社会問題見えるカルタで小学生が学習 製作者の船川諒氏(チャリツモ )に聞く「子どもと社会」 - BLOGOS編集部

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※この記事は2019年04月16日にBLOGOSで公開されたものです

「よういくひ もらえているのはひとにぎり ひとりじゃおもい いくじのふたん」

学習塾の教室で講師が読み上げる文章に耳を傾ける小学生たち。社会科の授業ではない。笑顔を浮かべた生徒たちの目の前に並べられているのはカラフルな「かるた」だ。

若者の新聞離れやニュース離れが叫ばれるなか、「核燃料の廃棄」や「子どもの貧困」などの社会問題を小・中学生に学んでもらおうと昨年秋、株式会社チャリツモ(東京都荒川区)が「社会問題見えるカルタ」を発売した。かわいらしいイラストとともに、さまざまな社会問題に関するデータが記載されている。かるた制作のルーツとなったのはうつ病など多くの困難を乗り越えた同社代表・船川諒さんの人生経験だという。

かるたを通して「遊びながら学ぶ」を実践する子どもたちの姿や、かるたの製作者が込めた想いを取材した。【清水駿貴】

◆「セクシャルマイノリティってなに?」「食品ロスはひどいよね」

3月、千葉県市川市の学習塾「アルゴ」を訪れた。教室にいたのは中学校への進学を目前にした小学6年生の男女5人。休憩時間に携帯ゲーム機で遊んでいる女子生徒を囲んで盛り上がっている様子からは「社会問題を語り合う」姿は想像できない。

塾講師の杉浦一行さんが「休憩時間が終わるからゲームをやめなさい」と言うと、「えー!」と子どもらしいブーイングがあがる。しかし、続く「今日は『かるた』をやるぞ」という杉浦さんの言葉に「やったー!」「待ってました!」と生徒たちから歓声があがった。

机の上に並べられる色とりどりのカード。見つめる生徒たちの目は真剣だ。

「あいしてる それをいいたいだけなのに なぜこんなにもくるしいんだろう」

杉浦さんが文字札を読み上げた途端、虹色の絵札に全員の手が伸びた。取った生徒が絵札をひっくり返すとそこには「日本に住む13人にひとりがLGBTなどのセクシャルマイノリティ」と解説が記載されていた。

「セクシャルマイノリティってなに?」「男の人が男の人を好きになるってことでしょ」「女の人同士もあるよ」「13人に1人ってことはクラスにもいるかも」

解説を読んだ生徒たちの間でそんな会話が一気に広がった。

かるたには「食料自給率」や「宇宙ゴミ」、「報道の自由」などさまざまな社会問題に関するデータがイラスト入りで記載されている。絵札の裏面にあるQRコードをスマホで読み込めば、そのデータの詳しい解説が読める仕組みになっている。

◆社会問題への関心だけじゃない、講師も予想外の学力アップ

アルゴではかるたで遊ぶだけでなく、生徒にオリジナルのかるたを作るように指導している。図書館で『世界と地球の困った現実』という本を読んで備えてきたという女子生徒は「たいきおせん そとにでるのもくるしいな いつかきれいになったらな」というオリジナルのかるたを色鉛筆を使って作成した。

生徒たちは「ニュースを見て『あ、この問題、かるたでやった!』と思うようになった」「本を読むより全然面白い」と口を揃える。

塾の授業の一環としてかるたを採用することを決めた杉浦さんは「SNSでかるたの存在を知って、即購入を決めました」と話す。「遊びながら学ぶことで勉強の楽しさを知ってほしい」との願いを込めて導入したという。補習時間の一部をかるたに当てている。生徒たちの中からは「かるたの日は楽しみで午前中のサッカーの試合に集中できない」という声も。

かるたの導入後、生徒たちに起きた変化は社会問題への関心向上だけではない。「かるたの解説など難しい文章に触れたり、社会問題を扱った本を自分から読むようになったりしたことで国語力がぐんと伸びました」と杉浦さん。漢字に苦手意識を持ち国語の成績が伸び悩んでいた女子生徒はかるたに夢中になり、約半年で「同学年で1番国語が得意に。今では『学校の教科書が簡単すぎる』と話している」という。

「社会問題見えるカルタ」を制作したのは、社会的なテーマをクリエイターの力で発信するウェブメディアを運営する株式会社チャリツモだ。代表の船川諒さんに話を聞くために荒川区の事務所に伺った。

