※この記事は2019年03月07日にBLOGOSで公開されたものです

映画「岬の兄妹」を公開初日に観た。試写を観た知人から「驚愕」と薦められ気になっていた。観終えて感じたのは、どんな単位がふさわしいかわからない「熱量」だ。映画を塊にした映画玉をハラワタに突っ込まれ、ウンウン唸りながらこの「熱量」に臓腑を焦がすばかりだった。

「岬の兄弟」あらすじ

< 映画「岬の兄妹」公式サイトより イントロダクション >
障碍をもつ兄妹が犯罪に手を染めるとき、二つの人生が動きだす―
港町、仕事を干され生活に困った兄は、自閉症の妹が町の男に体を許し金銭を受け取っていたことを知る。罪の意識を持ちつつも、お互いの生活のため妹の売春の斡旋をし始める兄だったが、今まで理解のしようもなかった妹の本当の喜びや悲しみに触れ、戸惑う日々を送るのだった。そんな時、妹の心と体にも変化が起き始めていた・・・。
ふたりぼっちになった障碍を持つ兄妹が、犯罪に手を染めたことから人生が動きだす。地方都市の暗部に切り込み、家族の本質を問う、心震わす衝撃作―。
「障碍をもつ兄妹」――、兄・良夫は片足が不自由で足を引きずる日々。妹・真理子は自閉症で知的ハンデがあり、ほぼ三歳児のようで、世間一般のコミュニケーションからはみ出していて目が離せない。

設定がヘビーだ。作品のトーンはおそらく硬めで人間の暗部をえぐる・・・、鑑賞前の少ない情報からはそういう先入観がちらついていた。のだが、違っていた。

(この先、直接的なネタバレは避けますが、未見の方は情報を入れずにまっさらな頭で鑑賞されることをおすすめします。)

確かに描かれる物語の背景には、障がい、貧困、格差、犯罪などシリアスな問題の連鎖が横たわる。さびれた地方の片隅で兄妹は追い詰められるだけ追い詰められて悲惨だ。

しかし「岬の兄妹」はこの困難の淵で、もがきあがいて生きることにすがりつき、恥も外聞もへったくれもないエネルギーでその閉鎖状況を突き破るのだ。

初めての「おしごと」に打ちのめされながら手にした生きる糧。混濁とした一夜を乗り越え、兄妹の背後には清々しい朝の空が広がり新しい一日をもたらす。それは、またその一日を生きなければならないという圧でもある。

兄妹が住むあばら屋。窓という窓に段ボールを貼りつけた六畳間はさながら檻だ。自らを縛りつけ閉じ込めていた世間体という名の檻をぶち壊し、陽光が差し込んだ場面はエネルギッシュで、充溢して行き場を失った放射性物質が原子炉を吹き飛ばしたかのようにヤバかった。兄妹は解き放たれ、第二形態へと本格的に覚醒していく・・・。

人間を見ているのだけど、もはやこの兄妹は人の姿をしたUMA(未確認動物)だ。雄叫び、食らい、咬みつく、潮くさい岬の街が生み出したUMA。このUMAが生き抜く為に暴走を始める。そして、世間体のフレームを突き破る随所で笑いが炸裂する。その笑いは、笑うに笑えないどん底で笑うしかない笑い、だ。

障がい者と笑いが隣接することに眉をひそめ及び腰になる人も多いだろう。なぜそういう感情を持ってしまうのか、これは「24時間テレビ愛は地球を救う」(日本テレビ)と「バリバラ」(Eテレ)のバトルにもつながるが、「バリバラ」派であれば「岬の兄妹」は気おくれせずに笑いの場面で爆笑できる傑作コメディだ。

作品に寄せられた著名人の推薦コメントに、この映画が「笑い」を根幹にしていることに及んだものがある。
目を背けたく、吐き気を催すほど悲痛な傑作喜劇  菊池成孔
あらゆることを吹き飛ばす笑いと生命の躍動  白石和彌
「岬の兄妹」が突きつける笑いには、生きる為に最低のぶざまを丸出しにした、人間の原初的な性(さが)が詰めこまれている。さらっと笑ってさらっと忘れるようなことなど出来ず、こびりついたら安易に消えない、そういう笑いだ。半減期がしぶとい。

そして、これらの笑いと常に背中合わせに在り続ける険しい現実。あの峻烈なラストが示唆する半歩先の世界にハッピーエンドなんかないだろう。一歩先が生死を分ける岬の突端は、あの兄妹をどこまでも追い詰めていく。笑うに笑えないどん底で笑うしかない笑い、その重みがハラワタでくすぶっている。

これがデビュー作という新人の片山慎三監督。作品の主柱を担うダメ兄貴を演じた松浦祐也。随所で最高の間が光った妹役の和田光沙。多くの映画人が嫉妬する作品であることは間違いない。

語り足りないことが多々あるが、そのわずかな補完に、この作品を薦めてくれた知人へ送った感想メールを貼り付ける。(※ネタバレ箇所は伏字にします)

「岬の兄妹」初日観てきました。
おすすめどおりの熱量に充ちた傑作でした。
どん底の日常の、岬の突端で「生きる」淵を彷徨う二人。

どうしようもない底辺の生き様に、
背中合わせでにじみ出る笑いがツボでした。

「ヤクザに妹が買われて×××××××」
「××××××をむさぼる食いざま」
「高校生に襲われ、××で逆襲」
「妹『×××、×××』 兄『そういうこと言わないの』 妹『ちんちん、×××』」

この映画のこの二人でしか描けない喜怒哀楽が詰まってましたね。
ああいうさびれた地方が舞台で、救いようのない日常でもがく映画は
近年だと「そこのみにて光輝く」(呉美保監督)とかも傑作なのですが
概ねシリアスの枠内で人間を描いていた・・・。

現代の都会でのリアルな生きづらさでは、
「恋人たち」(橋口亮輔監督)も傑作でしたが
「岬の兄妹」は目をそむけられないリアルを突きつけて
それを囲っている枠を突き破った処に笑いがある・・・
みたいなことを感じました。

新人監督で、自主制作で、制作費300万円だとかで、
「カメ止め」以来の・・・という宣伝が回ってますが、
そう思って見に行くとエライ目に遭いそうですね(笑)
「カメ止め」のような広めのエンタメ映画ではないですしね。

それではまた、何かあったら教えてください。

松田健次