機動力のあるロックとしてアピール中のファカタヴァ。所属チームではフランカーが本職だ【写真:西村尚己/アフロスポーツ】

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トンガ代表に21-16で競り勝ち2023年初勝利

 9月に開幕するワールドカップ(W杯)へ強化を進める日本代表は、7月29日に東大阪花園ラグビー場で行われた「リポビタンDチャレンジカップ2023」で、トンガ代表に21-16で競り勝ち、W杯イヤー4戦目にして初勝利を掴んだ。チームにとっては連敗を止めたことも大きな安心材料になったが、速いテンポの攻撃や防御で「らしさ」が見えてきたことで進化を印象づけた。同時に、今年に入ってからの4試合で浮かび上がるのは、FW戦の核となるLO(ロック)不在というメンバー構成で戦う異形のスタイル。サイズ、パワー以上に機動力、運動量に磨きをかけてフランスで挑むのは、前回W杯のベスト8超え。その可能性と課題を、トンガ戦までの戦いぶりから読み解く。(取材・文=吉田 宏)

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 スタンドをほぼ埋めた2万1138人の観衆も、真夏の夜の勝利に酔った。前週の黒星で世界ランキングを10位から12位に落としたチームにとっては、同15位と“Must-win”の相手でも油断は許されない真剣勝負。1トライ1ゴールでひっくり返る小差の勝利だったが、試合後のジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(HC)は頬を緩めて会見に臨んだ。

「試合が終わって、ほっと一安心しました。本当にフィジカルな部分でタフなゲームだった。厳しいスタートのシーズンだったが、チームがそこから今日のような勝利を掴めたのはすごく嬉しく思っています」

 2か月あまりの厳しい合宿を続けながら、2023年初ゲームとなったニュージーランド代表の2軍に相当するオールブラックスXV(フィフティーン)戦から3連敗。勝てないことで、選手に生まれる不安や疑念を拭い去るには価値ある1勝だった。もちろん、心理的に楽になっただけではない。ここまで途中出場でインパクトを残し、トンガ戦で初先発したCTB(センター)長田智希(埼玉パナソニックワイルドナイツ)の言葉が1勝以上の価値がある勝利を物語る。

「自分たちがアタックでやろうとしていた部分で上手くいったプレーもありましたし、ディフェンスも今まで課題だったコネクション(連携)のところで、1回ゲインラインを切られても全員で戻って全員で繋がるという、これまでの3連敗での課題が少しずついい方向にいっているんじゃないかなと感じました」

 立ち上がりからFW1人あたりの平均体重で約4キロ上回るトンガのハードヒットを受け続けながら、合宿で取り組んできたダブルタックルで応戦。タックラーの1人は、相手の胸付近を抱え込むことでボールをコントロールさせないスキルも形になってきた。前半6分の稲垣啓太、ヴァル・アサエリ愛(ともに埼玉WK)のPR(プロップ)コンビのタックルから、ゲーム主将のNO8(ナンバーエイト)姫野和樹(トヨタヴェルブリッツ)がボールに仕掛けて奪ったPKも日本らしい攻撃的な防御だ。

ロックの起用方法に見る日本代表の挑戦

 攻撃面でも前戦まで封印していた手の内を、ようやく垣間見せた。前半20分のファーストトライでは、敵陣左オープンでおとりのBK(バックス)が縦に走り込み、起点のパスを放ったSH(スクラムハーフ)齋藤直人(東京サントリーサンゴリアス)が移動しながら再度リターンボールを受けることで防御を内側に寄せてから、WTB(ウイング)セミシ・マシレワ(花園近鉄ライナーズ)−ジョネ・ナイカブラ(東芝ブレイブルーパス東京)がロングパスで防御を振り切った。

 後半13分のトライも、ラインアウトからFWだけでボールをBKへと展開して、SOの位置にSH齋藤が入ることで数的優位を作り、大外をWTBマシレワが駆け抜けた。どちらもアタック担当のトニー・ブラウン・アシスタントコーチらしい、工夫と小技が織り込まれた緻密なサインプレーだった。こんな相手防御を貶めるようなアタックは、本番用にさらに準備を進めているはずだ。

