●ウエストランドの「夢がない」が“振り”に

テレビ解説者の木村隆志が、先週注目した“贔屓”のテレビ番組を紹介する「週刊テレ贔屓(びいき)」。第265回は、4日に放送されたカンテレ・フジテレビ系バラエティ特番『R-1グランプリ2023』(19:00〜)をピックアップする。

今年は『M-1グランプリ2022』王者・ウエストランドの「R-1は夢がない」というネタが宣伝効果となって注目度が高かったが、ファイナリストらが、この“振り”を生かして盛り上げられたのか。

『R-1グランプリ2023』王者の田津原理音

○■オープニングで「夢がない」を全否定

番組は歴代王者のお見送り芸人しんいちと、ゆりやんレトリィバァのインタビューからスタート。下積み時代の話や優勝の瞬間をプレイバックするエモーショナルな演出は王道と言っていいだろう。

しかし、最後にしんいちが「結構どころか、めっちゃ変わりましたよ。3カ月くらいで70〜80本くらい(番組に)出たんで。テレビだけで。『こんなに変わるんだ』っていうのは言っときたい。『僕が言わな誰が言うの』って思いますし、R-1にも夢ありますよ」、ゆりやんが「本当に夢の舞台で、本当にほしい称号ですね」と、たたみかける。さらに、Yes!アキトが「R-1獲ったやつにしか見えない夢があるんじゃないですか?」、田津原理音が「R-1優勝が夢なんでね」などとファイナリストたちの“夢”であることが強調された。

それが終わると、「芸歴10年以内 エントリー数3,537名」と誇るようにテロップが表示されるなど、ウエストランドの「夢がない」を真っ向否定するようなオープニングと言っていいだろう。ただ芸人たちの本心がそうであっても、制作サイドが「視聴者から見て夢のあるコンテストにできていない」ところに苦しさを感じさせられる。例えば、カンテレとフジテレビが連携して、「優勝者にゴールデン全番組への出演権が与えられる」などの分かりやすい夢を見せてほしかった。

スタジオにMCの霜降り明星と広瀬アリスが登場し、せいやが「始まりましたよ! ウエストランドさん〜。逆に今年それで盛り上がっているんですよね」と盛り上げようとしたが、今年も緊張の様子がうかがえる。特に『M-1グランプリ』の今田耕司、『キングオブコント』の浜田雅功と比べられる霜降り明星のプレッシャーは大きいのだろう。

審査員は昨年と同じ5人だが、右端に座る陣内智則は開口一番「去年ね、『もうひと展開ほしい』って言い続けてプチ炎上したんで、今年は言わないように精一杯頑張ります。よろしくお願いします!」と低姿勢を見せた。

結果として、陣内、小籔千豊、野田クリスタルの3人は、ほぼ称賛ばかり。「採点が伸びなかった理由」などのネガティブなコメントは、ほぼバカリズムとハリウッドザコシショウのみに留まっていた。ただ、弱腰な印象は保身や威厳のなさにも見えてしまい、他の賞レースと比べて「R-1の権威を審査員が作れていない」という点の難しさを感じてしまう。

○■ネタ時間の短さから小ネタの羅列に

下記にネタ順と採点結果を挙げていこう。

1番手のYes!アキトは、「1年間かけて作ってきたNEWアキト」という1人コントをベースにした得意のギャグスタイルで挑み、陣内智則:90点 バカリズム:88点 小籔千豊:93点 野田クリスタル:94点 ハリウッドザコシショウ:91点で、計456点。

2番手の寺田寛明は、「塾講師でもある」ことから日本語の面白さを追求したデジタルフリップネタで勝負し、陣内:94点 バカリ:92点 小籔:94点 野田:94点 ザコシ90点で、計464点。

3番手のラパルフェ都留は、十八番である「阿部寛のモノマネ×コント」のネタで、陣内:89点 バカリ:87点 小籔:90点 野田:91点 ザコシ:94点で、計451点。

