専門家が指摘するダウンロード違法化法案の危険性「ネット利用を委縮させないか注視を」 - 杉浦健二 - BLOGOS編集部
※この記事は2019年03月27日にBLOGOSで公開されたものです
著作権を侵害するコンテンツのダウンロードを違法とする、著作権法改正案の通常国会への提出が見送られることになった。現行の著作権法においては、インターネット上に違法にアップロードされた録音と録画について、違法と知りながらダウンロードする行為について違法とされるところ、今回の改正案は、その対象を録音と録画のみならず、静止画を含むすべての著作物に拡大する内容であった。
この改正案に対しては、学識経験者のみならず、本来改正法案で守られるべき業界団体からも反対意見が相次いだ。今回のダウンロード違法化法案について何が問題視されたのかについて、著作権に詳しいSTORIA法律事務所の杉浦健二弁護士に聞いた。
ダウンロード違法は著作権法の「例外の例外」
今回の問題を明確に理解するために、まず著作権法の構造から確認します。著作権とは、著作物、すなわち「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法第2条1項1号)について発生する権利をいい、著作権は創作と同時に発生します(この点で権利発生のためには一定の手続きを要する特許権や商標権とは異なります)。
著作権者は、著作物の利用を一定の範囲でコントロールすることができます。たとえば自身が創作したマンガや小説について、他人が無断でコピーすることを禁止したり(複製権)、無断でインターネット上にアップロードすることを禁止したりできます(送信可能化権、自動公衆送信権)。
このように、他人が著作権を有する著作物を利用(コピーやアップロードなど)するには、その他人=著作権者の許諾を得る必要があるのが原則です。ただしこれには例外があり、個人的に又は家庭内などに限って使用する場合には、著作権者の許諾なく複製することができます(私的使用のための複製。法第30条1項本文)。テレビ番組をレコーダーで録画したり、レンタルショップで借りたCDを自身で楽しむためにコピーを作成したりことも、この私的使用のための複製の範囲内として認められることになります。
もっともこの私的使用のための複製には例外があり、違法にアップロードされたデジタル方式の録音や録画を、違法と知りながらダウンロード(複製)する場合には、たとえ私的使用のためであっても違法となり(法第30条1項3号)、有償で販売されている録音や録画の場合はさらに刑事罰まで課せられます(法第119条3項)。
このように、著作物を利用するためには著作権者の許諾を得る必要があるが(原則)、ただし私的使用のためであれば複製が許される(例外)、もっとも違法にアップロードされた録音や録画を違法と知りながらダウンロードする場合は、たとえ私的使用のためであっても違法となる(例外の例外)、というのが現行著作権法の構造です。
今回の著作権法改正案は、ダウンロードすれば違法となる著作物の対象を、違法にアップロードされた録音と録画に限定せず、違法にアップロードされたすべての著作物に拡大するという内容でした。
ネット上の画像が違法アップロードかどうかの判断は困難
今回国会への提出が見送られた著作権法改正案は、違法にアップロードされた静止画や作品であると知りながらダウンロードする行為は、たとえ私的使用のためであっても違法になるという法案でした。さらにダウンロードが反復継続して行われる場合は刑事罰も課される内容です。
たとえばツイッターなどのSNSでは、マンガのワンシーンが頻繁にアップロードされています。これらのほとんどは著作権者に無許諾でアップロードされていることが明らかであるため、SNS上のマンガの画像をダウンロードしたり、スクリーンショットして保存したりする行為は、今回の改正法によれば違法となります。アップされたマンガや小説を丸ごと1冊ではなく、1ページや1コマだけ保存する行為も違法となります。ゲームのキャプチャ画面、写真やイラストのダウンロードも違法となる可能性が生じます。
違法にアップロードされたものだと知りながら行ったダウンロードに限られるから問題ない、という考え方もあります。しかし、違法であると知っていたという要件は、「違法であると確実に知っていた」場合のみならず、「違法かもしれないし、仮に違法であっても構わない」場合も含まれると考えられているため(未必の故意と呼ばれます)、思った以上に容易に認められかねないものです。