 そんな戦術と同時に、オールブラックスXV戦から始まった今季の代表戦を見て感じられる日本代表の挑戦が、LOの起用方法だ。身長201センチという破格のサイズを誇るワーナー・ディアンズ(BL東京)を除くと、日本代表はLOのエキスパート抜きでW杯での8強突破に挑もうとしている。

 この4試合で象徴的な存在になったのがLOアマト・ファカタヴァ(リコーブラックラムズ東京)だ。所属チームでは昨季のリーグワン全試合に先発したが、体が大きくタックルの強い選手が担うブラインドFL(フランカー)が10試合、NO8は6試合という選手が、代表ではLOを中心にプレーをしてきた。

 6月の代表始動からディアンズがコンディション調整中ということもありチャンスをもらっているが、ジャパンXVという名称で戦った7月8日のオールブラックスXV戦で“代表”デビュー(非代表戦)を果たすと、ここまでの4試合すべてで先発メンバー入り。本職がFLならではの運動量、スピードが代表チームではまり、トンガ戦でも仲間のキックをゴール前まで諦めずに追走、捕球してトライを奪うなど勝利に貢献した。

 では、そもそもLOにはどんなプレーが求められるのか。チームでも最も体が大きな選手が務めるポジションのため、「ロック」と書けば「岩」を思い浮かべるかも知れないが、英語表記は「Lock」。つまり鍵を意味している。スクラムに強固な鍵をかけるのが役割だ。相手とスクラムを直接組み合う第1列(PR=プロップ、HO=フッカー)を、真後ろでガッチリと束ねて押し込むのが仕事。そして現代ラグビーでは、スクラム以外のエリアで相手と体を張り合いボールを前へと運び、敵の前進を食い止める。密集戦でもモール、ラックに頭を突っ込み、密集を1歩でも前へと押し込むのが役割だ。

“機動系”のロックが局地戦で戦えるかがカギ

 5月に発表された日本代表でLOは6人。そのうち、ファカタヴァを含めた2人はFL兼務で、他の4人もワーナー以外の3人が所属チームではFLもプレーする、いわば機動系LOだ。ジョセフHCの前任者だったエディー・ジョーンズ現オーストラリア代表HCも、2015年W杯を終えて退任する前には、これからの日本の強化ポジションにLOを挙げている。昨季までの代表合宿には、202センチ・120キロのサナイラ・ワクァ(花園L)、197センチ・112キロのマーク・アボット(埼玉WK)らLO候補もいたが、スキルレベル、ゲーム理解力などで桜のジャージーには一歩及ばなかった。

 結果的にワーナー以外は大型LOがいない現実を見据えれば、機動力、スピードに強みを持つメンバーで勝負するしか選択肢はない。FW2、3列の計5人をFL、NO8の選手で固めて、いかに相手をワークレートで凌駕し、走り勝てるかが大きなポイントになるのは間違いない。伝統的にBKのスピードに強みを持つ日本代表は、ボールを1か所に止めずに、常に動かし続けるラグビースタイルで勝負してきたが、FW2列目の選手のキャラクターを考えても、展開ラグビーが生命線になる。

 過去のW杯でも日本代表はLOの選考には腐心してきた。最近の大会を振り返ると、LOでプレーした主なメンバーはトンプソン・ルーク、大野均、ヴィンピー・ファンデルヴァルト、そして現在もメンバー入りしているジェームス・ムーア(浦安D-Rocks)らだ。全員、対戦相手のLOよりも小兵で、世界の強豪国でプレーする機会があればLOではなくFLをさせられるサイズでありタイプだ。だが忘れてはいけないのは、トンプソン、ファンデルヴァルトらが、世界クラスの正統派LOに負けないほど体を張り、密集戦に頭を突っ込んで押し込み、スクラムの2列目からプッシュし続けてきたことだ。

