テスラは「合理化」と「おもてなし」の融合によって、顧客の心をつかんでいます(写真:いがぐり/PIXTA)

今、多くの日本企業で行われているDXは北米生まれのプラットフォーマーや、SaaS企業、ハイテク企業の考え方に基づくものだ。

しかし、外国のやり方をそのまま日本企業に定着させるのは、非常にハードルが高い。日本企業のよさが薄れるだけでなく、日本の組織文化も失ってしまう可能性がある。

日本企業とグローバル企業、ITベンダーとユーザー企業でキャリアを築いてきた各務茂雄氏には、日本企業にふさわしい、新しいDXの形が見えてきている。それをまとめたのが氏の著書『日本流DX』。今回は合理化(デジタル)とおもてなし(アナログ)を融合させたDXについて解説する。

テレワークよりバリューチェーン最適化

DX(デジタルトランスフォーメーション)というと、テレワーク実施率を高めることとつなげて考えてしまう人もいると思うが、DXのゴールはそこではない。


DXのゴールは、働く環境の利便性を高め、仕事のスピードを上げるために、デジタル思考とデジタル技術を用いてビジネスに関わるあらゆる事象に変革をもたらすことである。

そのために注目するポイントが「バリューチェーンの最適化」、つまりビジネスのすべてのプロセスの無駄をなくし、モノやサービスを作っている人と、それを消費する人々をできる限り近づけるということである。

バリューチェーンの最適化を実現させてDXを推進している企業として、テスラがある。2003年にイーロン・マスク(Elon Musk)氏が設立した同社の自動車は、EVや自動運転といった特徴が注目されがちだ。

しかし、テスラが既存の自動車会社のEVと一線を画し、ビジネスを拡大している背景には、デジタル思考による合理化をしながら、アナログ思考による顧客満足度の向上施策を行っていることがある。

営業やマーケティングを極限まで絞る

まず、テスラのアナログ思考を象徴するのは、顧客満足度の向上施策だ。

テスラの人気車種「Tesla Model S」は、標準仕様でも1000万円を超える高級車である。そうした高級車を販売しているにもかかわらず、同社は既存の自動車会社が実施している営業活動やセールスマーケティングを極限まで絞っている。

積極的な営業活動はいっさい行わず、テレビや出版媒体を利用したマスメディア広告も出していない。購入希望者は同社のサイトで車種や搭載機能、ボディカラーなどをカスタマイズする。当然見積もりも1種類しかなく、値引き交渉もできない。

唯一あるものは、ご自由に乗ってくださいという、試乗の機会のみである。それにもかかわらず、「テスラ=高級で最先端、そして顧客エンゲージメントの高い企業」というイメージを定着させている。

この理由を知るために、まず一般的な顧客アプローチを整理したうえで、テスラの顧客アプローチを見ていきたい。

企業にとって最も利益をもたらす顧客に対して、通常、人的リソースやコストを投下して個別対応する。最もアナログの価値を投入するところであり、対面での個別訪問などを行う。時には食事会などもする。こうしたアプローチを「ハイタッチ」と呼ぶ。

次は、企業にとって平均的・中間的な利益をもたらす顧客に対して、一定の人的リソースやコストは割くものの、手厚くは対応しない。専任の担当者を配置しないで、複数で顧客に対応したりする。「ネームド」というアプローチだ。個別対応を増やさないように、標準的でデジタルな対応で合理化を心がけつつ、時にはアナログ的な個別対応を行い、バランスをとっている。

最後の「テリトリー」はマスに向けたアプローチである。SNSや自動作成のメールなどデジタル技術を活用する。人的リソースをかけずに多くの顧客と接点をもつことが目的である。ただし、「テリトリー」の顧客が重要顧客になってきたタイミングで、「ネームド」に扱いを変え、アナログ的個別対応を増やしていく。

3つのアプローチをまとめたのが次の図である。

(外部配信先では図や画像を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)


出所:各務茂雄『日本流DX』(東洋経済新報社、2022年)

