ペットの柴犬の写真をツイッターに投稿し続け、その自然体のかわいさが人気となっている@inu_10kg。ESSEonlineでは、飼い主で写真家の北田瑞絵さんが、「犬」と家族の日々をつづっていきます。第54回は「冬のドライブで犬と過ごしたある日」についてです。

犬と訪れた和歌山県・龍神村で過ごした豊かな時間

高野山からさらに高く伸びる山岳道路・高野龍神スカイラインを上るにつれて雪景色が辺り一面に広がっていく。高野龍神スカイラインは山地を分け入って敷かれた道路で(というか和歌山はそんな道ばかり)景観の良さから春や秋はツーリングを楽しむ人も多い。

両親と犬と高野龍神スカイラインの到着地である和歌山県田辺市龍神村に向かっている。犬は私のひざの上に乗り上げて左頬を車窓にピッタリつけて流れる景色を眺めている。

サービスエリアで休憩をすると「待ってました!」と言わんばかりに車から跳ねるように降りてきた。その勢いのまま雪化粧をまとった広い駐車場を走る走る走る…。

銀世界を流れ星のように駆けていく犬がまばゆい。

そこから車をしばらく走らせて山間部を抜けて道を下るにつれて雪は溶けていった。

銀世界は幻だった。そう思うほどのどかな陽射しに運ばれて龍神村に到着! 道の駅に立ち寄る。

龍神村は温泉がとても有名で、予定通り父と母は温泉に向かう。今からは温泉組と散歩組に分かれて行動。ウチら散歩組はいったん道の駅のベンチで一休み。マンホールかわいいね。

龍神村に着いたら皆瀬神社にお参りをしたくて、地元の方に行き方を尋ねると「吊り橋を渡ればすぐですよ」と指差す先には吊り橋が見える。道の駅のほんのすぐそばに架かっている。「犬も渡れるんですかね?」と思わず口から出すと「犬も渡ってますよ」とはにかんでくれた。

犬は吊り橋を渡ったことがなく、てか私も渡ったことあるんかな? 記憶にない。吊り橋未経験者だがふたりとも高い所は苦手ではない。恐怖心を煽られるような心もとない橋でなければ渡れる…はず。わからんけど。でも犬がほんの少し、小指の甘皮程度でも怖い素振りを見せたら即やめよ。では吊り橋へGO!

●犬にとって初めての吊り橋

想像の三倍頑丈やった。見るからに安定感があって、吊り橋ビギナーにやさしい。丸太が連なったしっかりした土台に隙間なく木の板が敷かれている。左右に太いワイヤーも通っている。「とはいえ無理しやんでええからな」犬と自分に言う。

犬はいつも初めての場所に来たらまずにおいを嗅ぐ。まわりの地面や段差に鼻を凝らしていた犬がふと顔を上げて吊り橋をジ、と見る。「無理せんとき」と私が言い終わるよりも先になんと犬は微塵のためらいもなく吊り橋を渡り始めたのだ! 一歩また一歩、いとも易々と歩みを進める!

私は内心「え゛!?」と慌てながら犬のあとを追う。心の声を発さないのは犬が初めて吊り橋を渡っているところに水を差したくないから。

正直、犬は怯むと思った。もしかして私は過保護なのか。私は犬が激しく咆哮(ほうこう)を上げる姿を見ようとも、いつまでも赤ちゃんのようにか弱い存在だと思っているところがある。それはフィルターがかかっているのではないか。犬は私が心配するよりずっとたくましいのかもしれない。

吊り橋を渡り終えたら本当に目の前に皆瀬神社が鎮座していた。澄んだ空気に差し込む光が美しく、何本もの立派な御神木に囲まれて荘厳な神社。礼拝をして、静かな時間を過ごす。

そして犬は再び吊り橋を渡って戻ろうとする。行き道では冷静さを欠いていたが、犬の初挑戦である勇姿を目に焼き付けねばならない! 母に見せるために動画も撮る。犬は一歩も踏み外さずに板の上をスタスタスタ…とモデルさながらに真っ直ぐ歩く。

二本より四本で歩くと安定するのかとも思うがそれでもきれいに一途を辿る。器用さに感心するが…んんん? なんだかこの歩き方には見覚えがある…! そうだ! 犬は普段の散歩でもよく道路の白線の上だけを歩いているのだ!

だから上手なんやねってことかはわからんけど、日常の習慣がこんなふうに表れたならおもしろい! そしてちょうど道の駅で温泉組と合流。父と母のツヤツヤした顔からいい湯だったのは明らかである。吊り橋を渡っている動画を母に見せると「すごい!!」とびっくりして犬を褒めていた。

犬から渡っていったがそれでも無理をさせていたのではと気がかりだったので「怖がってるように見える?」と尋ねたら「全然怖がってなさそう」と笑ったので胸をなで下ろした。まぁ犬の本音は犬にしかわからんけどさ。

満ちたりた気持ちで龍神村をあとにする。世界にまたひとつ大好きな場所が増えてうれしい。私の太ももにちょことあごを乗せた犬の眉間をなでる。

行きとは違う道を使って帰ることにして、少しだけみなべ町の海に立ち寄った。時刻は16時、冬の夕暮れ時の海は貸切。波際で母と犬が遊んでいたら思いがけず波が近寄ってきて、ふたりして慌てた。

せっかく濡れずにすんだのに、自ら海に寄っていっては手足を濡らす。鼻を水面に寄せて潮のにおいを嗅いでいるのだろうか。

いい一日だった。2023年もこんな豊かな時間を過ごせるといい。

第1回〜12回までの連載に加え、書籍オリジナルのコラムや写真も多数掲載した『inubot回覧板』(扶桑社刊)。こちらも犬の魅力が満載なので、ぜひご覧ください。