“機動系”の選手であっても、LOでプレーする限りは、トンプソンらが前回2019年大会で見せたような体を張った局地戦でも仕事ができなければ、フランスでの8強突破へ不安材料になりかねない。ファカタヴァはもちろんだが、前回W杯ではタックルで奮闘したムーア、トンガ戦で4年ぶりの代表復帰を果たしたヘル・ウヴェ(クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)らFL系LOが、どこまでフィジカルバトルで張り合えるかは、W杯で日本が再び躍進するためのポイントになる。

 機動力重視のLOでも、スクラムは軽視できない。19年W杯の日本代表の躍進も、安定したスクラムからのアタックが武器になった。今回のトンガ戦でも、前半20分のトライはスクラムが起点。ファカタヴァのようにFLでプレーしてきた選手が、スクラムをどこまで安定して押せるかは軽視できないが、押してもらう側のFW第1列のHO堀江翔太(埼玉WK)は、ファカタヴァのスクラムワークをこう証言している。

「スクラムはどんどん良くなっている。試合、練習ごとに慎さん(長谷川アシスタントコーチ)を中心に、前3人とLOでああしてくれ、こうしてくれと話し合っている」

 同じくHOの坂手淳史(埼玉WK)も「アマトは言われたことを真面目に、しっかりやるんです。スクラムで言われたことは、たぶん彼自身すぐには分からないところもあると思うが、ただ言われたことをその場でやる、やり続ける忍耐力は凄いので、いい押しを貰えています」と愚直な取り組みを評価する。

紙一重の勝利、随所に見えた不用意なミス

 とはいえ、40日を切ったW杯でプール戦を突破するために勝たなければならないイングランド、アルゼンチンという強豪のメンバーを見ると、LOには世界トップクラスのサイズとパワーを誇る選手が並んでいる。第2戦で戦うイングランドには198センチ・110キロのマロ・イトジェ、若手で203センチ・118キロのオリー・チェザム。プール最終戦で当たるアルゼンチンも、激しさが武器の201センチ・130キロのトマス・ラバニーニ、199センチ・117キロのマティアス・アレマノという、世界屈指のリアルLOを擁している。

 イングランドを率いるのは、元同国代表LOで、元日本代表アシスタントコーチとして日本を知り尽くすスティーブ・ボーズウィック、アルゼンチンHCはオーストラリア代表も率いたマイケル・チェイカという経験豊富な指導者だ。日本戦ではどこに自分たちの優位性があり、どこを攻めるべきかを十分に分析、準備してくるはずだ。

 テストマッチでは昨年6月25日のウルグアイ戦以来、ノンテストでも同10月14日のオーストラリアA戦以来の勝利となったトンガ戦だが、勝敗は紙一重だった。後半39分には敵陣に攻め込みながらインターセプトから独走を許し、偶然自陣22メートルライン内に負傷で倒れていたFB松島幸太朗(東京SG)がタックルに戻り、同点、逆転の危機をかろうじて回避した。元オーストラリア代表NO8でS東京ベイでも活躍したトンガ代表のトウタイ・ケフHCも、個人的な意見と断りながら「3、4年前の日本はもっと強かったと思う。現状は怪我人が多く、厳しい練習を積んでいる状況だと思います。4年前はトンガが40、50点差(7-41)で負けていた。これから疑いの余地なく、まだまだ良くなっていくチームだと思う」と指摘する。

 自分たちのスコア直後に不用意なミスから失点するなど、ここまで修正し切れていない課題や、FLピーター・ラブスカフニ(S東京ベイ)のように、まだ実戦復帰できない候補メンバーも残っている。国内残り1試合という時間を考えると、大会前にどこまで組織の完成度を2019年大会のように高めることができるか。時間との戦いは開幕直前まで続きそうだ。

(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)

吉田 宏
サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。W杯は1999、2003、07、11、15年と5大会連続で取材。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。