※この記事は2019年04月19日にBLOGOSで公開されたものです

昨年12月にNGT48の山口真帆がファンの男2人に暴行された事件は、アイドルビジネスの問題点を浮き彫りにした。さらに今年3月、運営会社AKSの会見中に被害者である山口が「なんで嘘ばかりつくのか」とTwitterを使って反論したことは波紋を呼んだ。

それを受け、ヒップホップ界の重鎮・KダブシャインがTwitterで「アイドル産業自体に欠陥がある」と現代の芸能界の問題を指摘。「アイドルは結果として呼ばれるべきで、目指すものではない」と持論を展開するとネット上で賛否の声が上がった。

ヒップホップを通して社会問題を歌い続けてきたKダブシャインが語る「本当のアイドル」とはなにか、そして日本のアイドルビジネスや音楽業界がなぜゆがんでしまったのか、話を聞いた。【清水駿貴・島村優 / 撮影=研壁秀俊】

◆「言うべき時に言う」それがヒップホップカルチャー

――まずは、ツイートの発端となった記者会見や山口さんの行動をKダブシャインさんがどう見ていたのか、そしてなぜそれに関して発言したのか教えてください。

リアルタイムで本人が「おかしい」とツイートしたのをもとに、記者が運営に質問するのは画期的だと思いましたね。時代が変わるんだなと。(山口は)周りから反感を買うだろうし、「あいつ面倒くさい」と言われるとは思うけど、夢を追いかけてやってる仕事の上での尊厳が踏みにじられているなら、こういうツールを使って言い返した方がいい。

業界の大人が何も言わないのは秋元康さんなのか誰かわからないですけど、誰かに目配せしているのかな。今はみんなが損得で考える世の中になっているけど、もうちょっと正義を持たないといけないんじゃないかなと思う。

こういうことを言ったらそれなりにバックラッシュ(反発)はあるし、多分、事務所でも「そんなこと言っても大丈夫なのかな」と思う人もいるかもしれない。だけど、時間は戻ってこないから言うべきことは言うべき時に言っておかないと後悔するし、俺は強者と弱者がいると、アンダードッグ(敗けそうになっているほう)を応援したくなる。ヒップホップはそういうカルチャーですから。

Kダブシャインのツイートを巡っては当初、「アイドルは目指すものではないと親と学校が教えて欲しい」という意味に捉えた女優の“はるかぜちゃん”こと春名風花が「まともな業界人はたくさんいます」「アイドルという職業のイメージが悪くなって、アイドルを目指す子どもたちがまた親から頭ごなしに反対されたりするのかなぁって思うと、何だかずっと悲しくて」と反論。

一部スポーツ紙が「Kダブシャインが子どもをアイドルにする親や周囲の大人に対して批判をした」と報じた。

その後、春名はKダブシャインのツイートを誤解していたと謝罪。

Kダブシャインは「いいや、君はぜんぜん悪くないんだ。悪いのはこの構造から既得権益を際限なく貪ろうとする現代社会とそれを推し進めている日本の体制、そしてこれに向き合おうとしない人たちなんだから。そんなぼんやりした大人ばかりで謝るのは、本当はこっちの方なんだよ こんな世の中しか提供できず申し訳ないです」(原文ママ)と返信した。

――アイドルビジネスを利用する“大人”への批判が、アイドルを目指す子どもやその親への批判と捉えられてしまいましたが。

今回の報道でメディアの薄っぺらさが露呈しましたよね。俺は今までTwitterでも音楽でも発言でも、そういうことをずっと言い続けているので、俺のことをわかっている人は「極端だ」とはとらえなかったと思うんですけどね。

ただ、はるかぜちゃんから最初に「僕は悲しいです」みたいなリプライが来て、それは悪いことしちゃったなと。あっちの立場になって考えてあげないといけないなって。「アイドルなんて目指すもんじゃないよ」って上から言っちゃうと、アイドルになりたいと思って生きている子は、目の前を真っ暗にされるような気分になるから。

でも、もし業界人で「僕はアイドル事務所のマネージャーやってるんですけど」みたいな奴が「僕たちにも愛情があって…」とか言ってきてたら、ちゃんちゃらおかしいぜって返したと思う。

――今回ははるかぜちゃんの言葉が刺さったからこそ、丁寧にリプライしたのですか。

うーん、はるかぜちゃんの言葉を含め、アイドルを目指している子たちの夢っていうのは、軽んじちゃいけないっていうのがあって。

でも、夢を持っている人が100万人いるとするじゃないですか。そのうちの3~4人の夢を実現するために、残りの99万人は肥やしにされるんだとしたら、人としておかしい。