4番手のサツマカワRPGは、「いろいろな人が出てくるという持ち味」を生かした1人コントを下敷きにしたギャグで、陣内:91点 バカリ:90点 小籔:96点 野田:93点 ザコシ:92点で、計462点。

5番手のカベポスター永見は、「僕が面白いと思うことをむき出しで見せる形」のつぶやきネタで、陣内:88点 バカリ:86点 小籔:97点 野田:96点 ザコシ:93点で、計460点。

6番手の復活ステージから勝ち上がった、こたけ正義感は、弁護士キャラを生かしたフリップネタで、陣内:93点 バカリ:91点 小籔:92点 野田:93点 ザコシ:93点で、計462点。

7番手の田津原理音は、「フリップ芸の違う見せ方にこだわった」というカードゲームのネタで、陣内:92点 バカリ:89点 小籔:97点 野田:96点 ザコシ:96点で、計470点。

8番手のコットンきょんは、「ピンだけどコンビで挑んだ」という1人コントで、陣内:95点 バカリ:90点 小籔:96点 野田:92点 ザコシ:95点で、計468点。

順位は1位:田津原(470点)、2位:きょん(468点)、3位:寺田(464点)、4位:サツマカワRPG、こたけ正義感(462点)、6位:永見(460点)、7位:アキト(456点)、8位:都留(451点)となり、田津原ときょんがファイナルに進出した。

ざっくりとネタのジャンルを分けると、フリップ&大喜利が4人、一発ギャグが2人、1人コントが2人。見せ方の工夫こそ見られるが、小ネタを羅列するスタイルが大半を占め、純粋な1人コントや漫談がないのは寂しい。やはり1・2回戦2分、準々決勝から決勝までは3分というネタ時間の極端な短さが影響しているのではないか。

そこに、「小さな笑いは起きても散発的で、大きなお笑いにつながりづらい」という課題が見える。実際、審査員の最高点は、小籔97点、野田とザコシが96点、陣内95点、バカリに至っては92点に留まった。この採点は「バカウケした人がいない」という裏付けと言えるのではないか。

●審査員の声なきエンディングに寂しさ

ファイナルステージの前に、昨年と一昨年の2年連続で準優勝に終わったZAZYがVTRで登場。「1年たってもまだ悔しいですね。『僕はR-1優勝できない人生やったんや』っていう感じ。R-1のファイナルって1対1なんで芸人にとって一番ヒリつくステージじゃないですか。2分の1で『勝つか負けるか』って。優勝と準優勝では全然違いますからね」と実感を込めて語り、絶対に負けられないムードを醸し出した。ZAZYは最も悔しさをあらわにした準優勝者であり、「R-1を夢見ていた」という意味で納得の演出だろう。

田津原は先ほどと同じカードゲームの別バージョン、きょんはリモートで別れそうな友人の男女を説得する男の1人コントを披露。ザコシが田津原、野田が田津原、小籔がきょん、バカリがきょん。2票ずつになったこの時点で、最後の陣内が「いやいや、(俺の1票がそんなに責任重大)ちゃうちゃう!」と立ち上がって中断させて笑いを誘いつつ、田津原を選んで王者が決定した。

ところが、広瀬アリスが早口で進行し、急いでトロフィーなどを渡し、田津原が「どんな人生?」とひと言だけ話して終了する、何ともせわしないエンディング。CMを挟まずミニ番組『まもなくENGEIグランドスラム』に切り替わり、2つのスタジオをつなげてトークを始めたが、この構成には疑問が残る。

田津原が「もうちょっと泣く余韻が欲しかったです」とコメントしていたように感動や祝福ムードは薄れ、何より審査員たちのコメントが全くないのは残念だった。なぜ田津原だったのか、今回はどんな大会だったのか。5人の声を聞けないエンディングは大会の権威を削いでしまうだけに何とももったいない。

