紀元前5世紀頃のインドの文法学者であり、「言語学の父」とも呼ばれるサンスクリット文法学者・パーニニが作成した文法規則を解読することに研究者が成功しました。

In Pāṇini We Trust: Discovering the Algorithm for Rule Conflict Resolution in the Aṣṭādhyāyī

https://www.repository.cam.ac.uk/handle/1810/332654

Ancient grammatical puzzle solved after 2,500 years

https://phys.org/news/2022-12-ancient-grammatical-puzzle-years.html

A 2,500-Year-Old Puzzle from Ancient India Has Finally Been Solved

https://www.vice.com/en/article/wxnamb/a-2500-year-old-puzzle-from-ancient-india-has-finally-been-solved

紀元前5世紀頃、つまりは2500年前に書かれたとされている「アシュターディヤーイー(パーニニ文典)」は、パーニニが作成したサンスクリット語の文法体形で、形態論を約4000の規則にまとめたもの。しかし、パーニニ文典では複数の規則が同じタイミングで同時に適用されるケース(規則の衝突)があるため、どちらの規則を適用すべきか文法学者たちは理解していませんでした。

例えば、「規則の衝突」が発生するため、特定の形式で「マントラ」や「グル」といった単語をどのように記述すべきかがこれまでは不明だったそうです。パーニニ文典に残る謎の影響で、他にも数百万ものサンスクリット語を正確に表現することができなかった模様。

このパーニニ文典に長らく残っていた謎を解き明かしたのが、ケンブリッジ大学の学生であるリシ・ラジャパット氏。サンスクリット語の研究者は、ラジャパット氏の発見を「革命的」と表現しています。



パーニニ文典には「規則の衝突」が発生した際に、どの規則を適用すべきか決めるのに役立つメタルールが存在します。しかし、これまで文法学者たちは「規則の衝突」に関するメタルールを誤解しており、文法的に間違った表現をしてしまっていたそうです。

「規則の衝突」を解決するために多くの学者が数百もの新しいメタルールを考案してきました。しかし、これは問題を解決するにはふさわしくなく、どれも例外を生み出すだけの完全とはほど遠いものであったとラジャパット氏は指摘しています。なお、これまでサンスクリット語の研究者は、パーニニ文典における「規則の衝突」を解決するためのメタルールを「同じ強さの2つの規則が同時に発生した場合、文法的に後からくる方の規則が勝つ」と解釈してきました。

しかし、ラジャパット氏はパーニニ文典のメタルールは「単語の左側と右側にそれぞれ適用される規則の間で、右側に適用される規則を選択する」というものであると主張しています。パーニニ文典のメタルールをこのように解釈すると、パーニニ文典に存在するあらゆる規則を適用しながら、ほとんど例外なく文法的に正しい単語を生成することが可能になるそうです。

具体的な例として挙げられているのが、「マントラ(mantrabhis)」です。パーニニ文典に従いサンスクリット語で「Devāh prasannah mantraih」(神々(Devāh)はマントラ(mantraih)によって喜んでいる(prasannah))と記す場合、「規則の衝突」が発生します。「マントラによって」と記述する場合、「マントラ(mantrabhis)」という単語の左側「mantra」と右側「bhis」の両方に規則が適用されます。ラジャパット氏の解き明かしたメタルールの適用法を採用すれば、「bhis」に規則を適用することで、マントラが正しく「mantraih」と表記されるようになるわけです。



ラジャパット氏によると、同氏が「規則の衝突」に関するメタルールの正しい解釈を見つける6カ月前に、同氏の指導教官であるケンブリッジ大学のサンスクリット語学者ヴィンチェンツォ・ベルギアーニ氏から、「解決策が複雑である場合、恐らくそれは間違っている」というアドバイスを受けたそうです。その後、ほどなくしてラジャパット氏は「規則の衝突」に関するメタルールの正しい解釈を見つけたそうで、「見つけたメタルールの正しい解釈が本当にあらゆる『規則の衝突』を解決することができるのかを確かめるために図書館で何時間も過ごしました。そして最終的に、その作業に2年半もの時間がかかりました」と語っています。

ベルギアーニ氏は「サンスクリット語は南アジアの古代インドヨーロッパ語です。それはヒンズー教の神聖な言語ですが、インドの偉大な科学・哲学・詩・その他の世俗文学の多くで何世紀にもわたり使われてきた言語でもあります。現在、インドでは推定で2万5000人ほどしかサンスクリット語を使用していませんが、現在もインドでの政治的な重要性は高く、世界中の多くの言語や文学に影響を与えていると考えられています」と述べ、今回の発見が大きな意義を持つことを強調しています。

ラジャパット氏は「インドの最も古い知恵のいくつかはサンスクリット語で生み出されましたが、我々の祖先が何を達成したかはまだ完全に理解されていません。我々インド人はしばしば『自分たちは重要ではない』と信じ込まされてきましたが、今回の発見により、インド人学生に自信と誇りを与え、自分たちにも素晴らしいことが達成できるという希望を抱かせることにつながることを願っています」と述べました。