改正法案は、違法ダウンロードの対象を、静止画を含む著作物すべてに拡大するものでした。ネット上には、著作権者に無許諾でアップロードされた著作物が無数にありますが、無許諾でアップロードされた静止画やテキストの数は、録音や録画の比ではありません。ウェブサイトのデザインや構成次第では、マンガなどの作品が、著作権者の許諾を得て適法にアップロードされたものか、許諾を取らずになされたものなのか、利用者にとっては分かりづらいケースが少なくありません。
私たちは日常的に、スマートフォンでネットの情報を収集し、文章をスクリーンショットで撮影してメモ代わりに記録したり、SNSでアップされた画像を保存したりしています。今回の改正法は、このようなネット上における静止画を含むあらゆるコンテンツ保存行為(私的使用の範囲内の複製行為)を行う場合において、利用者側に対して、ダウンロード元のサイトが違法か適法かを判断することを事実上強制するものといえました。
ネット上にアップロードされた画像が著作権者の許諾を得ていた場合や、許諾を得ていなくとも適法な引用要件を満たしていた場合は、ダウンロードしても違法にはなりません。ただ、そのような判断が果たして利用者に可能といえるでしょうか。
改正法の下では、違法にアップロードされたコンテンツのダウンロードは違法となりかねない以上、利用者はコンテンツをダウンロードやスクショすることに慎重とならざるを得ません。今回の改正法案が成立していれば、我々が日常的に行っている静止画のスクショ、ダウンロードという行為を控えざるを得ないケースが増えることは容易に想像できたわけです。
改正法案は、海賊版対策と無関係な行為まで規制する内容だった
そもそも今回の著作権法改正は、「漫画村」などの海賊版サイトを取り締まるためという議論に端を発するものでした。海賊版サイトでは、大量のマンガが一冊まるごとアップロードされており、この海賊版サイトへ誘導するサイト(リーチサイト)をいかなる方法で規制するのかが当初問題とされたわけです。
今回の改正案は、海賊版サイトからマンガを一冊まるごとダウンロードする場合のようなケースのみならず、SNSにアップされたマンガを1ページ、1コマをダウンロードする場合であっても違法となる可能性がある内容でした。一方で、海賊版サイトでは、画像データをダウンロード(マンガを自分のPC等のデバイスに保存)しなくとも、PC上で直接閲覧することが可能であり、このような行為は今回の改正法案によっても規制されません。
海賊版サイトやリーチサイトの存在はコンテンツ業界に深刻な影響を与えるものであり、その対策が必須であることは間違いありませんが、今回の改正法案は、当初の目的であった海賊版サイト対策と無関係のインターネットユーザーの日常的な行為を規制する法案となってしまっていたと評価せざるを得ません。
今回の改正法案に対しては、違法となる要件に、少なくとも「原作のまま」「著作権者の利益が不当に害される場合に限る」という限定を付するべきという反対意見が出されており、私自身もこの意見に賛同する立場です。このような限定を定めれば、たとえばSNSでアップロードされた画像を1枚スクショ、ダウンロードするような場合は、違法とならないことが明確になるためです。
今回の改正法案に対しては、反対を表明された文化審議会著作権分科会小委員会の委員の先生方らの尽力、学識経験者や各業界団体の各反対声明もあり、国会への提出は見送りとなりましたが、今後、改正法案には変更が加えられ、再び審議されることになる見込みです。
今後の新たな改正法案についても、我々が日常的に行っているインターネットにおける情報収集を過度に委縮させるものでないかどうか、専門家のみならず、インターネット上のコンテンツを享受する者すべてが、慎重に注視すべき問題であると考えています。
プロフィール
杉浦健二(@kenjisugiura01)
STORIA法律事務所パートナー弁護士。大企業における新規事業の立ち上げ、スタートアップの法的支援。ウェブサービスローンチ時の法的サポート(決済スキーム)、利用規約・プライバシーポリシーの作成、ビジネスモデルを依頼企業とともに立案。ソフトウェア・アプリ開発、プラットフォームビジネス、データビジネス、エンタテインメントなどの案件を主に取り扱う。