◆うつ病、夜の仕事…さまざまな世界を目の当たりにして生まれた「社会問題を伝える使命」

「社会問題見えるカルタ」には「子どものうちから社会のことを勉強するきっかけを作ってあげたい」という船川さんの願いが込められている。「自分自身が大学生くらいまで社会に関心を持たずに生きてきた。社会に出た時に空っぽの自分に気が付いて後悔した」と話す船川さん。社会問題に向き合うきっかけとなったのは、自身のうつ病経験や夜の仕事を通してさまざまな社会問題を目の当たりにしたことだった。

高校生の時に見た岩井俊二監督や黒沢清監督の映画に影響を受けた船川さんは都内の大学に入学後、映画の自主制作に傾倒。しかし、映画を撮るうえで「社会のことを知らず、自分の中に伝えたいメッセージが見つからない」と悩む日々が続いた。さらに大学に通いながら映像制作会社でアルバイトを始めた船川さんを待っていたのは、20日間泊まり込みで編集作業を行うなど激務の日々だった。体を壊した船川さんはうつ病と診断され入院。大学は中退した。

「入院先の病院でうつ病や統合失調症などさまざまな病気を抱える人たちに出会いました。自分自身もうつ病を抱えてマイノリティの側に入った。今まで知らなかったそういう世界のことを忘れて、見なかったことにしてはいけないと感じました」

退院後、船川さんは地元の埼玉県に戻ったが、仕事が見つからず、ホストなど夜の仕事を始めた。そこには軽度の知的障害を抱え昼の仕事につけない女性や、充分な支援が得られないシングルマザーたちが子どもを育てるため夜の仕事に従事する姿があった。

その後、船川さんは教材関連の出版社に営業職として就職。転勤先の大阪府では貧困家庭の実態を目の当たりにした。「同じ中学校でも、高級な進学塾に通っている子もいれば、生活保護を受けていて教材なんて買えない家もある。授業についていけずに自信を失くし自己肯定感を育めない子をたくさん見てきた。経済格差や学力格差の先に“将来への希望”の格差があったように思います」

WEBデザイナーとして独立し、船川さんは東京に戻ったが、それまで目にしたものを忘れることはできなかった。2011年の東日本大震災を機にNPOやNGOを紹介するウェブメディアにボランティアとして参加。その経験を活かし、自身のウェブサイト運営を始め、18年3月に会社化した。

「精神的な病を抱えざるを得なかった人、水商売をしている女性、子どもの貧困などを実際に見てきて、自分自身が『なぜ社会でこんな現象が起きるんだろう』と真剣に考えるようになりました。その経験を昔の僕のような社会に興味のない人たちに広げたいというのがウェブメディアを続ける原動力です」

◆かるた制作に挑戦 自身の少年時代がヒントに

ウェブメディアを運営しながら、「子どもから大人まで一緒に社会問題を語り合える場を作りたい」と考えた船川さんの頭に浮かんだのは、小学生時代に自身が遊んだ「郷土かるた」だった。地元埼玉県の歴史や文化、地理などが描かれたかるただ。「僕自身が少年時代、かるたを通して楽しみながら地元のことを学んだなという実感がありました」。

妻でイラストレーターの、にしぼりみほこさんらと協力してかるた作りに着手。クラウドファンディングで資金を募り、昨年の秋に発売した。

「僕たちクリエイターの使命は難しいものを簡単に伝えること。でも、社会が混沌としてるということも同時に伝えたかった。イラストでわかりやすく表現されているかるたは、机の上に広げた時、ごちゃまぜで複雑な社会の姿が現れる。ぴったりだと思いました」

塾などの教育機関の他に、各地方のワークショップなどでも採用されるなど徐々に浸透してきたという「社会問題見えるカルタ」。

船川さんは「無気力に生きてきた自分が社会を知る楽しさや意義を感じたように、子どもたちに、社会問題と向き合う楽しさを知ってほしい。『私が大きくなったらこの問題を解決するんだ』と夢を持ってくれたら嬉しいですね」と笑う。

船川諒(ふなかわりょう) 1983年10月生まれ。株式会社チャリツモ 代表取締役/ディレクター。映像制作会社やホスト業、教育業界などさまざまな業種を経験し、29歳でwebデザイナーとして独立。イラストレーターの妻と2人で、企業のWEB制作やデザイン制作などをこなしつつ、2018年3月に株式会社チャリツモを設立。社会問題の解決をクリエイティブの力でサポートする事業を展開する。