安全で快適な家をつくるために、必要なことってなんでしょう? 時事YouTuberのたかまつななさんが、日本の気候や生活様式に合わせたパッシブハウスの普及を進める「パッシブハウス・ジャパン」代表理事の森みわさんに聞きました。そのヒントは、ドイツで普及している超省エネ住宅「パッシブハウス」にあるそう。

 

クルマの燃費のように家の省エネ性能を「見える化」する

たかまつ:「パッシブハウス」とは、どのような住宅をいうのでしょうか。

森:パッシブハウスは二十数年前に、ドイツのヴォルフガング・ファイスト博士という物理学者が確立し、それが世界中で進化・応用されてきた「メソッド」です。設備に頼らない太陽と風に素直な家づくりのことで、それが数字で見える化できるのが特徴です。冷暖房に使うエネルギーをクルマの燃費のように明確に示すことができるんです。

たかまつ:ドイツではすでに、パッシブハウスが普及しているんですか?

森:現在、新築の半分位はパッシブハウスの性能を満たしているといわれています。国が定めた省エネ性能の義務基準が厳しくなり、コストが変わらなくなったので、「やらないほうがもったいない」と考える人が増えたんです。

たかまつ:ドイツでは、省エネの「データ」で家を選択するんですね。

森:EUでは2008年に家の燃費を定量的に示す「エネルギーパス」が義務化されました。ラベルのない家は売ることができません。安くてエネルギーをたくさん使う家と、ちょっと高いけど、すごい省エネの家があったら後者を選ぶ。消費者が判断を下せる材料、信頼できる「ものさし」がパッシブハウスの計算メソッドなんです。

たかまつ:やはり、日本の住宅政策は遅れているんでしょうか。

森:日本は省エネ基準が義務化されていません(*)。基準がないため、いまだに夏暑く冬寒い家が建ち、そんな家がローコストである程度人気を集めます。国の奨励基準もレベルが低く、クルマでいえば排気ガス規制の最低ラインの車を「国の基準をクリア!」と自慢して売り、みんな選んでいる状態です。

たかまつ:健康もパッシブハウスのメリットだそうですが、ドイツでも健康の観点から家を考えるんですか?

森:ヨーロッパは家全体を暖めるので室内は快適。ドイツの家はもともと健康的なんです。でも日本の住宅は冬、部屋ごとの温度ムラが大きく、ヒートショックで亡くなる人は年間2万人ともいわれます。

たかまつ:それは危険ですね。

森:断熱構造は基本で、さらに気密性・断熱性が高いほど、壁の中の見えないところでの結露や過剰な湿度を回避でき、アレルギーの原因となるカビやダニと無縁な暮らしになるんです。

たかまつ:住宅における省エネって地球環境を守るとか、環境負荷をなくすというイメージが強かったので、「健康」というキーワードには驚きました。

※(*)2025年から「平成28年基準(断熱等性能等級4)」をすべての新築住宅に義務づけることが決まっている。それまでは努力目標

 

みんなの価値観が変われば住宅事情も変わるはず

たかまつ:日本の住宅の省エネ化について、どう評価していますか。

森:国が義務基準を出さないのは怠慢。最低ラインを決めて、建築確認申請のときにふるいにかけることが、本来の行政の仕事です。断熱等性能等級において、等級5・6・7という数字が国の文書に出てきたことは評価できますが、断熱性能に関してだけ。建築分野の省エネ化を確実なものにするには、窓からの日照エネルギーも含んで計算すべきです。逃げる熱と入る熱を把握しないとエネルギーは厳密に計算できません。

たかまつ:それはそうですよね。

森:パッシブハウスは断熱性能だけでなく、太陽エネルギーをうまく使えるようデザインします。室内は快適な温度で、光があふれる省エネ住宅ができる。でも、ローコストで等級7となれば窓は小さくなります。外の暑さ寒さだけでなく、外への視界も断たれては、省エネ住宅に間違ったイメージを持たれてしまうことも危惧しています。

たかまつ:どうして国は最低基準の義務化を積極的に進めないのでしょう?