芸能でも芝居でも音楽でも、自分の力でその道を追求するのと「~すれば人気者になるよ」って言われてやるのとでは、大きな乖離があると思っていて。それをわからなく見せているのが今の日本の音楽産業なのか、アイドル業界なのか。

幻想を売るのが芸能事務所の仕事でもあるけど、お客さんに売ればいいものを今は志望者にまで売っている。スクールやレッスンだってその子や親から月謝を取って。

◆「夢と有名」を混乱 若い子を搾取する“アイドル詐欺”

――問題の本質は「アイドルを目指すこと」ではなく「アイドル」という言葉を利用する大人たちにあるということでしょうか。

うん、まずは言葉をちゃんと使うべき。アイドル候補生は「候補生」と呼べばいい。まだアイドルになれてもないのに、その時点で「アイドル」と呼ぶのはおかしい。

そして、向いていなくても人気があればやらせようとするのが業界の体質。俺も『スタア誕生』という歌をキングギドラとして1995年に出しているんですけど、その中で「夢と有名 困難な混乱」ってリリックがある。「夢」と「有名」は似ているけど実は全然違うじゃないですか。でもその2つをみんな一緒に考えちゃうところが、現代社会の病理って感じがしますよね。

業界の大人は未成年者と少しでも一緒に仕事したら、その子の将来とか辞めた後のことをある程度考えてあげないといけない。俺は金八先生を見て育った世代なので教師はおせっかいであるべきだと思ってる。教育者じゃないけど、芸能界の人間って自分より明らかに年下の女の子をまとめて指導しているわけでしょ。そしたらやっぱり親心や責任感だって芽生えるべき。

ふるいにかけてうまくいったやつだけ盛り上げて、ダメになったら「君には最初からその才能はなかった」ってひどくないかと。他の業界でもそれはあるんだけど、アイドル業界は夢の売り方と夢の集め方が特殊だと思うんですよね。

スターになった人がみんなからアイドルとして見られるっていうのは全然いいんです。でも、「アイドルになれるよ」っていう言葉で若い子を集めるのは、詐欺みたいなものだと思うんですよね。アイドル詐欺的な。その事実に気づいて「おかしいな」と思う当事者も出てきているし、ファンたちの間でも出てきている。

◆ファンならSMAPや嵐の想いを軽んじるな

――「盲目的なファンが問題だ」と発言されたのは、業界の詐欺的な体質にファンが利用されていると考えているから。

結局そういうファンがいてお金を出すってわかってるから売る方も濡れ手で粟みたいな感じで簡単に商売してる。ファンは本当にその人を好きで応援したいなら、「本当は何をしたいか」「どうやって生きていきたいか」ってのを汲み取ってあげるべきだと思うんですよ。

例えばSMAPとか嵐とかに、「解散してほしくない」「引退してほしくない」「辞めてほしくない」というファンの気持ちはわかりますよ。でも本当にその人のことが好きで憧れているんだったら、その人が本当にやりたくないことをやらせちゃいけないと思うんですよ。だから「SMAPは解散やめて」「大野くんが嵐辞めるのは悲しいからそのままでいてくれ」って、それはファンたちの想いじゃないですか。自分たちの欲望を優先して、アイドルの想いを軽んじてしまうのは、成熟した大人として神経鈍いなと思うんですよ。

そういう想いが今までずっとふつふつと自分の中にあってツイートしました。はるかぜちゃんに返答しながら、一連の流れを見ている人にメッセージを届けたいなと。それでああいう発言を続けたっていうのが全貌かな。

――ヒップホップを一から作り上げきたKダブシャインさんが生きる世界とアイドルを目指す子たちの世界は同じ音楽業界のなかでも違うものですか。

同じと言えるのか…。

俺らは25年前30年前から新しいジャンルとしてヒップホップを切り拓くためにいろいろやってきました。大手の芸能会社、レコード会社からのサポートは得られなかった。だからずっと手売りでやってました。自分で地方に連絡とって、駅まで迎えに来てもらってライブやって、じゃあまた今度っていう風に。

だからご当地アイドルとかは、もしかしたらちょっと近いのかもしれない。

でも、俺らはヒップホップが大好きだから、東京でヒップホップやってる人たちを地方に呼んで、どんどんカルチャーを広げようとやってきた。だから、どこかの誰かがひとりの女の子を可愛く見せるために作った歌や曲っていうのと、本気で自分を表現しようとやってた俺らの音楽とは、魂の濃さがだいぶ違うと思うんですよ。そういう意味で、あんなもんがいっぱい売れて、俺たちがやっているものがこんだけしか注目されないのはふざけんなって悔しい気持ちはあります。

