話題を呼んだ「エルピス」(画像:カンテレ提供)

昨今のドラマファンの間で、ひときわ強い存在感を放っているのが関西テレビ放送(カンテレ)だ。

昔から骨太のドラマ制作で知られており、古くは「GTO」(1998年)や「アンフェア」(2006年)などの名作を世に放っている。

そんなカンテレにとって、昨年10月期の「エルピス」は1つの大きな潮目になっている。

骨太な社会派ドラマであった本作は、冤罪事件の真実をめぐるテレビ局および報道番組の姿勢を通して、政治へのマスメディアの忖度(そんたく)や癒着を、リアリティーをともなって描き出した。それは、テレビというメディアへの自己批判にも映る。

元TBSの佐野氏が移籍、「エルピス」が実現

また元TBSの佐野亜裕美プロデューサーがカンテレに移籍し、TBS在籍時から温めていたエルピスの企画を6年越しで、ドラマ化したことでも話題になった。

クリエイティブ本部制作局 局長の小寺健太氏は、佐野プロデューサーが持ってきた同企画にゴーサインを出した人物だが、その判断に躊躇はなかったという。

「渡辺あやさんの脚本を読み、スタッフやキャストの座組を見て、僕自身も観たいドラマだと思いましたので、やりましょうと即決でした。もちろん社会派ドラマですから、しっかりした調査にもとづいていなければなりません。その点は意識しましたが、佐野の仕事ぶりを見て全幅の信頼を置いていましたので、安心して任せました」

本作が話題になった要因の1つには、テレビがメディアとしての姿勢を自ら揶揄した点にある。だが、そういった作品はこれまでにもなかったわけではない。

本作が異質だったのは、綿密な調査によって作り込まれた脚本で描かれるシリアスかつスリリングなストーリーの展開に加えて、役者の鬼気迫る演技や映像のクオリティーにもある。誰もが楽しく安心して観られる、従来の万人向けの“地上波ドラマ”ではない、という部分も大きいだろう。

そこに佐野プロデューサーが移籍した経緯といった、ドラマ制作の裏側のエピソードも注目を集めた。そんなトータルでの力強い作品力に、敏感に反応した多くの視聴者が、エルピスの世界に引き込まれていったのだ。

カンテレがエルピスのようなドラマを作ったのは偶然ではない。この10年でメディアを取り巻く環境は大きく変わり、放送から配信へと主戦場が移り変わっていった。

さらにかつてはテレビというキングオブメディアにおいて独壇場だった地上波ドラマは、配信プラットフォームのオリジナルドラマや海外ドラマなどとの熾烈な競争に巻き込まれていく。

そんな環境の変化に最もアクティブに順応しているテレビ局の1社がカンテレである。

制作局長の小寺氏は、2020年までコンテンツビジネス部長を務め、プラットフォーム各社との、番組配信契約などストックコンテンツのビジネスに従事してきた。

地上波ドラマと配信ドラマの違い

小寺氏が自社ドラマをプラットフォームへ売り込むうえで感じたのは、配信ドラマのクオリティーと視聴者の本物志向のニーズだったという。

地上波ドラマは、1話完結が観てもらいやすい、恋愛要素があるほうがウケる、画面が明るいほうがいい、といった定説や視聴率を上げるためのセオリーがある。

だが、逆にそれらを踏襲するドラマこそ、いまの視聴者にはチープに見られることに気づいた。

小寺氏は2020年にドラマ制作の責任者になると、「従来の作り方ではテレビ局のドラマは観てもらえなくなる」と社内を鼓舞した。

「テレビ業界は守られた世界であることをプラットフォームとのビジネスのなかで痛感しました。商流もビジネススタイルもテレビの先に進んでいて、制作予算も作品の規模感もまるで違います。そんな無数のドラマが生まれているなか、海外ドラマを含めてすべてがライバル。そこで勝っていくには、個性とオリジナリティーが必要です」

また、地上派で放送したドラマを、プラットフォームでも配信する、ということを考えたときに、地上波テレビ局には、暴力的なシーンや、性表現など、公共の電波を使う免許事業者であることの映像表現の制約や、会社としての厳しいコンプライアンスが、ハードルとしてある。

それはバラエティー番組でとくにいえることだが、ドラマにも当てはまる。プラットフォームの配信オリジナルドラマで「地上波では描けない」が宣伝の決まり文句になっていることでも視聴者には伝わるだろう。

小寺氏は「それは実際にあります。公共の電波を使用しているわけであり、スポンサーにご提供いただいていることも前提としてありますから、配信と同じく自由に制作できるかと言うとそうではありません」とドラマ制作の自由度として足かせになっていることを認める。

しかし、だからといってそれが配信ドラマと戦えないということにはならない。

「刺激がないと言われるかもしれませんが、許容されるなかの独自性で刺激は伝えられます」(小寺氏)

