コロナ禍で業績不振に苦しんでいたホテル業界でも、黒字を維持している企業があるという(写真:kash*/PIXTA)

コロナ禍で業績不振に苦しんでいたホテル業界の中、会員制リゾートホテル「エクシブ」などを展開するリゾートトラストは黒字を維持している。

リゾートトラストが「独り勝ち」できた理由とは何だったのだろうか?

素朴な疑問からスタートし、決算書に隠された刺激的なドラマをあぶり出す、会計知識ゼロでも文句なしにおもしろい決算書分析が好評を博している中京大学教授の矢部謙介氏。

41社の注目企業のビジネスモデルと決算書を分析する矢部氏の新刊『決算書×ビジネスモデル大全』は、発売後1カ月で続々重版するなど、大きな話題を呼んでいる。

そんな矢部氏が、ホテル業界特有のビジネスモデルを、帝国ホテルと「独り勝ち」したリゾートトラストの事例から解説する。

苦境から抜け出しつつあるホテル業界

コロナ禍で業績不振に苦しんでいたホテル業界ですが、行動制限の緩和や訪日外国人の増加、そして行政による旅行促進キャンペーン等により、徐々にその苦境から抜け出しつつあります


最新の2023年3月期決算の状況を見ると、リーガロイヤルホテルなどを展開するロイヤルホテルの営業損益は29億8600万円の赤字(前期は82億1700万円の赤字)、ホテルオークラ京都などを運営する京都ホテルでは3000万円の営業赤字(同19億5900万円の赤字)、今回取り上げる帝国ホテルは3億4800万円の営業黒字(同111億2100万円の赤字)となるなど、いずれも営業赤字の縮小または営業黒字への転換を果たしています

しかしながら、会員制リゾートホテル「エクシブ」などを展開するリゾートトラストの営業損益の状況を見てみると、21年3月期には147億700万円の黒字、22年3月期は86億9300万円の黒字、23年3月期は122億7000万円の黒字と、コロナ禍におけるリゾートトラストの業績は「独り勝ち」の様相となっています。

コロナ禍でホテル業界全体が業績不振のさなかにあって、リゾートトラストが黒字を維持できた理由とは何だったのでしょうか?

コロナ禍の影響がいまだ大きかった22年3月期における帝国ホテルとリゾートトラストの決算書を比較しながら、その理由について探っていきましょう。

コロナ禍で大きな赤字となった帝国ホテルの決算書


コロナ禍の影響を受けた2022年3月期の帝国ホテルは大きな赤字を計上している(出所:有価証券報告書から筆者作成)

帝国ホテルの決算書から見ていきましょう。

B/Sの左側(資産サイド)で最大の金額となっているのは、流動資産(312億100万円)です。流動資産の多くを占めているのは、有価証券(159億500万円)、現預金(122億1600万円)であり、有価証券を含めて手元資金に近い資産がほとんどとなっていることがわかります。

次いで大きいのは、有形固定資産(150億1200万円)です。この大半は建物及び構築物(96億5100万円)となっており、ホテルの建物などが主に計上されています。一方、土地は27億8300万円しか計上されていません。

帝国ホテル東京は日比谷の一等地にあり、その土地の半分弱を保有していますが、実はこの土地の帳簿価額は200万円に過ぎないのです。これは、土地の帳簿価額が取得時の価額(取得原価)で表示されていることによります。

投資その他の資産(117億5500万円)の大半は投資有価証券(61億3400万円)で占められています。ここには取引先などの株式(いわゆる政策保有株式)のほか、運用目的で保有している債券などが含まれています。

続いて、B/Sの右側(負債・純資産サイド)を見ていきましょう。流動負債が68億1300万円、固定負債が143億2700万円となっていますが、ここには銀行からの借入金などの有利子負債は計上されていません。帝国ホテルは「無借金経営」を行っているといえます。

純資産は379億7000万円で、自己資本比率(=純資産÷総資本)は約64%となっています。

P/Lでは、売上高が286億1700万円であるのに対し、材料費が64億7200万円、販売費及び一般管理費(販管費)が332億6600万円となっています。

営業損失はマイナス111億2100万円で、売上高に対する営業損益の割合を示す売上高営業利益率(=営業損益÷売上高)はおよそマイナス39%と、大きな赤字を計上しています


帝国ホテルの22年3月期と23年3月期のP/Lを比較してみると、ホテル業は固定費がコストの多くを占める「固定費型」のビジネスになっていることがわかる(出所:有価証券報告書から筆者作成)

22年3月期と23年3月期のP/Lと比較してみると、売上高が437億7200万円と約1.5倍に増加し、材料費も95億5200万円へと増加している一方で、販管費は338億7100万円とほとんど増加していません

販管費の主な内訳を見てみると、人件費や賃借料、業務委託費、減価償却費などで占められていることがわかります。これらの費用は、売上高にかかわらず一定額が発生する、いわゆる固定費に近い性質を持つ費用です。

ホテル業は、こうした固定費がコストの多くを占める「固定費型」のビジネスになっているのです。

固定費型ビジネスの場合、売上高が費用を上回ると大きな利益を生み出すことになりますが、売上高が費用に満たない場合、大きな赤字を計上する傾向があります。

コロナ禍においてホテル各社の決算が大幅な赤字になったのには、こうしたコスト構造も大きく影響しています。

安定黒字の不動産賃貸事業でも「埋めきれない赤字」

帝国ホテルは、東京、大阪、上高地で展開するホテル事業に加えて、帝国ホテルタワーにおいてオフィスや商業施設の賃貸事業(不動産賃貸事業)を行っています。

そこで、事業別営業利益の推移(18年3月期〜23年3月期)を見てみましょう。


帝国ホテルの不動産賃貸事業は安定した営業利益を上げているものの、ホテル事業の赤字を埋めることはできていない(出所:有価証券報告書から筆者作成)

