川口 雅裕 / NPO法人・老いの工学研究所 理事長

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本人の持つ強み(ストレングス:strengths)に基づいてケアプランを立て、実践することが重要であるとする「ストレングス・ベースド・ケア」という考え方が、高齢者ケアの分野にあります。

弱み(weakness)に焦点を当て、それを保護しようとするケアは、実は効果が限定的で、場合によっては逆効果ともなり、費用対効果もよくありません。一方、ストレングスに基づいたケアには、QOL(生活の質:Quality Of Life)や自立生活を営む力の向上が期待できることが分かってきています。強みを意識できれば意欲が湧き、できることは自分でやろうとするので過度な依存もしなくなり、その結果、能力が維持されて自立度を長く維持することができるのでしょう。

ちなみに、ストレングス・ベースド・ケア(ストレングス・モデル)を提唱した米国の研究者チャールズ・ラップ氏は、「問題より可能性を、強制ではなく選択を、病気よりむしろ健康を見るようにする」ことが重要であると述べています。

このストレングス・ベースド・ケアの考え方は、賃金制度において、日本以外の国々では主流で、日本でも導入が広がりつつある「職務給」に似ています。

「職務給」とは、どのような職務をいつまでに、どれくらいの報酬で担当するかを具体的に書面(職務記述書:ジョブ・ディスクリプション)に明記し、会社と本人が定期的に交渉・更新(あるいは終了)していく仕組みです。日本では、担当職務は会社や上司の指示で柔軟に変更されますし、正社員には雇用期間の定めがありません。また、報酬と職務は基本的に関係がない仕組みになっています。これが日本特有の「職能給」です。

職務給においては、強み(専門や得意)が極めて重要になります。本人が、その職務を全うできるといえる根拠は自分の持っている強みであり、会社がその人に任せるのは、その強みを評価したからです。強みがなければその職務を担当できませんし、強みに対する評価がその人の報酬額に反映します。「何にでも対応できるが、特に強みがない」という人よりも、明確な強みを持つ人の方が、はるかに評価が高くなります。従って、人材育成においても強みを伸ばすことに力が注がれます。強みに焦点を当てる「ストレングス・ベースド・ケア」と同じ考え方です。

日本の職能給は、柔軟な人事異動に対応できるよう、何でもそつなくできる人が評価されます。「強みがあること」よりも、「弱みがないこと」が大切であり、人材育成においても弱みを解消することに力が注がれます。評価の観点はその人の職務によらず網羅的で、半年に一度の面談では、上司はその中の弱い部分を改善するよう求めます。要するに、職務給とは対照的な「ウイークネス・ベース」という考え方になっています。もちろん、上司に悪気はありませんが、弱みにばかり目がいっている結果、意欲をそぎ、依存度を高め、余計に弱くしてしまっている可能性もあるかもしれません。

職務給を導入する企業は今後、増えていくでしょう。会社の指示した通りに、異動や転勤を繰り返さねばならないことが、自分のキャリアや人生設計の支障になると考える人が増えていること、キャリアチェンジを考えると、どこの会社に行っても通用する専門性を身に付けたいと望む人も多くなっていること、外国人や女性を含めて多様な人材の力を生かしにくいことなど、日本的な職能給が時代に合わなくなってきているからです。

職務給の導入に向けて、業務ごとに職務記述書を細かく作り、報酬も職務に連動するような仕組みにし、正社員制度があるので雇用期間の定めをつくるのは難しいとしても、担当職務に期限を厳格に設定するようにし、研修や人材育成も専門性を磨く方向に変えていく…といった動きが出てくるでしょう。評価制度も、階層別に網羅的に行うのではなく、個別の専門性に焦点を当てるように変わっていくはずです。

しかし、これらは全て外形的なもの。職務給の“形式”を整えようとするものです。職務給が本当に機能するためには、その本質であるストレングス・ベースに、会社や上司が変われるかどうかにかかっています。長らくウイークネス・ベースの評価、処遇、育成を行ってきたそのパラダイムを、真逆に変えることができるかどうかです。でなければ、「形を整えただけで、何も変わらない」という結果に終わるに違いありません。

心すべきは、「問題より可能性を、強制ではなく選択を、病気(弱点)よりむしろ健康(強み)を」というチャールズ・ラップ氏の言葉だと思います。