※この記事は2019年04月14日にBLOGOSで公開されたものです

銭湯絵師やモデルとして活躍している勝海麻衣氏の作品が「盗作なのではないか?」と疑われ、ネット上で話題になっている。(*1)

疑惑は5ちゃんねるやTwitterなどで広まり、疑惑の発端となった虎の絵を描いた勝海氏のライブイベントを実施したエナジードリンク「RAIZIN」の公式ツイッターは、謝罪の上、イベントのリツイート掲載をすべきではないという判断を示した。(*2)

その後、ネットは更に多くの作品が盗作ではないかという疑惑や、人間関係上で様々な問題行動を起こしているのではないかという疑惑を発掘し、着々と燃やし続けているというのが現状である。

そうした中で、現在やり玉に挙がっているのが勝海氏が出演したイヤホンのCMである。

このCMは2月下旬から放送され始め、今もなおオンエアされ続けている。これに対してネットでは「勝海氏がCMで起用されているのはいいのか?」などといった、否定的な意見が多く挙がっているという。(*3)

さて、仮に勝海氏の作品の多くが盗作であるとして、その事実と勝海氏がCMに出演しているということをもって、その作品を「放送するな」「勝見氏の部分をカットしろ」などと主張することは、果たして論理的な主張なのだろうか?

先日、コカイン使用の疑いで逮捕され、現在は保釈されたピエール瀧氏のときは、出演作品やCDなどの自粛が相次ぎ、ネット世論は「作品に罪はない」と論じていた。

勝海氏が出演しているCM作品、ピエール瀧氏が出演している各種作品。同じ出演作品であるにも関わらず、かたや自粛を求め、かたや自粛を批判するというのはダブルスタンダードではないだろうか?

ネット上ではこうした疑問に対して「勝海氏のパクリには直接的な被害者が存在するが、ピエール瀧氏のコカイン使用には直接的な被害者は存在しない」などと主張する人が多い。(*4)

しかし、僕は覚えている。3月12日にピエール瀧氏の問題が発覚する直前まで、この「作品に罪はない」という文脈で擁護されていたのは、2月21日に強制性交の疑惑で起訴された俳優の新井浩文氏であったことを。

例えば高須クリニックの院長である高須克弥氏(*5)や社会学者の古市憲寿氏(*6)などが、ネット世論に押されて「作品に罪はない」との旨を発言している。

かたや盗作疑惑、かたや強制性交で起訴と、その問題には違いはあれど、どちらも直接的な被害者が存在する状況である。 これで勝海氏の出演したCMだけを「明確な被害者がいるから」と批判する論理は成り立たなくなった。

さて、こうしたネットの動きは、ネットによくある「ダブルスタンダード」であると、僕は考える。

また、男性の俳優やミュージシャンは擁護され、女性である勝海氏は批判されていることから、これをミソジニー(女性嫌悪)であると考える人もいるだろう。

だが、インターネットは、そうした批判を一笑に付してしまう。

なぜなら、ネット上でこの問題を論じている人たちは、これがダブルスタンダードでもミソジニーでもないとしか思っていないからだ。

もし、彼らが「作品とその出演者の切り分け」という観点で問題を判断し、新井氏の出演作品に対しては「罪はない」と判断し、勝海氏の出演CMは「打ち切れ」というなら、それはダブルスタンダードだろう。

同じように、新井氏や瀧氏が男性だから「罪はない」。勝海氏が女性だから「打ち切れ」というなら、それはミソジニーだろう。

しかし、ネットの批評はそうした基準によってされているのではない。

ではどんな基準かといえば、それは「ネットのみんながそう言っているから」でしかない。

作品とその出演者の罪の切り分けという本質的な問題は考えず、ただネットのマジョリティ(と、その当人がみなすクラスタ)がどういう反応をしているかだけに注目し、その場その場で自分が主張することを決めているのである。

だからこそ、自分の主張が過去の同種の問題における主張と正反対のものであっても、一切気にもしない。

そもそも自分の頭で考えた主張でもないから、その論理が雑なものであっても気にすることもないのである。

ネット上で殺人事件に関与しているとデマを言われ続けたスマイリーキクチ氏の件や、煽り運転の犯人の職場であるとされて攻撃された北九州市の建設会社の件。

ネット上のデマを鵜呑みにして他者を攻撃し、その事がバレた人の多くが、自分の罪を詫びるどころか「自分はネットに騙された側である」と、被害者として振る舞うのである。

つまり「自分の頭で考えたわけではなく、多くの人が言ったことをマネしているだけだから、自分で言ったこと、やったことに責任はない」。彼らはそう考えているのである。

ネットで騒いでいる人たちは「勝海氏には作品をパクったという罪がある」と言うだろう。

スマイリーキクチ氏は建設会社は純然たる被害者だが、勝海氏は被害者ではない。パクリの証拠も明確にあるのだと、そう主張するだろう。

だが、スマイリーキクチ氏も建設会社も、そうした「ネット上で断言された根拠」を信じる人たちによって誹謗中傷を繰り返されたのだ。

もし仮に盗作が事実だったとして、ではその罪を拡大解釈し、出演したCMを取りやめたり、編集でカットしたりすることを要求することは、果たして正当な主張であろうか?

また、その主張はネットの騒ぎという形で喧伝されるべきであろうか?

「作品に罪はない」は是か非か?

何らかの罪を負った人が、人前に出る仕事をすることは是か非か?

こうした問題を一つ一つ、ネットの時勢に流されず、自分の頭でしっかりと丁寧に考えること。

それがネットにはびこる無責任さから抜け出す、唯一の方法である。

*1:銭湯絵師見習いで話題になった女性クリエイター、勝海麻衣さんに模写疑惑(Togetter)https://togetter.com/li/1332533

*2:(RAIZIN Twitter)https://twitter.com/RAIZIN_taisho/status/1111410158419099656?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Etweetembed%7Ctwterm%5E1111410158419099656&ref_url=http%3A%2F%2Fblog.esuteru.com%2Farchives%2F9290441.html

*3:盗作騒動の銭湯絵師・勝海麻衣氏さんが出演するCMを中止せず、否定的な声が殺到(ニフティニュース)https://news.nifty.com/article/entame/showbizd/12156-244053/

*4:未だ休止せずCMがオンエアされていることに驚きの声/『盗作疑惑でやらかした勝海麻衣をCMに起用しているBEATSはどうする?』(Togetter)https://togetter.com/li/1335384

*5:高須院長「作品に罪はない」新井容疑者出演作で持論(日刊スポーツ)https://www.nikkansports.com/entertainment/news/201902040000195.html

*6:古市憲寿氏 新井被告“作品排除”に疑問「判決も出ていないのにおかしい」「出演作品に罪ない」(エキサイトニュース)https://www.excite.co.jp/news/article/TokyoSports_129504