いや…(アイドルとして歌う人も)表現しようとはしてるんだよな。でも言われたままやってるんだよな。だから本当に自分のしたいことだと思わされている。

◆アイドルは結果として呼ばれるべきで、目指すものではない

――本当に自分のしたいことを目指した先に「本物のアイドル」への道が開けるということでしょうか。

アイドル産業というか業界の常識がどんどん形を変えていて、今は候補者になった時点で「私、アイドルです」みたいになってるけど、それはちょっと本来のアイドルの意味からはずれてる。

アイドルはもともと「idolize」っていう単語からきている。偶像崇拝という言い方をすると冷たいけど、本来は「憧れる」って意味でしょう。俺にとっては「神同然の存在で憧れているんだ」っていうものをアイドルと呼ぶわけ。

例えば絵描きさんだったらピカソやゴッホで、トランペットを吹く人ならマイルス・デイビスだとかね。俺で言えば、思想的な部分ではマーティン・ルーサー・キング・ジュニアとかマルコムX、音楽で言えば10代のころ好きだったラッパーは今でもアイドルだったりする。

だから本当に自分が憧れているものをアイドルと呼ぶべきで、みんながアイドルって呼んでるものをアイドルと呼ぶのは本当の意味ではない。

アメリカでは、単純に音楽もバンドにしろラップにしろ、自分のやりたいことを自分自身の力で表現している人だけがリスペクトされるし、商品としても質の良いものとして扱われるんですね。

日本の音楽業界でそういう認識があるかというとない。CDの売り上げとか握手券とか数の論理で言えばアイドルは何十万、何百万と売り上げるから、こっちは敵わないわけですよね。それなのに、なんかアイドルについて一言発言すると、炎上する。今回は結果的に俺はすごく美味しいことになったけど(笑)。

――今回の件も含め、ラップと同じように自分の意見を表現するツールとしてTwitterを使っている。

少し違うかな。曲はやっぱり残るし、瞬間瞬間のリアクションだけを歌詞にしても時間が経つと風化していっちゃう。もうちょっと俯瞰して、長期的に見て、ある程度の期間しっかり考えて曲にしたい。

Twitterは割と脊髄反射みたいな感じ。「なんで曲にしないの?」とか「曲にしてくれ」とか言われるけど、曲としてその瞬間を切り取ると、後で「なんか無駄に色々言っちゃたな」とか「あの時と矛盾するんじゃないか」とか自分のなかで引っかかるんで、すぐには発表しないようにしてますね。例外は原発事故の時とか、イラク戦争の時とか、ああいう時は割とすぐに発表しました。

でも、虐待や自殺やいじめっていうのは、ずっと起きてきたことだしこれからも続いていくと思うので、問題意識を広げていくためにも一時的なものだけを切り取っちゃいけないないっていうのが俺の考えです。

『NEWS RAP JAPAN』(※)とかで前の週に起きたことをラップにするのとかは安易だなと俺は思っていて。別に悪くはないけど、その人たちがその時に思ったコメントだから、意見とまでは言えないんじゃないかなって。

(※)NEWS RAP JAPAN:さまざまな時事問題をラッパーたちがラップで紹介するインターネット番組。19年3月末で終了した。

◆同世代のヒップホッパーや小説家はどんどん発言すべき

――ヒップホップ文化の第一人者だからこそ他の業界の人が言えないことも言えたりしますか。

ヒップホップは自分が自分であるために自分を追求したり、自らをむき出しにして歌うことでお互いを尊重するっていうカルチャー。だから、俺もヒップホップをやってるから「ラッパーとして言うんでしょ」みたいな発言権を得られたと思うんですよ。だけど俳優とかタレントとかお笑い芸人とかがいうと「何言ってるんだ」ってなるじゃないですか。

ラッパーは別に何を言っても「何言ってんだ」って言われない。特に自分は社会派ラッパー的なスタンスでやってきたから、「何か言わないとおかしいだろう」とか「何か言ってください」みたいになってくるんで。

世の中には大人のやり方を受け入れざるをえずに迎合してる人もいるし、その人が悪いかというと一言では言えない。だけど、誰だって正義に生きたいよなとは思う。そんな風には生きられない人もいるから、それを俺は責めたくはないけど、やっぱりラッパーとして表現できる境遇を与えられたと思ってるので、まあ思ったことは言いますよね。

自分勝手に自分の感情だけを言おうとは思わないですね。大勢にとって利益があることを言いたいなと思ってます。もう今年で50歳になるんで、発言のチケットは手に入れられてるんじゃないかって。