森:一部の施工業者にとって都合が悪いからでしょう。企業は25%程度の利益を求めますから、できるだけローコストで家をつくりたい。また、年間1万棟を建てている会社が、一棟一棟個別の省エネ計算で対応するのは厳しいですしね。あとは、建材調達の問題もある。現在のローコスト化のための量産ラインは、過去の大きな設備投資で成り立っていますから、フットワークは重くなるのでしょう。

たかまつ:残念な話ですね。

森:でも、ボトムアップで変えていけるとも思っています。多くの人が意識の高い施工者・設計者を選び、それがメインストリームになれば、国も新しい基準に着手するはずです。

たかまつ:そのきざしは感じますか?

森:変化は感じます。若い人たちは、ネットを使って自分たちで調べたり、新築にこだわらず、エコハウスがいいからとセルフリノベをしたり。こうした価値観の変化に加え、エネルギー価格の高騰もあります。光熱費の負担が増え、年配の方の考えも変わるでしょう。そういう意味では国の基準を待つ必要はないのかもしれません。「国が変わらないと社会は変わらない」ということはありませんから。

日本は家づくりのコスパ、パフォーマンスの価値が違う

たかまつ:住宅の断熱性や省エネ化は、SDGsの文脈にも当てはまるわけですが、日本のSDGsの盛り上がりについて、森さんはどう見ていますか?

森:明確な目標にみんなが相乗りしていく流れは、いいと思っています。ただ、17の目標のうち、たとえば3つだけに該当しても意味がないと思っています。SDGsはポイント制ではなく、アクションがすべての項目に矛盾しないことが重要ではないでしょうか。それが最終的に「だれも置き去りにしない社会」につながる。中身のないSDGsの使われ方も増え、悩ましいなと思います。

たかまつ:あるインタビューで森さんが「家づくりのコスパの『パ』、パフォーマンスの価値が日本は違う」とおっしゃっていたのが印象的でした。

森:やはり価値観なんです。日本では家のパフォーマンスとして、広さやデザインを求めます。自分の生命にからむ耐震性能にはこだわるけれど、まだまだ多くの人にとってエネルギー問題は他人ごと。地球の裏側の人たちの生活が、しんどくなっていることに思いをはせることができない。そんな日本の価値観が、そのまま住宅市場に反映されているように思います。

たかまつ:そうなんですね。

森:30年前のドイツでは他国へのエネルギー依存が増え、「環境問題」のみならず「国防」の観点から省エネが始まりました。そして今、自分たちが世界をリードしているという自負がある。日本とは小学校の教育から違っていて、たとえばジュースを買うとき、ドイツの子どもたちは、ペットボトルではなく、重いガラスビンを選びます。そして次にお店に行くときにビンを持っていき、デポジットの機械に入れて50セントを回収する。数百円の買いものでも、環境負荷の少ないものを選ぶ。そういう価値観が、数千万円をかける家づくりでも継承されるんです。

 

家を建てるとき、家の燃費か光熱費予測を聞いてほしい

たかまつ:省エネ性能が家づくりのポイントになりつつあるけれど、消費者のリテラシーに委ねられている面もある。省エネ住宅を建てたいと考えている方にアドバイスをいただけますか。

森:設計段階で「家の燃費か光熱費予測を提示してください」と聞いてみてください。光熱費予測が出せるということは、冷暖房エネルギーを把握しているということ。回答できない業者に依頼するのはリスクでしかありません。

たかまつ:そもそも、省エネなど考えてないっていうことってことですよね。

森:残念ですが、消費者が知識をつけないと間違った買い物になってしまうのが、日本の住宅事情です。真面目に一生懸命やっている会社より、営業力だけが強い会社が選ばれる状況を回避したいし、なにより家を買うという一生に一度の買い物で後悔してほしくない。そう思っています。

●教えてくれた人:森みわさん
ドイツの建築事務所でパッシブハウスの設計プロジェクトに携わり、2009年3月に帰国。2010年に「パッシブハウス・ジャパン」を設立。日本の風土に合わせたパッシブハウスのあり方を提言している