その他の場面でも審査員の採点コメントが他の賞レースと比べても明らかに少なく、編成の難しさはあるのは分かるが、生放送の賞レースで2時間はやはり厳しいのだろう。

ちなみに、きょんが披露した1本目のネタは放送中から「コットンのコンビネタを1人でやっているだけで、これはありなのか」という声がネット上に飛んでいた。あの三谷幸喜が絶賛する、きょんの演技力が素晴らしかったのは間違いないが、このあたりの規定をクリアにしなければ大会の権威も優勝者のステイタスも上がらないのではないか。

○■生放送コラボとサポートへの期待感

最後にもう1つ言及しておきたいのは、『ENGEIグランドスラム』とのコラボ。『ENGEIグランドスラム』を3年半ぶりの生放送にしてまで『R-1グランプリ2023』とコラボさせたのは、まさに英断だった。

TBSが『キングオブコント』を8時間生放送の『お笑いの日』に組み込んだことで盛り上がりを取り戻したことを踏襲したのだろうが、この編成によって一大イベント感は一気に増した。ただ、土曜14時にスタートし、メインイベントとして『キングオブコント』を放送するTBSに比べると、『ENGEIグランドスラム』より先に放送する『R-1グランプリ』の扱いは軽く、改善の余地を残している。

また、『ENGEIグランドスラム』のトップバッターに因縁のウエストランドを据え、トリを新王者の田津原が務めるという構成は見事だった。さらに、バカリ、ザコシ、霜降り明星、きょんが両番組をハシゴしたほか、松岡茉優の体調不良によって友人の広瀬アリスがMCを務めるというハプニングも生放送の醍醐味。ただ、最もお笑いフリークを喜ばせたのは、ファイナリストの楽屋をずん・飯尾和樹がめぐるコラボ中継企画だろう。

田津原を除く敗者7人が一発ギャグなどを披露したほか、チョコレートプラネット、ジェラードン、堀内健がそれぞれ架空のピン芸人「おきょめ」「長田ショルダー」「りゅうちゃん」「ちぃちゃん」「クソ真面目大学生タケヒコ」を演じて本ネタ以上の笑いを誘っていた。

優勝者には賞金500万円と「全国ネット優勝特番」などの特典が明かされていたが、本当に必要なのはフジテレビによる全面的なサポートではないか。これまでは別格の『M-1グランプリ』はさておき、TBSの『キングオブコント』や日本テレビの『女芸人No.1決定戦 THE W』と比べると、バラエティへの出演数という点でサポートが十分とは思えないところがあった。

それだけに、大会当日に『ENGEIグランドスラム』と生放送コラボした今年は、フジテレビのサポートが期待できるのかもしれない。田津原は「銀河系一、平場が弱い」と自虐するだけに不安はあるが、まずは4月からの3カ月間、フジテレビの番組にどれだけ出演できるかが鍵を握りそうだ。

○■次の“贔屓”は――日曜の人気番組がコラボ! 『NHKのど自慢』『行列のできる相談所』

吉田沙保里(左)と王林

今週後半放送の番組からピックアップする次回の“贔屓”は、12日に放送されるNHK総合『NHKのど自慢』(毎週日曜12:15〜)と、日本テレビ系『行列のできる相談所』(同21:00〜)のコラボ。

毎週日曜に放送されているNHKと日本テレビの人気番組が意外性十分のコラボを行う。まず昼の『NHKのど自慢』には北村晴男弁護士と吉田沙保里がガチンコで予選会に参加し、王林はゲストとして歌唱。次に、夜の『行列のできる相談所』には小田切千アナと鐘の秋山気清が出演するという。

それ以外でも、どんなコラボが見られるのか。意外に縁が深い両局だけに、思い切った演出が見られるかもしれない。

木村隆志 きむらたかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月30本のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組にも出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。 この著者の記事一覧はこちら