配信ドラマとどう戦うか

たとえドギツい映像表現がなかったとしても、その伝え方は1つではない。女性連続殺人事件を取り上げた「エルピス」はストーリー性と映画のような肌触りの映像、役者の演技で視聴者の感情を動かしている。

小寺氏は「いまテレビ局に求められるのは、リアルタイムの放送でも、ストックコンテンツとしても楽しまれるドラマ作り。そこでの指針は『ドラマ好きが楽しめるドラマ』『話題になるドラマ』『役者が出たいと思うドラマ』『配信オリジナルドラマと比較して遜色のないドラマ』の4つ。配信ドラマと同じ土俵で対等に戦えると考えています」と自信をにじませる。

さらにプラットフォームでの配信のタイミングという点では、キー局がドラマを自社系列や、グループ会社のプラットフォームで独占および先行配信するなか、カンテレはその垣根をさらに越えた全方位戦略を取る。

もちろん作品ごとに契約内容は異なるが、どのプラットフォームでもカンテレのドラマが観られる環境を目指している。

他局のこれまでの一部事例を見ると、TBSは「ドラマストリーム」枠の「村井の恋」をParaviとU-NEXTで1週間先行配信、テレビ東京は「ドラマ25」枠の「先生のおとりよせ」をAmazon Prime Videoで数時間先行配信。

準キー局では、ABCテレビは深夜ドラマ「僕らのミクロな終末」を第1話放送と同時にFODで全8話配信、読売テレビは「失恋めし」を放送時期未定でAmazon Prime Video先行配信。各局がこうした深夜ドラマでの配信先行トライアルを、昨年ぐらいから行っている。

そうしたなかで、カンテレはこの1月期から「インフォーマ」をNetflixで先行配信。その1週間後に自局で放送する配信ファーストに踏み切った。

これまでの他局の動きと異なるのは、最大手グローバルプラットフォームの1つであるNetflixとの先行配信および世界配信という本格的な契約に踏み込んでいるところにある。

ネトフリにもカンテレ作品がランクイン

その結果、ここ最近のNetflixの視聴ランキングTOP10には、先行配信の「インフォーマ」、放送直後配信の「罠の戦争」、放送期間終了後配信の「エルピス」の3作が同時にランクインする週もあり、カンテレのプレゼンスとブランド価値を大いに高めている。

「配信事業者との付き合い方には、テレビ界のいろいろな軋轢があります。しかし、高い市場シェアを誇るグローバルプラットフォームでの先行配信は、踏み込んでいかないといけない。リーチを意識した出し方が他局さんとの戦略の違いとしてあります。カンテレのプロデューサーを含めたスタッフ全員が、放送はもちろん大事にしていますが、その後のストックコンテンツとして自分たちの作品がどう観られていくかをつねに意識しています」

業界内でもプラットフォームでの配信に積極的なカンテレだが、もちろんテレビ局として放送を第一にするスタンスは変わらない。そのなかで、配信で収益を上げるとともに、視聴者のリーチを広げ、なおかつブランド価値の向上につながる対応を目指している。

グローバルプラットフォームでの配信ファースト戦略は、社内での検証も踏まえながら対応していくというが、検証結果がどうであれ「配信戦略が以前に戻ることはない」と、小寺氏は前を見据えている。

「視聴メディア環境や倍速視聴といったドラマの観られ方が変わっているなか、その変化に対応していかなければ時代に置いていかれます。ドラマが2時間でもいいし、韓国のように週2回でもいい。2クールになってもいい。いまの視聴者のニーズに即したドラマを制作していきます。カンテレのドラマはおもしろいと思ってもらうことが最終目的です」

“攻めるドラマ”のカンテレに根づくドラマ文化

もともとカンテレはドラマ文化が根づいている局だ。大阪の準キー局では、M-1グランプリのABCテレビ、吉本新喜劇を放送するMBS毎日放送などお笑いに強い局や、アニメに強い読売テレビといったカラーがあり、そこで“ドラマのカンテレ”を意識的に打ち出してきた。

その結果、ドラマ志望の人材が集まり、現在ではプロデューサーであってもドラマ制作を手がけられるかどうかは企画次第、という下剋上の体制を敷くことで、制作力を磨き上げている。

そこにエルピスの佐野プロデューサーが加わったこの3年を小寺氏は「いい刺激を受けているのは間違いない。社内にドラマ制作をしたい社員はたくさんいますから、競争原理を働かせて危機感を持ってもらうようにしています」と、“攻める”と言われるドラマ制作の裏側を明かす。

昨年10月に関西ローカルでスタートした深夜ドラマEDGE枠では、「インフォーマ」をはじめドラマ開発の実験的な枠として、新たな挑戦を続けていく。この先、視聴者を驚かせるような“攻める”ドラマをカンテレが次々と生み出していくことを期待したい。

(武井 保之 : ライター)