増沢 隆太 / 株式会社RMロンドンパートナーズ

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・クレーマー放置リスク
殺人の犯人は自らの母への診療を逆恨みし、夜9時に自宅訪問させて殺害を企むなど、周到な準備をしていたと報道されています、さらには凶器とした散弾銃を所持申請して認められていたことも明らかになっています。絶対に許せない極悪非道な行為ですが、医療とクレーム対応という視点から問題があぶり出されます。

コロナ禍で逼塞する医療現場。日々たいへんな対応に追われています。一方で患者や受診者を選別できない現場では、当然邪悪な人間も現われます。モンスタークレーマーと呼ばれる業務妨害を働く輩も当然いる訳です。

医療は平等であるべきという大原則はその通りです。しかし世の中には常識が通用しない人間、自分の都合意外一切考えられない人間が存在するのも事実です。

医療現場や介護現場では、接客サービス向上、ホスピタリティ向上の研修などが行われるようになっています。しかし接客業におけるサービスがどうあるべきかについては、本職のサービス業界ですら、モンスタークレーマー被害を防げない実態があります。カスタマーハラスメントと呼ばれるひどい業務妨害事件も跡を絶ちません。

今回の事件はこうしたカスハラ、モンスタークレマーがついに殺人まで犯してしまうという究極の悲劇を招いたという事実でしょう。

・お客様は神さまではない
接客サービス中心にカスハラに悩まされる企業に対し、長年私はこの言葉を訴え続けています。三波春夫さんの言葉を本来の意味を変えてまで自分に都合良く解釈するモンスターと、「店はお客様のためにある」的な精神論を、時代環境を無視して唱える経営者、その多くはもはや現場から遠く離れた豪奢な生活を送れるオーナー一族の自己満足になっているのです。

医療機関ではただでさえ体調の不良があることに加え、自由にならない身体やそのためのストレスから不満もあることでしょう。しかし常識の通じないモンスターは、ここで我慢することや状況を理解するようなことはしません。

そのまま現場スタッフにぶつけてきます。自分が予約もせず待ち時間が長いと受付に詰め寄ったり、素人情報やネット情報が正しいと医療者に反論したり、中には診察料を踏み倒す、完全な犯罪すらあるといいます。

・「患者様」という誤謬
ここ10年くらい、医療機関などの接客サービスは目に見えて向上したと思います。同時に患者のことを「患者様」と呼ぶ機関も激増しました。

医師や医療者が上で、患者が下という意味では全くありません。上も下もないのは当然です。しかし必要以上に実態にそぐわない接客向上の結果、「患者様」という気持ち悪い言葉が生まれたのではないでしょうか。呼び方の問題とホスピタリティはイコールではありません。またそこには行動基準の優先順位もあり、呼び方など些末な要素に過ぎないものの、一見してわかりやすいことでここまで広がったのではないでしょうか。

「患者様」という言葉は必要以上に患者の立場を誤解させた恐れがあります。本質は上も下もなく、常識をもって、サービスを提供する・受けるという、当たり前の関係性を理解できない人間は、この殺人犯のように確実に存在します。

また「患者様」と呼んだかどうかと本来のホスピタリティは何の関係もありません。口先だけの敬語には何の意味もなく、また医者は聖人でなければならないものでなく、医療を提供することが業務です。

医療者ゆえに無料奉仕やホテルのようなサービスを提供する義務など絶対にありません。

・お客様はお客さんという視点
犯人は図書から計画的に殺害を謀ろうと、夜9時に医師たちを呼び出したとのこと。また以前からトラブルがあったのであれば、亡くなった患者の自宅を訪問するという行為も本当に必要だったのか、悔やまれます。

当然善意であり誠意からこうした対処を選ばれたのであろうことは、本当に気の毒であり、非難されるものではありません。しかし個人の心情ではなく、もはや日本社会は常に殺人にまで至るリスクと切り離せなくなっているという事実は、全国民が理解すべきでしょう。

喫煙を注意され、電車で重傷を負わせるほどの暴行を働く者
勝手な追い越しを邪魔されたと、怒鳴り込む者
こうした犯罪者は日常生活にいるのです。

この現実を見ないことにはできません。医療は業務であり、業務である以上、業務外の対応はできません。それは誠意の無さではなく、パンデミック下でなかろうとも、医療を崩壊から防ぐため不可欠な認識です。

「断る勇気」は、こうしたカスハラ、モンスターから医療を守るためにもぜひ実現してほしいものだと思います。