14世紀半ばから19世紀半ばまでの中世の地球上では、「小氷期」と呼ばれる寒冷な時代が続きました。小氷期が引き起こされた要因として破局的な火山の噴火が考えられています。ジュネーブ大学のセバスチャン・ギレ氏らの研究チームは中世の写本に記された皆既月食の記録から、火山の噴火が地球の大気に及ぼす影響を調査しました。

Lunar eclipses illuminate timing and climate impact of medieval volcanism | Nature

https://doi.org/10.1038/s41586-023-05751-z



‘Like blood, then turned into darkness’: how medieval manuscripts link lunar eclipses, volcanoes and climate change

https://theconversation.com/like-blood-then-turned-into-darkness-how-medieval-manuscripts-link-lunar-eclipses-volcanoes-and-climate-change-203185



How Pink Floyd inspired research into medieval monks and volcanology | Ars Technica

https://arstechnica.com/science/2023/04/how-pink-floyd-inspired-research-into-medieval-monks-and-volcanology/

大規模な火山の噴火は大量の二酸化硫黄やチリを大気中に放出し、成層圏においてエアロゾルに変換されます。エアロゾルやチリは太陽からの光や熱を遮断し、地球の表面温度や降水量、大気の循環などを変化させます。また、大規模な噴火は海水温の低下や干ばつなどを引き起こすとされ、中世における大規模な火山噴火が500年以上にわたる小氷期を引き起こしたと考えられています。

しかし、南極から採掘された氷床コアに含まれる火山灰の酸性度と量を測定する従来の調査方法では、小氷期を引き起こした火山の噴火を特定することが困難でした。

そこでギレ氏らの研究チームは小氷期を引き起こした火山の噴火を知るための方法として、中世の写本を読み解く方法を考案しました。研究チームはヨーロッパや中東、アジアの中世の写本から、小氷期のきっかけとなったとされる火山噴火が起こった1100年から1300年の間の皆既月食に関する記録を収集しました。研究チームによると、1100年から1300年までの間に187回の月食記録が残されていたとのこと。

皆既月食が起こると、「レイリー散乱」と呼ばれる光の波長が大気中の微粒子によって散乱する現象に伴って、太陽光における波長の長い赤やオレンジといった光が優先的に月に届きます。その結果皆既月食の際には月が赤褐色に見えるとされています。

なぜ皆既月食の時に月の色が赤くなるのか? - GIGAZINE



以下の画像は皆既月食中の月の様子です。大気中のエアロゾルの量が多い場合、皆既月食中の月は赤暗く見えます(左)。一方でエアロゾルが少ない場合、月は赤く輝いて見えます(右)。そこで研究チームは皆既月食中の月の色と光度に関する中世の写本の説明から、大気中にどれだけの火山性のエアロゾルがあったかを推定しました。またエアロゾルの情報を用いることで、小氷期のきっかけとなった中世の火山噴火の正確な年代測定を行いました。



研究チームによると、中世ヨーロッパの僧侶は月の色に特に注意を払う傾向があったとのこと。中国や韓国では、天文学の論文や王朝の歴史をまとめた書物に月食についての記載がありました。日本では朝廷に仕える役人の日記や年代記、寺院の記録の中に月食についての記載が残されていました。



エアロゾルの量に伴う赤暗く輝く月に関する最も優れた説明の1つが、1229年12月2日に藤原定家が残した明月記内の「今回の皆既月食については、これまでにも皆既月食になることはありましたが、今回のように月の円盤の位置が見えず、まるで月食中に消えてしまったかのように見えるのは、これまでの経験で初めてです。しかもその継続時間が非常に長く、変化も極端でした」との一節だとされています。

1100年から1300年の間に発生した64回の皆既月食のうち、写本に記載があったのは51回で、そのうち5回が「月が非常に暗い」と表現されていたとのこと。研究チームがその時期に起こった15回の火山噴火を調査した結果、小氷期を引き起こしたのは13世紀半ばに発生した火山の噴火であると推測しました。

ギレ氏は「月食の可視性が地理的にも気象学的にも異なることを考えると、この調査方法での研究には限界があります。しかし、私たちの研究は、皆既月食という確立された歴史上のマーカーに基づいて調査ができる、信頼性が高い新しい方法で調査を行いました」と述べています。