デジタルとアナログをミックスさせた接客

テスラ製品の値段と従来のビジネス常識を考えれば、テスラは「ハイタッチ」のアプローチをしているのではないかと考えるのが一般的だろう。

しかし、同社と顧客の接点はすべてオンラインでありながら、試乗については1時間ご自由にどうぞと、EVをフルで体感できるショールームのようなところもある。デジタル的合理化とアナログ的おもてなしをミックスしているわけだ。つまり、「テリトリー」から入って「ネームド」となる。本来、「ハイタッチ」で売る製品を、「テリトリー」寄りの「ネームド」で売っているから、利益が出るのだ。

なぜこのようなことが成り立つのか。テスラオーナーは、新技術にいち早く触れたい「イノベーター(革新者)」や「アーリーアダプター(早期導入者)」が大半である。そうした人たちは合理性を重視し、大げさでウェットな接客を嫌う傾向があるようだ。オーナーが欲しいのはテスラ車を運転することで得られる体験であり、合理的なサービスである。それがテスラのビジネスモデルを成り立たせている。

顧客満足度と販売スピードのバランス

一方で、かゆいところに手が届くような柔軟な対応もゼロにしたいわけではないようだ。たとえば、私がはじめてテスラ車を購入した際、3カ所の不良が発覚した。誤解のないようにつけ加えると、走行機能を司る車載ECU(Engine Control Unit)を制御するソフトウェアの不具合ではない。降雨時にリアランプが曇ったり、ウィンドウの開閉時に異常音がしたりといった程度の不具合だ。とはいえ、日本の大手自動車メーカーの車であれば、お目にかからない初期不良である。

想像するに、製品の品質が上がり切るまで販売を待つよりも、クリティカルでない部分については一定のレベルまでいったら販売するというアプローチ、ちょうどソフトウェアのアジャイル開発のように追加や変更に対応可能なアプローチをとることによって、ユーザーの満足度と販売スピードのバランスをとっているように感じる。

クリティカルでない不具合の解決は、ユーザー自らがサポートセンターにスマートフォンで申し込む。リアランプの不具合状態を撮影して報告するのはすべてユーザー側だ。そのうえで来店の日時を予約する。これだけ聞くと「すべてセルフサービス?」と思うかもしれない。

しかし、こちら側の不具合報告はすべてテスラ側で情報共有されており、予約の数日前に担当者より修理内容の確認の電話連絡があり、顧客との対話を開始するアナログのおもてなしもある。そのような準備の結果、店舗での修理はすぐに完了する。

つまり、テスラでは不具合の報告から修理に至るまでのプロセスのほとんどが、デジタル化によって合理化されている。そして、電話での事前確認と最後の対面対応の部分だけ、アナログ対応を採用しているのだ。

こうしたアプローチに対して「ユーザーに不具合を報告させるのか!」と怒る顧客層をテスラはターゲットとしていない。ていねいではあるが、担当窓口が変わるたびに不具合状態を説明し直さなければならない、属人的な対応のほうがストレスだと感じる層に「刺さる」サービスを作り上げ、顧客満足度を向上させているのだ。こうした対応こそが、デジタルを使いながらも、顧客とメーカーの距離を近づけるサービスである。

サークルのノリをもつオーナーズクラブ

もう1つ注目したいのは、オーナーコミュニティである。テスラはアメリカやカナダ、日本などテスラオーナーたちが独自にオーナー団体「テスラオーナーズクラブ」を立ち上げ、情報交換したり、親睦を深めるイベントを開催したり、新機能の研究会などを実施している。私自身、テスラに乗って1年になるが、オーナーズクラブでの交流はサークルのノリで、リアルの集まりもあり、非常にアナログであると感じている。

そのようなアナログなコミュニティの仲間が、ユーチューバーとなって、テスラの自動車のインプレッションを行う。それはテスラにとって重要な「マーケティング活動」であり、ユーチューバー自身は広告収入を得ることができ、ユーチューブの視聴者は価値ある本当の情報を得ることができる。視聴者が購買を検討しているならば、意思決定の材料となる。

テスラは営業活動やセールスマーケティングを極限に絞っていると述べたが、こうした背景があるのだ。Win-Win-Winの関係ができている。もし損失があるとするならば、マーケティング費用が投下されない既存メディアなのかもしれない。

(各務 茂雄 : 三菱UFJフィナンシャル・グループCDTO補佐)