ただ俺がもどかしいのはヒップホップをやってる同世代の人間とか、小説家とか、そういう人たちはもっと発言するべきだなって思いますね。

◆周りを見て気づいた、だらしねえ俺らの世代

――50代を迎えるからこそ見えてきたものもありますか。

30代から40代前半くらいまでは自分も若いし、大人が作ってきたものの犠牲になってるって思ってたんですよ。

だんだん年齢が上がってきて、今、周りを見渡すと国会で嘘をついてる官僚って俺と同い年くらい。だから「あ、じゃあもう俺らの世代の責任じゃん」って。

俺らの世代がだらしないからこうなっちゃってるんだって思ってて、そこはすごく反省している。だからはるかぜちゃんに「ぼんやりした大人が多くて申し訳ないと思ってる」って言ったんです。

――アイドル論でもそうでしたが、Kダブシャインさんは肩書きよりも人の想いにフォーカスを当てて見ている気がします。

最近すごく自分の中でまとめられてきた想いがあって。人の価値は財産とか功績だけで決めるべきではなくて、その人が何もない状態でどれだけ他人に優しくできるかとか、自分が困っている時でも他人を思いやる気持ちがあるかとかそういうことが大事だと。

心の大きさを測るとその人の本当の大きさが見えてくるのかなっていうのが最近見えてきて。それを今日のインタビューでちょっと言ってやろうと思ってました(笑)。

◆ヒップホップもアイドルも原点は「人を喜ばせたい」

――最後に現代のヒップホップシーンについて伺います。Kダブシャインさんが大切にしてきた「正義を表現する」というヒップホップの精神が少しずつ変化して、最近はラップミュージック=ヒップホップという形になってきているように思います。

その通りで、日本だけに限らずアメリカもそういう風に進んでいる部分があります。グラミー賞ではヒップホップっていうカテゴリだったのが今はヒップホップ/ラップっていう形に変わって、ラップミュージックがヒップホップよりも大きくなってきた感じがある。ただラップミュージックってヒップホップから生まれているんでヒップホップが母親。だからそこから外せない。

アメリカではヒップホップの概念が社会に対して影響を与えて、最終的にオバマが大統領になったり、差別する人とそれに反対する人が同じくらいいるっていう状態じゃないですか。それはすごいことですよね。

でも日本はそこまでヒップホップが浸透していないから、アメリカの影響を受けてヒップホップがラップミュージックって形に矮小化されていくのをすごく心配しています。「ヒップホップはこうあるべきだ」ってのを俺らはずっと考えてきたけど、うまくいくようになると格好つけてそういうことを言わなくなるでしょ。もうちょっと「ヒップホップとは何か」ということを伝えながら、広めていくべきだったのかなと反省しています。

日本では「ラップ・DJ・ブレイクダンス・グラフィティ」がヒップホップの四大要素だっていうのはわかっていると思うんだけど、それは目に見えて触れることのできるヒップホップカルチャーであって、その精神を大切にしたいっていう気持ちとは別。例えばジャーナリズムもそうだけど、ジャーナリストが偉いんじゃなくて「ジャーナリズムを大切にしたい」って願う人が守ってきた歴史があったからここまで来てる。ヒップホップも四大要素は知ってて当然なんだけど、みんながどういう気持ちでここまで育んできて、こんなに広まったかっていうことのほうが大事なんですよ。

アイドルも同じで「人前で歌ってみんなを幸せにしてあげたい。だから歌がうまくなりたい」っていう気持ちは「アイドルになりたい」じゃなくて、「エンターテイナーとして人を喜ばせたい」っていう気持ちなんだと。そっちを大事にしなくちゃいけない。

ラッパーとかエンターテイナーって格好つけたがりだけど、「格好良く見られたい」がゴールじゃなくて、格好良く見られた先に「楽しんでもらえてますか」って気持ちがあるかどうかが大事。言うか言わないかは別だけど、テレビだったらカメラの向こう側の人にちゃんと届いていますかと。「俺面白いでしょ?」「私かわいいでしょ?」じゃダメですよね。

俺自身が今の事務所の姿勢からそういうことを教わって、より成長できたなと思ってるんで、アイドルを目指す子たちも「人を喜ばせたい」って精神を忘れないでほしいです。

Kダブシャイン 1968年東京都生まれ。日本語の歌詞と韻(ライム)にこだわったラップスタイルが特徴。 現在の日本語ラップにおける韻の踏み方の確立に大きく貢献したMCと呼ばれている。 その作品は日本及び日本人としての誇りを訴えかける歌が多く、様々な社会的トピックを扱う数少ないMCとして知られる。その洗練された文学的な韻表現と社会的な詩の世界は様々なメディアで高い評価を獲得。 また、コメンテイターとしても、数々のメディアに登場していて、スペースシャワーTVで放送中のRHYMESTER宇多丸氏との『第三会議室』は、根強い人気を誇っている。