検索には出てこない「東京の魔窟」を克明に描く--書評『高田馬場アンダーグラウンド』 - 吉川圭三
※この記事は2019年04月24日にBLOGOSで公開されたものです
コンピューターがこの世に浸透して来た2000年以降、ある変化が起こった様に思う。私見だが若者は書籍を読まなくなり、「歴史」に興味を持たなくなった。要は全て検索すれば良いのだから。そしてその傾向はスマホの登場で益々加速した。
私はドワンゴでドキュメンタリー番組を担当していたが、例えば「第一次世界大戦の勃発理由とその戦後処理についての面白い作品が有るんだけどどう?」と聞くと若者は「歴史に興味無いんですよね。人工知能とかLGBTとか自動運転には興味があるんですが。」とやんわりと断られる。未来を予測し人間を知る最良の手は歴史を知ることだと思うのだが。
歴史はノンフィクションであり、時にフィクションなどを軽々と超えてしまう面白さと人間や人間集団の奇々怪界さを描くことが出来る。
この度『高田馬場アンダーグラウンド』(駒草出版)を上梓した本橋信宏氏はほとんど自分で取材し、資料を漁了し、学生運動から極悪人、殺人事件、漫画家、ヤミ金業者、小説家、風俗王、AV女優、エロ事師まで幅広く描く事の出来る著述家だ。同氏の作品で有名になったものに「全裸監督」(太田出版)がある。分厚いこの本は本橋氏が間近で見た裏本(非合法のエロ本)とAVの伝説的帝王“村西とおる”の一代記が克明に描かれている。この作品は山田孝之主演のNetflixオリジナルシリーズとして映像化され、今年、世界190ヶ国で配信される。
そして、今年の3月、同氏の5冊目のアンダーグラウンド・シリーズである『高田馬場アンダーグラウンド』が上梓された。 東京は広大で、山手線の駅ひとつとってもさまざまな秘話や隠れた歴史、怨念とも呼べるものが潜在している。世界的に見ても稀な都市である。
本橋氏は鶯谷、渋谷円山町、上野、新橋と来て、今回、高田馬場を選んだ。この地には本橋氏の父も深い因縁が有り、また本橋氏自身も早稲田大に進み彼の雑誌編集事務所もあったという。同氏は「シリーズ中最短で書けるはずが、結果的に丸1年と言う最長期間がかかってしまった」と語る。つまりそれほど“掘ったら深かった街”と言うことなのか。あるいは同氏の思い入れが深かったからなのか。執筆に時間がかかったというだけあり、凄まじいディテールの細かさに、読んでも読んでも飽くことはない。
以下、順不同に書くと、駅前のBIGBOXの存在、フォークの名作「神田川」の隠れた秘密、世界的漫画家・手塚治虫の虫プロがあった町と手塚の素顔、AVの帝王・村西とおるに本橋氏が言われて作った新雑誌「スクランブル」の天国と地獄、元・赤軍派議長・塩見孝也氏との日々、西城秀樹・アイドルと高田馬場、風俗業界の小室哲哉と呼ばれた革命児とブルセラの街、年を経て愛人を持つ率が高い大学NO1・早稲田大卒業者、日本ミステリー界の“神”江戸川乱歩はなぜ下宿屋「緑園」を建てたのか?、高田馬場美人女優殺人事件・・・。
私は次の章を読むと何が出てくるかわからないこのシリーズを読むのが楽しみだが、今回は本橋氏の思い入れが特別に深い様な気がする。特にエロ本に革命を起こした山崎紀雄のこと。その才能に惚れ込み芥川賞作家の村上龍も彼を訪ねて来たという。
この世にはまだまだ知らぬ宝の様な秘話がある。それを過去の歴史と呼ぶのは簡単だ。・・・検索では出て来ないし、すぐに忘れられてしまうこれらの話が私にとってはまだ、“生生しい出来事”として脳髄に残ってしまうからである。ぜひ、また次のシリーズ新作を読みたいものである。