道路網が発達した現代では、東京から全国の主要都市へ高速バスが運行されています。では現代の高速バスと半世紀前の夜行列車とでは、所要時間はどちらが短いでしょうか。

安価に旅を かつては夜行急行列車だった

 JR新宿駅ホームの南端付近、その真上にバスタ新宿があります。2016(平成28)年に開業した日本最大規模の高速バスターミナルで、100社以上のバス事業者による高速バスが、1日1000便以上発着しています。


夜行高速バスと50年前の夜行急行列車はどちらが速いか(画像:写真AC)。

 ここから夕方以降、北は青森県から西は四国全県と九州の福岡県まで、各地へと夜行高速バスが次々と発車していきます。全国の高速道路網の発達により、東京駅JR高速バスターミナルなども含めると、東京からは現在、関東地方と山梨県を除く本州と四国すべての県庁所在都市に向けて夜行高速バスが運行されています。もちろんそのほかの主要都市への路線も多数あります。

 旅費を抑えたい者にとって、運賃が比較的安く、目的地に朝に着けてその日を有効に活動できる夜行高速バスはうってつけです。

 一方、高速道路がまだ少なく、新幹線も東海道・山陽新幹線しか開業していなかった頃、なるべく節約して旅をする場合、乗車券のほか比較的安価な急行券(自由席)で乗車できる夜行急行列車はありがたい存在でした。

 年配の方から「バスタ新宿は、昔の上野駅のようだ」との印象を伺った時、筆者(内田宗治:フリーライター)も激しく膝を叩く思いでした。

 50年前、1973(昭和48)年初頭の例をとると、上野駅からは東北各地、上信越、北陸地方へと何本もの夜行列車が出発していました。夜行列車というと、2段または3段のベッドで寝られる寝台特急列車(通称「ブルートレイン」)が有名でしたが、東京駅と上野駅から発車するそれら10本ほどのほか、東京(東京、上野、新宿の各駅)から4人掛け座席車連結の夜行急行列車が合計で毎日約15本、多客期には約40本も出発していました。

 当時は東京から夜行急行列車(一部、夜行普通列車も含む)のいずれかを利用すれば、東北6県、北陸4県、長野、岐阜、愛知および九州5県(長崎、佐賀を除く)の県庁所在都市すべてに、乗り換えなしで行けたのです。それらの都市へは2023年現在、夜行高速バスが運行されています(九州へは福岡のみ)。

夜行高速バスvs50年前の夜行急行列車 勝者は…?

 まさに現代の夜行高速バスは、往年の夜行急行列車にとって代わった存在というわけです。そうしてみると、50年前の夜行急行列車と現代の夜行高速バスは単純に比べることはできないものの、どちらがありがたい存在なのか気になってきます。では両者の所要時間を見てみましょう。

 50年前の時刻表をひもといて調べると、青森や福岡など14の県庁所在都市に向けて走っていた14本の夜行急行列車に対し、そのすべてにおいて同区間を走る現在の夜行高速バスの方が速い(所要時間が短い)という結果になりました。夜行高速バスの実力を改めて実感します。

 それでは夜行急行列車ではなく、それより速い50年前の特急列車(昼行)と現在の夜行高速バスとの比較ではどうでしょうか。

 こちらはなんとすべてにおいて、現在の夜行高速バスが50年前の特急列車(昼行)より遅いという結果になりました。なお名古屋、岐阜、博多は新幹線利用で比較しています。一例として東京〜青森間を記します。

・所要8時間15分:50年前の昼行特急「はつかり3号」
・所要10時間:現代の夜行高速バス
・所要11時間11分:50年前の夜行急行「八甲田」
(鉄道は上野駅、高速バスはバスタ新宿から)

 ところで、50年も前の鉄道と比べても、現代の夜行高速バスの方が遅いのかと思った人もいることでしょう。しかし場所によっては、高速バスが早く着けるようになった、もしくは列車とほぼ同じという例も存在します。特急列車が直通していなかった地方都市などです(弘前を除く)。時間短縮効果が高い順に列挙します。

1位:鹿角花輪(秋田県)←池袋駅西口から8時間20分
(50年前は上野から東北本線特急+花輪線普通で9時間16分)
2位:弘前(青森県)←バスタ新宿から8時間50分
(同 羽越本線経由の特急で9時間34分)
3位:五所川原(青森県)←バスタ新宿から9時間50分
(同 東北本線特急+奥羽本線+五能線普通で9時間58分)
4位:気仙沼(宮城県)池袋駅西口から7時間7分
(同 東北本線+大船渡線普通で7時間3分)

昼行なら高速バスに軍配が上がる地域も

 では新幹線が各方面へと伸びた現在、高速バスの方が鉄道利用より速い路線は存在するでしょうか。夜行高速バスでは市販の時刻表を見る限り見当たりませんが、昼行の高速バスでは以下の路線などが挙げられます。


バスタ新宿のバス乗り場(2023年3月、内田宗治撮影)。

・館山(千葉県)←東京駅八重洲南口から1時間50分(JRでは東京駅から2時間35分)
・飯田(長野県)←バスタ新宿から4時間4分(JRでは新宿駅から4時間41分)
・鹿島神宮(茨城県)←東京駅八重洲南口から2時間(JRでは東京駅から2時間23分)

 館山へは、高速バスが東京湾を横断するアクアラインを通ることに加え、平日のJR内房線では館山までの特急が廃止されたため、所要時間に圧倒的な差が生じています。

 車内での快適さも、リクライニングシートや3列座席車の存在により、夜行高速バスの方が夜行急行列車(4人掛けボックスシート)より数段勝ると感じる人が多いのではないでしょうか。筆者はノスタルジーもあるせいか、車内を気兼ねなく歩けたり、対面して座る人と時には会話がはずんだりした夜行急行列車の方が、居心地が良かったと感じますが。

 また、乗り換えなしで行ける都市が多い点も夜行高速バスの優れている点です。たとえば鉄道を利用して五所川原、むつ(以上青森県)、大槌(岩手県)、半田(愛知県)、可児、関(以上岐阜県)、天理、五條(以上奈良県)、萩(山口県)などへは、東京から2回以上の乗り換えが必要ですが、夜行高速バスなら、眠って起きたらこれらの都市に到着です。

 高速バス網は多岐にわたるので、鉄道好きの人もたまに高速バスを利用してみると、それぞれの良さが浮き彫りになってくるでしょう。