ホテル事業の営業損益は21年3月期に118億4400万円の赤字、22年3月期には104億3200万円の赤字と、2期にわたって大きな赤字を計上しています。

不動産賃貸事業は期間を通じて安定した営業利益を上げていますが、それでも21年3月期、22年3月期のホテル事業における赤字を埋めるには至っていません

一方、23年3月期はホテル事業も黒字に転換しています。これは、ホテルの稼働率や客単価、レストランや宴会需要の回復が見られたことに加え、ホテルの一部を長期滞在型のサービスアパートメントに改装するといった事業構造改革を行ってきたことが功を奏した結果だといえます。

コロナでも営業黒字のリゾートトラストの決算書

続いて、リゾートトラストの決算書も見てみましょう。


コロナ禍の影響でホテル業界全体が業績不振のなか、リゾートトラストは安定した営業利益を上げることに成功、「独り勝ち」している(出所:有価証券報告書から筆者作成)

B/Sの左側で最も大きな金額を占めているのは、有形固定資産(1759億円)です。これは、全国各地に展開している「エクシブ」をはじめとしたリゾートホテルの建物や土地が有形固定資産に計上されているためです。

次いで大きいのは、流動資産(1395億3800万円)です。この半分以上を占めているのは、営業貸付金(442億5000万円)と割賦売掛金(331億5500万円)です。これらは、リゾートトラストが新規に開業するリゾートホテルの会員権を販売する際に組まれたローンなどの債権です。

B/Sの右側には、流動負債が1333億5300万円、固定負債が1542億2200万円計上されており、借入金や社債、リース債務といった有利子負債が合計で648億7600万円含まれています。

また、流動負債および固定負債には会員権販売により生じた前受金や長期預り保証金なども計上されています。純資産は1068億3200万円で、自己資本比率は約27%です。

P/Lには、売上高が1577億8200万円計上されている一方、売上原価は224億5300万円、販管費は1266億3600万円となっています。

営業利益は86億9300万円で、売上高営業利益率は約6%です。

先に述べたように、コロナ禍にあってもリゾートトラストは営業利益を上げることに成功しています。その要因とは何なのでしょうか?

リゾートトラストがコロナ禍でも営業利益を出すことに成功した理由を解き明かすカギは、事業別営業利益の推移にあります


ホテルレストラン等事業」が赤字でも、稼ぎ頭である「会員権事業」の黒字のおかげで、リゾートトラスト全体の営業利益は黒字になっている(出所:有価証券報告書から筆者作成)

事業別営業利益の推移から、リゾートトラストの事業別に見た利益の稼ぎ頭は「会員権事業」であることがわかります。

これは、新規に開業する会員制ホテルの会員権を販売するもので、コロナ禍においてもこうした会員権の販売が好調に推移したことから、安定した利益を稼ぐことに成功しています。

すでにオープンしたホテルやレストランの運営事業は「ホテルレストラン等事業」として表示されています。

コロナ禍の影響を最も大きく受けた21年3月期において、ホテルレストラン等事業の営業損益は61億6500万円の赤字となっていますが、それ以上に会員権事業の黒字が大きかったため、全体としての営業利益は黒字になっていたわけです。

さらに、22年3月期にはホテルレストラン等事業も再び営業黒字に転じています。感染者の多かった都市部に位置しているシティホテルに比べてリゾートトラストのホテルにおける稼働率の回復が早かったことがその要因です。

同社の22年3月期の有価証券報告書では、「『会員制らしい』安心と安全を最優先したホテル運営の認知が広がったこと」が増収増益の理由として挙げられています。

なお、リゾートトラストではリゾートホテル以外に会員制医療サービスの会員権販売や介護付き有料老人ホームの運営などを行う「メディカル事業」を展開しており、この事業も全体の営業利益に貢献しています

求められ続ける「新しく魅力的なホテル

ここまで、コロナ禍で帝国ホテルとリゾートトラストの業績に明暗がわかれた理由について決算書から解説してきました。

コロナ禍においてホテルの稼働率やレストラン・宴会需要が落ち込んだことで大きな営業赤字を計上した帝国ホテルに対し、新たに開業するリゾートホテル会員権の販売が好調だったリゾートトラストでは、安定した利益を上げることに成功していました。

帝国ホテルでは、24年度から36年度にかけて帝国ホテル東京の建て替えを計画しています。こうした建て替えに必要な資金は最大で2500億円が想定されており、銀行からの借り入れなどにより調達する予定とされています(21年3月26日付日本経済新聞朝刊)。

そのため、帝国ホテルではこれまでの無借金経営から一転して、有利子負債を抱えることになります。建て替え後はホテルで利益を生み出すとともに、不動産賃貸事業やサービスアパートメントなどで安定的な利益を生み出していけるような事業構造を目指していく必要がありそうです

リゾートトラストでは、会員権事業が好調であったため、グループ全体としての営業損益はコロナ禍にあっても黒字を維持することができていました。しかしこのことは、魅力的なリゾートホテルを次々と開業させていかなければ、収益性を高めていくことが難しい事業構造になっていることを意味しています。

そうした観点からすれば、新たなリゾートホテルの開業を進めていくことに加えて、既存のホテルの魅力を高め、そうしたホテルやレストランから生み出される利益の比重を高めていくこともリゾートトラストにとっての経営上の課題になっているといえそうです。

(矢部 謙介 : 中京大学国際学部・同大学大学院経営学研究科教授)