NASA火星探査車「Perseverance」火星で合計50グラムの酸素生成に成功
【▲ 火星探査車「Perseverance」に搭載されている酸素生成実験装置「MOXIE」(Credit: NASA/JPL-Caltech)】
マサチューセッツ工科大学(MIT)は8月31日付で、アメリカ航空宇宙局(NASA)の火星探査車「Perseverance(パーシビアランス、パーセベランス)」に搭載されている酸素生成実験装置「MOXIE(Mars Oxygen In-Situ Resource Utilization Experiment)」について、時間帯や季節をほぼ問わずに、火星の大気からの安定した酸素生成に成功したことを明らかにしました。MOXIEの成果はMITヘイスタック観測所のMichael Hechtさん(MOXIEの主任研究員)を筆頭とする研究チームが論文にまとめ、学術誌「サイエンス・アドバンシス」に同日付で掲載されています。
■合計約50gの酸素を実際に火星で生成することに成功
火星探査は無人の探査機や探査車によって行われてきましたが、現在NASAは半世紀ぶりに有人月面探査を行う「アルテミス」計画を推進するとともに、将来の有人火星探査を検討しています。有人探査では宇宙飛行士が生存したり地球へ帰還したりするために酸素・水・食料・燃料などが必要となりますが、こうした物資を地球から持ち込むにはコストが掛かります。
そこで注目されているのが、現地の資源を利用する「その場資源利用(ISRU:In-Situ Resource Utilization)」技術です。たとえば、月の永久影や火星の地表下には水の氷が埋蔵されているとみられており、これらを採掘することで有人探査に必要な水を確保することが検討されています。また、月の砂「レゴリス」を月面基地の建材として利用する方法も研究されています。
こうした「その場資源利用」の一環として、現地で酸素を確保する技術についても研究が進められています。酸素を得るには水を電気分解する方法がありますが(燃料として利用できる水素も同時に得られます)、火星の場合は大気の主成分である二酸化炭素を分解して酸素を得る方法も検討されています。NASAのジェット推進研究所(JPL)によると、4人の宇宙飛行士を火星から飛び立たせるには7トンの燃料と25トンの酸素が必要であり、それだけの量の酸素を地球から運び込むことに比べれば、1トンの酸素生成装置を輸送するほうがずっと経済的で実用的だといいます。
【▲ NASAの火星探査車「Perseverance」が撮影したセルフィー。2021年4月7日公開(Credit: NASA/JPL-Caltech/MSSS)】
MOXIEは火星大気中の二酸化炭素を利用して酸素を生成する技術を実証するために、MITのヘイスタック観測所と航空宇宙工学科の研究者、およびJPLの技術者によって開発されました。MOXIEの稼働時間は1時間で、その間に最大10gの酸素を生成する能力があります。MOXIEは2021年4月20日に初めて稼働し、約5.4gの酸素を火星の大気から得ることに成功していました。
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研究チームによると、MOXIEによる酸素生成は2021年11月29日までに7回実施されており、2回目以降は1時間あたり6gの酸素を生成するという目標が毎回達成されました。1回あたりの最大生成量は8.9gで、これまでに合計49.9gの酸素が火星で生成されています。
さまざまな大気条件に対応できることを確かめるために、MOXIEを作動させるタイミングは異なる時間帯や季節が選ばれています。MOXIEによって時間帯や季節をほぼ問わずにいつでも酸素を生成できることが7回の実験を通して確かめられており、まだ実証されていないのは気温が大きく変化する夜明けや夕暮れの時間帯だけだといいます。
MOXIEの副主任研究員を務めるMIT航空宇宙工学科教授のJeffrey Hoffmanさんは「火星の大気は地球よりもはるかに変わりやすく、空気の密度は1年を通して2倍、(昼夜の)気温は摂氏100度も変化します。すべての季節で(酸素生成を)実行できることを示すのが目標の一つです」とコメントしています。MOXIEのチームは酸素の生成量を増やすために、次は火星の大気密度と二酸化炭素の濃度が高くなる春の季節(※)に実施することを計画しています。
※…火星における次の春分は2022年12月26日。
【▲ Perseveranceに搭載されている科学装置の搭載位置を示した図(Credit: NASA/JPL-Caltech)】
MOXIEはPerseveranceに搭載されているさまざまな科学装置の1つであり、搭載できるスペースや利用できる電力が限られているため、1回の稼働で生成できる酸素の量は限られています。また、MOXIEが酸素を生成する際には摂氏800度の高温が必要となるため、稼働前に数時間かけてウォームアップしなければなりません。
しかし、MOXIEによって実証された火星での酸素生成技術は、将来の火星探査に活かされることになります。MOXIEはサイズが約31×24×24cm、重量が17.1kgという小さな装置ですが、“酸素工場”として火星に持ち込まれるのはより大型化し、理想的には連続稼働する本格的な酸素生成装置になるはずです。
NASAのビル・ネルソン長官は、有人火星探査に関連して「人類が2040年までに火星を歩けるようにするのが我々の計画だ」と2022年3月に発言しています。アメリカのスペースXが開発を進めている大型再利用宇宙船「スターシップ」も、火星入植が大きな目的の一つです。火星での酸素生成がごく当たり前に行われる日が訪れるのも、そう遠くないのかもしれません。
Source
Image Credit: NASA/JPL-CaltechMIT - MIT’s MOXIE experiment reliably produces oxygen on MarsNASA - Mars Oxygen In-Situ Resource Utilization Experiment (MOXIE) - NASA MarsHoffman et al. - Mars Oxygen ISRU Experiment (MOXIE)-Preparing for human Mars exploration
文/松村武宏