社員200名以上の会社となっている。

「沙耶香さんが担当を代わってしまうのは、寂しいですね」
「ありがとうございます。でも次の担当も優秀なので、私よりも頼もしいと思いますよ」

沙耶香の答えに、隆二が微笑む。

「でも僕個人としては、沙耶香さんに会えなくなるのは、寂しいです」

「…ありがとうございます…」

隆二の言葉をどう受け取っていいのかわからず、沙耶香は少し口ごもる。

「沙耶香さんのきめ細やかな対応には、いつも感心させられていましたし、何よりいるだけで、周りが明るくなるんです」

「全然です。でも、お世辞でも嬉しいです」

この人は自分に好意があるのか、ただ取引先の人間として褒めているのか、すっかり勘の鈍ってしまった沙耶香にはわからない。

けれどいつもの癖で、自然と相手の薬指をチェックしていた。

― そういえば、浜中さんもバツイチって、昔言ってたっけ…?

男は当分コリゴリだ、と思っていたのに、自分の意に反して鼓動が速くなる。

すると隆二は、沙耶香の目を真っすぐに見て言った。

「もしよければ、また会ってもらえませんか?今度はプライベートで」

店内はひんやりと心地いいはずなのに、沙耶香は無性に喉の渇きを感じた。

▶前回:「デートのルールを決めようか」38歳男が提案してきた、とんでもないコト

▶1話目はこちら:ママが再婚するなら早いうち!子どもが大きくなってからでは遅いワケ

▶︎NEXT:9月4日 月曜更新予定
沙耶香は躊躇しながらも隆二からの誘いを受けることにするが…。